失われないもの
今回の日記は、4月に書いたものになります
土日は早起きがちになる それ故に頭が重い
けど、外の藍色っぽい空が好きだし、鳥のさえずりが好きだし、朝が来たって分かるからいい
感傷的な気持ちになるから、また"失われたもの"について考えたりする
最近、自分の中で廃墟を探索する動画を見るのが再燃していて、
数十年前に誰も住まなくなった家屋でも、朝日が差し込むのは変わらないんだな とか、そういうことを思ったりする
この前、NHKの知恵泉という番組で、藤原実資という人が取り上げられていて、
当時の上流階級出身の実資が、生涯に渡り、身の回りのことを日記に付けたことで、平安時代の出来事が後世にも伝えられ、
大河ドラマ「光る君へ」の参考にもなった と紹介されていて、「はぇ〜」と興味深かった
それでふと思ったのは、今はインターネットを駆使すれば、一定の情報は得ることができるが、
未来にはインターネットそのものが消失していて、90年代〜××年代までの歴史に空白が出来てしまうんじゃないか? ということだ
(すごい妄想)
そしたら、現代の藤原実資みたいな人が、インターネット上の流行や時事ネタを事細かにメモに記録していて、
それが後世では、色々な判断材料になるのかもしれない と考えるのである
つぶろさんの捜索に協力してくれるユーザーで、ワンセグ全録ニキ という人が居る
この人は名前の通り、ワンセグを全て録画しているといい、
つぶろさんが昔のテレビ番組を捜索するときに、映像を提供してくれる重要な役を担っている
つぶろさんを通して、マニアックなコレクターの存在が知られることもあるのだが、
こうしたコレクションが、後にかなり貴重なものになってくる というのが、つぶろさんの動画でも証明されている
インターネットの中でも、当時の情報を得ることはできるが、気付いたら情報源が閉鎖 ということも珍しくない
だから、インターネット外で映像を保管することや、リアルタイムで日記を付けることが大切になってくるのかもしれない
何気なく、今見ている動画とかも、後に(あれ何だったんだ?)ってなってくるかもしれないから、自分たちが証人になる可能性もある
巡り合わせって不思議だ..。
閲覧ありがとうございます!
書き始めた当初は意識していなかったのですが、下記の2つの記事の流れを汲むように、
3部作のような日記になったように思います
失われたメディアに関する話、めちゃくちゃ好きです!
