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『無職がババ抜きをするだけ』

あらすじ
転職し、入社初日。花村煌は朝からついていなかった。何をするにも上手くいかない。そんな中、朝のニュースでは未だ解決していない『無職連続殺人事件』が報道されている。その事件を聞いて、煌は無職時代に友人とババ抜きをするだけの生配信していた時のことを思い出していた。



プロローグ

 月が透き通るほど青い空に、烏の声が響いている。
 数羽で群れを成し、大きな円を描きながら同じところをずっと周回している。その最中どこからか来た一匹の烏がベランダの柵に止まったかと思うと、少しして群れに合流する。1羽、1羽と増えていき先程まで青かった空を段々と黒く染めていく。

 せっかくの転職初日だというのに、何だか気味が悪いなと花村 煌は思った。日が微かに差し込んでいるカーテンの隙間から外の様子を見てから、カーテンを開ける。まだ冷たい空気に被さるように降り注ぐ、春の日差しが心地良い。天気にも恵まれて、絶好の転職日和である。
 テレビをつけ、ニュースの音を聞きながら朝食の準備をする。トースターで食パンを焼き、焼いている間にコーヒーでも入れようかとドリップバッグの袋を開ける。途端、勢いが余り過ぎてフィルターまで破けてしまい、コーヒーの粉を床にぶちまけてしまった。
 溜息をつき、手でコーヒーの粉を集めながら、今日はついてないと思った。朝から指に棘が刺さったような、些細なついていないことが続いている。ほんとは1時間前に起きるつもりが、目覚し時計が壊れており3時間も前にアラームがなった。その場で二度寝をするか一瞬迷い、きっと次は起きれないだろうと朝の仕度をすることにした。おかげでゆっくり朝食を取れると思ったが、弾みでコーヒーの粉をぶちまけてしまった。
 二度あることは三度ある。なんだか今日は何かついていないことが続く日のような気がする。虫の知らせか、外の烏の声が一際大きく聞こえた。

 コーヒーの粉を掃除し終え、気を取り直そうとテレビの音量を大きくした。焼き上がった食パンにジャムを塗り、冷蔵庫から牛乳を取り出してグラスに注ぐ。結局いつもの朝食になってしまったが、しょうがないかとテレビに目を移した。
 テレビからはコンビニスイーツの新作特集が放送されている。桜が咲いたのと同時に、暗いニュースから朗らかなニュースが以前より増えた気がした。以前は朝の情報番組なんて見ることが無く、テレビをつけても名前も知らない商品の通販番組がよく耳に入ってきていた。お昼の時間に自宅にいる、主婦か年配の人しか見ていないような番組に憂鬱になり、社会から自分は意味ないと言われているような気持ちになった。そこからテレビをつけることが減って、だんだんと日が落ちてから活動する生活を続けていた。生産性のない、歩いても歩いても闇が続く、暗いトンネルのような日々だ。そんな毎日を送っていたのを振り返ると、アナウンサーの明るい声に新生活なんだなとしみじみ思い、姿勢を正す。
 食パンを齧りながら、テレビを見ているとニュースが流れた。キャスターの横に大きな文字で今日のニュースの一覧が並ぶ。ニュースの見出しが大きく次々と表示され、キャスターは一つ一つ読み上げていく。追われるようにタイトルに目を凝らし、その中にふと気になるニュースがあった。

『高齢の容疑者、無職の男性を殺害し現在も逃亡中』

 どこかで見たニュースだと思った。殺害された人が名前では無く、無職でまとめ上げられているのに違和感を感じる。それと同時に聞き慣れた無職という単語に少し緊張して汗が伝う。テレビのキャスターは淡々と内容を読み上げており、このニュースに進展はないらしく、他のニュースよりも早めに切り上げられた。ニュースがしばらく続いた後、何事も無かったかのようにまた先ほどのような春の特集に変わり、丁度朝食が食べ終わる。テレビを横目に、時間に余裕があるのでゆっくりと身支度をする。歯磨きをしながら、ふとさっきのニュースのことを思い出していた。
 無職を殺害。先日まで自分が被害者側になる可能性があったなんて。世の中とはいつも変な可能性を秘めていて、不思議と自分の身に危険が及ばないと気にも留めないものである。どうしていつでも誰にでも無職になる可能性があるのに、世の中の無職を見る目はどこか冷ややかなのか、無職と言うだけで何が悪いのか。先程のニュースも無職でまとめられてしまう。そしてまた自分も被害者にならなくて安心している。あんなに被害者側だったのに。

 嫌な世の中だなと思いながらうがいをした。顔を洗い、スマホを見ようと手に取った時1件の通知が来た。件名を見た瞬間驚きで、危うく携帯を落としそうになった。深く、深く深呼吸をする。
 震える手で、すぐさまメールを開いた。

ババ抜き


 黒い静寂に包まれて、果てもない海の中に自分は立っている。月が波に反射してキラキラと輝かせながら波を寄せ、手招きするように、見る人を海の中に引き入れようと誘い込んでくる。全てのものを吸収するかのような強さは、昼間見えている水平戦さえをも消してしまっている。水面に鏡のようにうつる自分の姿は見えない。その海の中に立ち、ゆっくりと進んでいく。足首から膝、膝から腰へと浸かっていく。外の空気の冷たさと、水中の生温さに気を取られて居ると、一気に深くなり足が地面から離れる。途端に体が水の中に引っ張られ、全身に凍てつくような寒さが襲う。バシャバシャと音を立てながら、少しずつ水が侵入してくる。もがいてももがいても浮かべない。息苦しさに抵抗しているうちに、視界は月の光を遠くに捉えていた。


 勢い良く起き上がる。呼吸が乱れ、背中にはびっしりと汗をかいていた。汗を吸って重くなったTシャツが背中に張り付いて気持ち悪い。すぐさま着替えたい気分だが、動悸がして動けない。息を整えながら頭を抱える。仕事を辞めてから悪夢を見て、うなされながら起きる日々が続いている。見る夢はいつも同じ。海で自殺をしようとして、苦しくなった所で終わる夢だった。夢の中でいつ見ても恐ろしいと感じるその海は、自分が仕事をしていた頃の職場のようだった。

 新卒で入りたての頃は緊張しながらも、夢や希望を持っていた。入社式を終え、同期の子達と配属先はどこなんだろうとワクワクしながら研修を受けていた。研修が終わると同時に配属された職場は、忙しいながらもいい職場だった。人との距離感が近すぎず、だけど仕事のコミニケーションはしっかり取れ、頼れる上司も居た。残業はあったが、繁忙期に少しあるのみで休日や有給もしっかり取れた。そんな職場で3年間を過ごしたある日。上司の推薦で、新しい部署の新しいポジションで働いてみないかと声が掛かった。提携している会社の新しいプロジェクトのリーダーに上司の元上司の人がなり、その人手が足りていないから探して欲しいと言われたらしい。いい勉強にもなるだろうし、尊敬している上司が自分を推薦してくれたことが嬉しく、その気持ちに答えたかった。やりたかった企画運営にも携われるということで、異動を了承した。この移動が地獄への始まりだった。
 次年度から新しい部署に異動になった。提携しているとはいえども、ほぼ別会社のため一から仕事を覚え直すことから始まった。始業時間も変わり、オフィスが遠かったため通勤時間が増えた。朝は必ず早めに着き、メールをチェックし直ぐに仕事に取り掛かる。始業時間になると上司の元上司がやって来る。声を張り全員を威圧しながら朝礼を行い、前日渡された仕事が終わっていないと嫌がらせをされ小言を吐かれる。どんなに残業をしても給料は変わらず、人手不足の中辞める人が何人か出て、仕事は増える一方だった。そんな部署で働き始め、やりたかった企画運営は出来ず、ほぼほぼ営業と雑用をさせられた。休日出勤は当たり前。帰宅しても疲れで何も手につかず、好きだったゲームにも興味が湧かなかった。夜寝る前に翌日の仕事のことを考え、ふと悲しくもないのに涙が止まらなくなって、眠れない日々が続いた。
 辞めようと何度も思い、その度に他の人が辞めていく。自分だけ吊り橋を渡れず、取り残されていく。今にも落ちそうな吊り橋にしがみついているかのようだった。渡りたいのに渡れない。辞めた後の生活を考えては、不安で途方に暮れる。一人暮らしの為、辞めてしまっては来月からの生活をどうしたらいいのか。前の会社に戻ったとしても、推薦してくれた上司に合わせる顔がない。
 転職をしたくても時間と体力が追いつかない。
 そして辞める事が出来ないまま、部署異動になってからの3年目のある日。突然会社に行けなくなった。自宅から動くことが出来なくなり、外に出ようとすると過呼吸で倒れてしまう。
 渡りたかった吊り橋は、もうとっくに奈落の底に落ちていたのだ。

 そのまま休職し、流れるように退職になった。退職後無職となり、家から出れるようになるまでは1ヶ月かかった。最初は日の光を浴びるのも辛く、ずっと寝て過ごしていた。寝ても寝ても眠い。布団が鉛のように重く、いつも起きる頃には手足が痺れていた。買い置きの食材を食べ尽くし、近隣のデリバリーフードサービスを使い果たした頃ようやく家から出れるようになった。家から出て空を見上げる。墨汁を強く押し当てたような雲に、紅い光が微かに見えている。世界の狭間に今自分は居て、もう少しで月が町を覆いそうだ。空を見上げたのが久しぶりで、立ち止まったまま掴めそうな光を暫く眺めていた。
 少し経ち、お昼にも少しずつ起きられるようになり退職後の手続きや掃除を済ませた。まだうなされながら起きる日々は続いているが、以前よりは呼吸がしっかり出来ている。夜に月を見るついでにスーパーに行くことが日課になっていて、夜の冷えた空気が心地いい。無職ではあるが、なんとか生きている。


 呼吸を整え、ゆっくりとベッドから降りる。汗で色が変わったTシャツを着替え、カーテンを少し開け外の様子を見る。もうすっかり暗くなっており、まだらな星の中に丸い月が輝いている。街灯がチカチカと点滅しており、通りを歩いている人はほとんど居ない。スーパーに行こうかと財布と鍵を持ち、スマホを手に取る。ふと画面を付けると、友人からメッセージが届いていた。

ザキ『今から飲まないか?』

 少し悩んだが、二つ返事で了承をした。ズボンを部屋着から普段着に着替え、軽く顔を洗った後、鏡を見ながら寝癖を整える。あまりにもクマの酷いやつれた顔が写っていて、また嫌なことを思い出しそうだとすぐ目を逸らした。貴重品を持ち家を出る。何処かから檸檬のような柑橘の匂いがうっすらと香り、まだ夏の名残を感じる。生ぬるい風がサンダル越しに伝わって、アスファルトを踏みしめている感覚が中和される。今にも消えそうな街灯の微かな光を頼りに歩いていく。向かうのは、学生の時よく通っていた居酒屋である。お通し席料が無いそのお店は、安くて美味しく学生の味方だった。社会人になってからも給料がずば抜けて良い訳ではなく、いつもギリギリの生活だった自分達にとってもうってつけの場所だった。
 しばらく歩き、賑やかな笑い声と共に赤い提灯が見えてくる。誰かと会って食事をするのが久しぶりで、足がすくむ。深呼吸をし、暖簾を潜り、手に力を込めて扉を引いた。

 店内には相変わらず学生が多かった。焼き鳥の煙に包まれ、黄色いフィルターがかかったような壁紙が年季を感じさせる。その上に安価な料理が紙に書かれて所狭しと貼られている。店内奥のテーブル席は学生が賑やか飲み会を開催しており、笑い声も相まってそこだけ一際明るく見える。店員さんに待ち合わせですと声を掛け、店内を見渡す。奥の賑やかな所から少し離れたカウンターに、スーツを着て眼鏡をかけた神崎伸一郎ことザキは座っていた。

「ごめん、結構待った?」
 後ろから声を掛ける。はっとして、ザキは振り返り、自分の顔を見るなりにっこりと笑って言った。
「全然待ってないよ。さっき着いたばかりだし」
 ザキの隣に座ると、店員さんにレモンサワーを注文する。ザキは先程来たばかりのようで、烏龍茶だけ頼んでまだ何も注文していなかったみたいだった。メニューを軽く開くとザキに聞いた。
「唐揚げ食べるけどザキも食える?あと、何か頼むか?お酒とかは大丈夫か?」
「枝豆欲しいかな。唐揚げは少し貰う。お酒はとりあえずは大丈夫」
「了解。すいませーん!」
 店員さんがすぐ気づくと、唐揚げと枝豆を注文した。ザキは以前会った時より痩せていて、少し疲れているように見えた。アイロンのかけられて居ないワイシャツが余計に元気のなさを感じさせる。猫背のまま烏龍茶をゆっくり飲んでいる。以前は日に焼けていた肌が、今は血管が見えるくらい白い。
「ザキ、体調悪い?以前はお酒結構飲んでたのに」
「違うよ、全然元気。実は最近お酒控えててさ。お酒飲むと次の日に残っちゃって、朝起きれないんだよね」
「あーわかる。たまに朝辛いもん俺も。大学生の頃はいくら飲んでも全然平気だったのに、最近は次の日絶対頭痛いしダルいし」
「もう若くないもんな、俺たち」
 そう言って少し悲しそうにザキは言った。


 ザキと出会ったのは、大学生の時。桜が例年よりも遅咲きだった年。一浪して大学に入学した自分は、最初の頃他の子よりも歳がひとつ上な事にコンプレックスを抱いていた。サークルを探している中、同い年の子達が先輩として新入生歓迎会を開いてくれるのが恥ずかしく、居心地が悪かった。気になって入ったボードゲームサークルでも、まだ接し方に手探りの中、同学年の子達に気を使われて居るのが歯痒く、辞めるのも考えていた時にザキと出会った。
 歓迎会も終わった頃、少し遅めにボードゲームサークルに入ってきたザキは周りに馴染めず孤立していた。一人端の方で説明書を読み込んでは、一人でできるボードゲームに精を出していた。日に焼けてガタイが良く、高身長なザキはどこか少し怖く見える。最初のうちはみんな話しかけていたがだんだんと話すことも無くなり、サークルの中で自分よりも扱いずらい存在だった。そんなザキは高校を卒業後就職したものの、周囲の出世やライフイベントを通して学歴の大事さを自覚し大学を受験したらしい。
 年は離れているものの、自分と同じ現役合格では無いことに親近感が湧き、ザキと仲良くなろうと話しかける日々が始まった。
 最初のうちは緊張しているのか、ザキは話しかけても、はいかいいえで会話が終了し何を話せばいいのか日に日に悩んでいた。そんな中、ボードゲームサークルなのだからボードゲームで親睦を深めようと、毎日2人用ボードゲームを持っていってはザキと遊んだ。ザキはゲームが得意のようで、負けるのはいつも自分だった。何度やっても勝てることは無く、ザキに攻略やルールを教えて貰いながら2人で遊んだ。毎日ボードゲームをするうちに次第にザキの口数が増えていき、一ヶ月も経つ頃にはもうすっかり仲良くなって居た。
 そのうちにボードゲームサークルの皆でも遊ぶようにもなり、面倒見のいいザキの周りには人がいつも居た。学科が一緒だった事もあり、4年間を通してザキとはなんでも話せる親友の間柄になっていた。お互いに社会人になり、6年経った今でもこうしてザキとは交流が続いている。


 唐揚げと枝豆が到着する。唐揚げを少し取り分けるとザキに渡して、自分の分の唐揚げをかじりながらレモンサワーを勢いよく飲む。唐揚げの油っこさに、レモンと炭酸のスッキリとした後味が喉を刺激する。交互に食べると無限に食べれてしまうくらい、どんどん胃に運ばれ簡単にアルコールが体に回っていく。ゆっくりと熱が上がっていくのを感じながらザキに聞いた。
「今日って何か話したいことでもあった?久しぶりだし、ザキから誘ってくれるなんて珍しいじゃん」
 ザキは聞きながら枝豆をさやから一つ一つ丁寧に取り出し、箸でつまみ口に運ぶ。自分の顔を見ると烏龍茶を飲んで言った。
「実は今、退職して無職なんだ。転職活動中なんだけど、全然決まんないから結構しんどくて。煌は今も移動した会社で働いてるの?」
 ザキから無職という言葉を聞いて少しびっくりすると同時に安心した。無職が自分だけじゃないことに、自分を苦しめていたものが少し楽になった気がする。大学に入学した時のような親近感が湧き、少し笑ってしまった。
「ううん、そこの会社色々あって辞めたんだ。だから俺も無職。今は手当と貯金でなんとか生活してる」
「そっか、辞めたんだ。俺もお金貰いながらなんとか暮らしてるけど全然足りないよ」
 そう言って、ザキはため息を吐く。唐揚げを一口で食べると、烏龍茶を勢いよく飲み干した。
「働いてる時は色々と凄いしんどいのに、無職してる時はお金がしんどいよな。俺も手当そろそろ切れるし、仕事探さないと」
 ザキに言って、メニューを見る。無くなりそうな唐揚げとお腹に溜まりそうなご飯もの、焼き鳥、チーズの揚げ出し豆腐を追加する。ついでにザキの烏龍茶が無くなりそうなので、頼もうかと聞くとザキはカシスオレンジを注文した。
 ふと、カウンター上のテレビを見る。テレビでは夜のニュースを報道している。キャスターが画面いっぱいに映し出され、原稿を読み上げていく。

『本日14時頃市内のマンションで男性の遺体が発見されました。遺体の身元は、〇〇さん20歳。職業無職の男性で以前起きた殺人事件と関係があるとみて警察は捜査を進めています』

 原稿を読み上げる男性の下に、無職を狙った連続殺人事件かと大きく表示されている。その文字を見て緊張でお酒を飲む手が止まる。自分も狙われるかもしれないのだ。隣にいるザキも、殺されるかもしれない。
 不安になって、ザキの肩を叩いた。枝豆を落としそうになりながらザキはこっちを不思議そうに見つめた。
「なあ、ザキ。このニュース無職を狙った連続殺人事件だってよ。俺らも危なくないか?」
 テレビを指さしながらザキに言う。ザキはテレビを見てふっと吹き出し、言った。
「心配しすぎだよ煌。無職を狙った殺人事件なんてある訳無いだろ」
「でも、無職が連続で殺されてるんだぞ?俺たちだっていつ殺されるかも分からないよ」
「大丈夫だって。心配しすぎ。第一どうやって無職って分かるのさ。それに煌は色々あって辞めたみたいだし、働けるのに働けなくなった訳じゃん?煌は殺されてる奴らみたいな役に立たない無職とは違うよ。俺の友達だし殺されないよ」
「でも、ザキだって危ないんだよ。俺、心配だよ」
 そんなことを考えていると注文した商品が到着した。ザキにお酒を渡すと、嬉しそうにグラスを見つめ口に運んだ。今こうやって平和に飲めているのだ。あまり心配しすぎてもダメなのかもしれない。
 暗くならないようにと話題を変えた。今ボードゲームサークルの皆が何をしているのか、最近面白かったゲームなどザキと色々話した。昔に戻った様でお酒もご飯も進む。お酒も入り、さっきよりもザキが楽しそうに話している。店内のライトが、視界が霞むほど眩しく時間を彩っていった。

 沢山話し食べ物を食べ終え、そろそろ帰ろうかという雰囲気になった時、頬を赤くさせザキは言った。
「煌さ、俺とゲームしない?」
「ゲーム?」
 ザキはポケットから小さい箱を出してテーブルの上に置いた。箱からカードを取り出す。酔いが回って数字が見えなかったが、しばらくしてそれがトランプだと分かった。ザキはトランプをゆっくりとシャッフルする。
「まさか、今からトランプゲームでもするのか?」
 ザキの手元を見ながら言った。ザキはシャッフルする手を止めると、トランプを俺に渡した。
「違う、今じゃなくてさ。今から、仕事が決まるまで。仕事が先に決まった方の勝ちっていう簡単なゲーム」
 ザキは冗談めかして笑う。笑う度、赤い頬がより目立って見える。テレビを指さしながら続けて言った。
「さっきのさ、無職連続殺人っていうの?それも利用してさ、仕事が決まるまで毎日ババ抜きを生配信するってどうかな。どっちかの仕事が決まったら配信は終わり。犯人は無職につられて来るかもしれない。それで犯人を捕まえられたら一石二鳥で俺たち英雄だよ」
「そんなことして危なくないか?それに、どうやって犯人を参加させるんだよ」
「お金送れる投げ銭の機能を使って、投げ銭のお金でババ抜きの参加者を募集するとかどうかな?最初は2人だし人集まるまで大変かもだけど、仕事見つかるまでだし。まあ、1番は俺が煌とゲームしたいって言うのが本音だけどね」
 少し照れながら言ってザキは水を飲み干した。グラスの氷がカランと音を立てて、そろそろこの時間が終わるのを実感させる。確かにボードゲームサークルを辞めてからザキとゲームをしていない。ゲームで仲良くなったのに2人ともゲームとは離れた生活をしている。仕事を決めなきゃ行けないのも事実だ。遅かれ早かれ手当はなくなる。生きていくにはお金が必要だ。少し考え、ザキとまた会う約束ができてゲームが出来る日々が続くのは嬉しかった。ザキはゲームが上手いから一度も勝てたことは無いが、ザキとゲームが出来るのは放課後に急いで公園まで駆けていくような気持ちになる。
「いいよ、ゲームしよう。俺も久しぶりにザキとゲームしたい」
 持っていたトランプを箱に戻した。今日で一番の笑顔を見せながらザキは俺の手を取った。
「決まりだな。ゲームしよう」

 居酒屋のお会計を済まし、ザキと俺はお店を出た。満腹とアルコールで全身が温かく、夜の冷えた空気が酔い覚ましにはちょうど良かった。酔いが冷めていくのと同時に、外に出るなりアルコールで眠気が襲う。瞼が下がりそうになるのを堪えながら、ザキの話に必死に耳を傾ける。ザキとは途中まで道が一緒だ。たわいも無い会話をしながら、アスファルトをゆっくり踏みしめて歩いていく。分かれ道まで来ると、ザキは言った。
「じゃあ、俺こっちだから。また明日からよろしくな」
「うん。今日はありがとうな、明日楽しみにしてる」
「時間とか後で送る!」
 手を振りながら、ザキの姿が見えなくなるまでその場で見送った。すっかり姿が見えなくなると、自宅までの道を歩いていく。サンダルがいつもより軽く感じ、水中を歩いている様だ。ぷかぷかと身体まで浮きそうだった。
 気がついたら自宅の前に到着しており、鍵を開け家に入る。買い物は出来なかったが、今日は楽しかったし久しぶりにぐっすりと眠れそうである。
 シャワーを浴び、パジャマに着替えてベッドに横になる。疲れで瞼は重い。でも心がワクワクとしていて、まだ寝たくない。横になり、カーテンの隙間から月を眺めながら意識が離れていくのを感じていた。


 翌日お昼すぎに目が覚め、眠いながらも起き上がる前にザキからのメッセージを確認する。昨日のアルコールが抜けておらず、節々がダルい。少し頭痛がしてもう一眠りしたいくらいだった。
『今日15時に駅前集合で』
 メッセージを見て、直ぐに時間を確認するともう14時を過ぎていた。メッセージが来ていたのは、朝の8時。朝を起きる習慣がなく、普段通り寝ていたら寝すぎていた様だった。慌てて起き上がり、身支度を済ませる。駅前までは少し歩き、10分程地下鉄に乗らないといけない。急いで財布やスマホを持って家を出た。早歩きをしながら、少しした時に大事なトランプを忘れているのに気づき家に引き返した。このトランプが無ければ始まらない。

「煌、遅刻!」
 そう言って自分を軽くザキは叩いた。
 駅前の日の当たらないベンチにザキは腰掛け、30分遅刻してきた自分を待っていた。今日はかなりの暑さで、座っているだけでもサウナにいるかのようだ。ザキは汗をハンカチで拭いながら言った。
「座ってるだけで倒れそうだよ」
「ごめん、仕事辞めてから朝起きれなくて。明日から気をつける」
「明日から遅刻しないでよ。じゃあ行こ」
 一歩前を歩くザキについて行く。待ち合わせの場所と時間は聞いていたが、今日どこでトランプをするのかは知らなかった。季節外れにギラギラ輝く太陽を見ながら待たせて申し訳ないと思い、ザキが日陰になるように横に並んだ。
 駅前の通りを五分ほど歩き、大通りに出ると大きなガラス張りの蛍光色の看板が目立つカラオケ店にザキは入って行った。一瞬戸惑いながらも、後を追って入っていく。
 店内に入ると、冷房の風が一気に体を包みこむと同時に、耳にショート動画で人気の女性アイドルの曲が入ってくる。レジにはスタッフがおらず、今の時間はセルフレジのみだった。ザキが馴れた手つきでセルフレジを操作していくのを見てびっくりした。
「カラオケとか久しぶりなんだけど、ザキ良く来るんだ」
「最近来たんだ。その時に会員証も作ってて、ここ配信オッケーだからさ。ドリンクバーでいいよね?」
 頷くと、ザキはあっという間に手続きを済ませ、バインダーに伝票を挟む。ドリンクバーはこっちと言われるままについて行き、ドリンクをグラスいっぱいに注ぐ。ホットドリンクからソフトクリームまで種類が沢山あって小学生の時のワクワクした気持ちが思い出される。こんなにいろんな種類を飲むことがないから、ドリンクバーだけで少し得した気分になる。たまに部屋から漏れてくる歌声を聴きながら部屋に着いた。
 重い扉を押して開けると、暗い部屋にテレビだけが流れ続けている。ザキは慣れた手つきで電気をつけ、テレビの音量を下げる。ソファーに座ると、ザキは溢れそうなアイスコーヒーを一気に飲み干して言った。
「カラオケ、19時までだと安いから、三時間パックにしたから。ドリンクバー付きでこの値段」
 そう言って伝票を自分の方に差し出す。お会計用のQRコードの上に小さく数字が書いてあった。
「カラオケってこんなに安いんだ」
「まあ、会員料金だけどね」
 学生の時はフリータイムでドリンクバーとポテト片手に時間いっぱい歌っていた。その時とあまり値段が変わらないことにびっくりする。大人になると自然とカラオケに来ることは少なくなる。「遊ぶ」というのが外でご飯を食べることや飲みに変わり、実際に遊ぶことがなくなっていく。仕事を始めると皆自分のことで精一杯で、遊ぶ余裕がなくなるのだと思った。そんな大人が来ないカラオケって学生がターゲットの場所なんだと改めて思わされる。可愛い女性アイドルが新曲の紹介をする映像を眺めながら、ザキは言った。
「明日からもこのカラオケ前に15時待ち合わせでどうかな。お金もかかって来るから、仕事が決まるまでの毎週平日。月、水、金曜日の三時間パックで」
「いいよ。貯金も少なくなってきたし安い料金だと助かるかも」
 ザキは手帳にメモをとる。少し見えたカレンダーからは、スケジュールがびっちりと書かれていて、無職なのに不思議だなと思った。手帳を書く手を見ながらザキに質問した。
「仕事のことだけど、どうするの。決まるまでっていうけど、そう簡単じゃ無くない?」
「んー、この配信をするまでの一時間は求人に応募したり、履歴書書いたり、オンラインで面接受けたりとか就活に充てる。必ず、何か行動は起こすっていう感じの方がお互い気合が入るよね。どうかな?」
「いいよ。決まったら負けで終わりなんだもんな。負けた方は勝った方に何かするとかか?ご飯奢るとか」
「いや、勝った方の願い事をひとつ聞くとかにしよ。俺煌にお願いしたいことあるし」
 真剣な顔でザキは言う。あまりの真剣さに、ザキとゲームをしたいだけという欲しかない自分で良かったのかと、不安になる。
「いいけど、なんかお願い事あるなら普通に言ってくれればいいのに。叶えられることなら叶えるし」
「ううん、そんな簡単なことじゃないし」
「そっか」
 あまりのザキの真剣な表情に何か人に言えない病気とか悩みとか抱えているのかもと、これ以上は干渉しないことにした。簡単なルールを決め生配信に使用するアプリの設定をしていく。ザキはデジタル作業が苦手なようで、自分が設定を進めていく。
 使用するアプリは『楽!ライブ』という誰でも簡単に登録、利用できるアプリである。投げ銭設定もしやすく、若い子を中心に幅広い年代で使用されている。最近は動画サービスの方にも力を入れており、登録者数が1000万人を超えたらしい。何より、この時間に見ていそうな中高年がターゲットに作られており、登録なしで閲覧、コメントできるのが一番の決め手だった。きっと無職連続殺人事件の犯人は足跡を残したくないはず。見るだけなら登録不要は犯人からもうってつけだと思ったのだ。
 アプリの設定が終わると、生配信用のアカウントを作り、チャンネルを作成していく。
「チャンネル名どうする?」
「どうしよ、何も思いつかないから煌が好きなの決めていいよ」
「んー、じゃあこうするか」
 悩んだ末に簡単でありきたりなチャンネル名にした。

『無職がババ抜きをするだけ』

「分かりやすくていいね」
 ザキはドリンク持ってくるねと部屋を出た。その間に配信用の準備をする。手元だけが写る用のスマホスタンドをザキが持ってきていたので、自分のスマホを固定し配信設定を終えると、あとはボタンを押して生配信をスタートさせるだけのみになっていた。テレビを消し、自分もドリンクを取りに行く。2人とも戻ったところで配信スタートだ。

 配信を初めて1時間が経った。特に閲覧者も居ないまま、ただ2人でババ抜きをする時間だけが流れる。トランプを切り、ババを抜いて配り、揃った手札を捨て、相手から引く。2人なのでババをどっちが持ってるか分かり、面白さが半減している。始めても直ぐに終わってしまい、流れ作業のようになっている。工場で働いている人もこんな気持ちなのかと思いながら黙々とカードを引いていく。
「これじゃあ、閲覧者ゼロのままだよ!つまんねぇー」
 ついつい上を見上げ叫んでしまう。ザキはそんな俺を見て、まあまあと煽てながらカードを引く。ハートの6が揃い、俺の負けになった。またザキがカードを集め、シャッフルをする。
「てか、ババ抜き2人だけのはずなのに毎回俺が負けなんだけど?」
「煌ゲーム弱いもんね。嘘つけないし、全部顔に書いてあるよ」
「顔!?」
 顔をぺたぺたと触る。ふふと笑いながらザキがカードを配る。その間に閲覧者数の合計を見ると、未だゼロのままだった。誰も訪れた形跡がないというのはちょっとショックである。ため息をつき、あと1時間も2人でババ抜きをするのかとちょっと気が滅入りそうだ。炭酸を喉ながし、鼻に炭酸が突き抜ける感覚を味わいながらザキに言った。
「なんか閲覧者数増える方法とか無いかな」
「他のSNSで宣伝するとかじゃない?一時的には見に来てくれると思うけど」
 それは出来ないと思った。SNSで繋がっているリアルな友人には自分が無職であることは知られていない。周りが幸せそうな承認欲求に塗れたSNSなのに、自分は働かず配信をしているなんて後々何を言われるか分からない。
「それはちょっとな…出来ないかも。自分が無職なこと、ザキ以外にあんまり知られたくないし」
「リア友と繋がってるSNSで言わなきゃ良いんじゃない?趣味のアカウントとかないの?」
「んー、ないか……あ!」
 一つだけある。昔好きだったバンドのファンアカウントとして作った、捨て垢のようなアカウントが一つ。しばらく使っては居ないが、携帯のアプリにはログインしたままだった気がする。
「ちょっとだけ、配信止めていい?」
 携帯を取ろうとして、ザキに確認する。OKサインがでて、すぐさま配信を停止しスマホスタンドから携帯をとる。SNSのアプリを開き、確認をする。確かにそこにはログインしてあり、アカウントを切り替えると懐かしいバンドの投稿が何件も表示されていた。懐かしさでついつい見てしまう。ファンで繋がった子が今何をしているのか気になったが、もう使われておらず、自分のフォロワーもほとんど使われていなかった。
 このアカウントで生配信告知をしようと、アカウントのプロフィールを弄る。名前を煌からコウに変更し、バンドのフォローや自己紹介を消した。投稿の編集に生配信のURLを貼ると、宣伝文を考える。
「ザキなんか良い宣伝ない?ババ抜きだけじゃ盛り上がらなそうだし」
「良い宣伝?えーっと悩むね」
 二人でしばらく宣伝を考える。投稿したところで見ている人が増えるか分からないが、投稿しないよりはマシだと思いたい。
「『無職がババ抜きをするだけ、生配信
無職連続殺人事件を解決に導く』とかどう?」
 ザキが手帳にメモした文を見せながら聞いてくる。
「なんかピンと来ないなー。上のタイトル?みたいなのはいいと思うんだけど下の文があからさますぎる気がする」
「難しいね。犯人を探していますとかにする?」
「お、そっちの方がいいかも。なんかミステリーチックで」
 投稿に宣伝文を入力していく。
『無職がババ抜きをするだけ生配信
殺人事件の犯人を探しています』
 入力した画面をザキに見せると、ザキは頷きながら言った。
「そしたら、生配信の説明も分かりやすくしなきゃだね」
「確かに、コメントの所に固定で説明文とか載せておくか」
 生配信のURLを載せた宣伝を投稿すると、再び楽!ライブのアプリを開く。コメント欄に配信の説明を入力していく。

『ルール説明
この配信では無職が二人仕事が決まるまでババ抜きをしていきます。
仕事が決まった方の勝ち。負けた方は勝った方の願い事を叶える。
配信日は仕事が決まるまでの毎週月水金曜日2時間。
投げ銭機能で5000円に達した場合、新しくババ抜きのメンバーが増えます。
新しいメンバーは随時SNSのほうで募集させて頂きます。
自分達は無職連続殺人事件の犯人を探しています。
どうぞ、何方でもご参加下さい』

「いいね、なんかドキドキする」
 ザキはそう言ってまたトランプをシャッフルし始めた。コメントを入力すると、毎回表示されるようにコメントの先頭に固定する。
 閲覧者が増えるのに期待を込め、再びスマホスタンドに戻し、ババ抜きを再開した。


 配信が終了する。結局閲覧者数は最後までゼロのままだった。初日だからこんなもんだろうとアプリの配信を停止し、スマホスタンドを片付け、ザキに渡す。最初から最後までババ抜きをしていただけなので、部屋も汚れておらず片付けは直ぐに終わった。2人だけなのにババ抜きでザキに勝つことは一回も無かった。
「明後日、水曜日は閲覧者出るといいね」
 ザキは伝票を見て、財布の中のお金を確認しながら行った。
「暫くは時間かかりそうだよな。明後日も15時にここの前で大丈夫?」
「うん、次は遅れないでね」
「分かった。大丈夫。仕事も少しずつ探さないと」
 そう言って部屋を出ると、セルフレジでお会計を済ませ、お店を出た。ザキはどこか寄る所が有るらしく、カラオケ店の前で解散になった。
 駅までの道を戻り、自宅まで戻る。久しぶりに乗った電車は、帰宅ラッシュの時間に被り息苦しかった。水中に潜っているような空気の薄さに、あと少しで溺れていきそうだ。満員電車に揉まれながら会社員時代のことを思い出し、少し呼吸が荒くなる。いつも夢で見るような息苦しさに首を抑える。口の中に水が少しずつ入ってきて飲みこむたびに上手く呼吸ができなくなる。周囲の人の怪訝な視線がだんだん自分に注目されるのを肌に感じながら、溺れる前に自宅の最寄り駅に到着した。
 電車を押されるように降りると、その場でしゃがみ込んだ。一緒に降りた人が、まるで自分をいないように避けて通っていく。スローモーションのように視界が動いていき、自分がいなくても社会は何事もなく回っていくのだと、改めて思い知らされた。
「大丈夫ですか?」
 駅員さんが何処からか駆け寄ってきて、自分のそばにしゃがみ込む。荒くなった呼吸を整えながら大丈夫ですと答えると、駅員さんに手を借りながら近くのベンチまで歩いた。駅員さんからペットボトルの水を貰い、少し口に運ぶ。落ち着くまで暫く立てずペットボトルを握ったまま、コンクリートに落ちる自分の影を眺めていた。

「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いえ、お大事にしてください」
 人の喧騒が薄まり駅のライトが一層輝きを放つ頃、やっと呼吸が整い立ち上がることができた。駅員さんにペットボトル代をお返しし、帰宅する。地下から地上に出ると外のカラッとした空気が喉に刺さる。水中から顔を上げ、生温い汗を滴らせながら月の光を受け止める。街のライトが放つ光で星が見えず、空は黒雲が覆っている。
 自宅までの道のりを外れないように踏み締めて歩いていく。まだ傷が癒えておらず、満員の通勤電車もまともに乗れない。普通ができない惨めさに唇を噛み締める。街灯が消え掛かっており、自宅までの道のちが分からなくなりそうだった。いつもよりも倍の時間を掛けながら自宅に到着する。溢れ出る涙に耐えきれず布団に重心を預け、音を遮断した。

 次の日はいつもと同じ日が暮れてから目を覚ました。何も気力が起きず、日課のスーパーに行くこともできなかった。冷蔵庫にある食材をなんとか口に運び、布団で身を守って過ごした。次の日は生配信2回目である。アラームだけをセットし、また眠りにつく。じっとりとした空気だけが流れていた。



 生配信を始めて一週間が経った。今日は4回目の配信日である。配信時間の一時間前に家を出て、待ち合わせのカラオケまで歩いて向かう。電車に乗ろうと試みてみたが、地下鉄の階段を一段と降りるたびにだんだんと呼吸が苦しくなっていくのを感じ、行き帰りを歩いていくことにした。往復で二時間歩くが、いつの日も天気に恵まれ、脹脛の張り以外はさほど苦ではなかった。
 カラオケ店前に到着すると、ザキは既に着いていた。今日は遅れることなく到着することができ、ザキの機嫌も良さそうである。4回目ともなると二人ともなれた手つきでセルフレジを操作していく。途中でドリンクバーを取り、カラオケの個室まで向かう。
いつも通りテレビを消し、スマホスタンドを設置して配信の準備をしていく。SNSで配信の告知をして、最初の一時間は配信をせずに就活を進めていく。
「就活の進捗どう?」
 隣で必死に履歴書を記入していくザキを見ながら問いかける。ザキは先週金曜日の配信日に求人に応募し、今日履歴書を出すのだと意気込んでいた。自分はまだいいところが見つからず、求人を眺める日々が続いている。
「さっきまた一社応募した。だから今日二社分の履歴書を書いて出したいと思ってる。」
「ザキは頑張ってるな。俺も頑張らないと」
 そう言いつつ気になった求人にいいねをつけることしかできていない。働く気持ちはあるが、就活自体がどうもめんどくさくて進まない。そんなこんなで求人を眺めていると、ザキは一社めの履歴書を書き終わったらしく、二社目の履歴書を書いていた。
「ザキ、職務経歴書もじゃない?」
「それは、昨日家で作ってきた。だからこれ書いたら終わり」
「就活してると、誰も来ないババ抜きの方がまだマシな気がしてくるな」
「そうだね。就活ほどしんどいものないよな」
 生配信は先週3回とも閲覧者数がゼロのままだった。特に変わったこともなく、ただただ二人でババ抜きをする日々が続いている。二時間も二人でババ抜きをしている日々が続くとだんだん飽きてくる。途中から投げやりになり、フードを注文し二人で雑談をしながら進めていてもザキに勝てたことは一回もなかった。
「できた。これであとはこの後出すだけ」
 ザキは高々と履歴書をあげると、自分に向けて煽るように履歴書で風を起こした。履歴書を封筒にしまい切手を貼りながら、ザキは自分に問いかける。
「煌は就活進んでる?煌は社会人経験もしっかりあるし、俺よりもスムーズに進みそうだけど」
「さっき一社応募した。これで俺もザキと一緒。頑張ろうなお互い」
 ザキに遅れをとるのが嫌で、咄嗟に嘘をついた。すぐにスマホを見るふりをして、いいねを押していた求人の中から適当に応募をした。ザキが頑張っているのに自分は何もしないのは、ザキのやる気を削いでしまうと思った。深くため息をつくと、天井を仰ぎながら呟いた。
「履歴書作らないと」

 一時間の就活に充てる時間が終わり、配信をスタートさせる。本日も閲覧者数はゼロだろうなと思い、画面を見ると閲覧者数が二名になっていた。
「ザキ!見ている人がいる!」
 ザキを叩きながら、言う。ザキは目を細めながら画面を見ると、びっくりした表情で言った。
「きっと煌のSNSのおかげだよ!生配信をご覧の皆さん、こんにちは。ザキです」
「おい、ここがカラオケだからってカラオケちっくに言うなよ」
 笑いながらザキにツッコミを入れる。初めての閲覧者でお互いテンションが上がっている。ずっと閲覧者なしのババ抜きだったから、いざしっかり配信をするとなると少し緊張する。ザキがそんな固まっている自分の肩を叩きながら、トランプを差し出してきた。
「えー、コメント欄を見ていただいたらわかると思うのですが、自分たちは無職です。仕事が決まるまでの間、こうして月水金曜日に二時間だけババ抜きの生配信をしています。ルールはコメント欄に記載しておりますので、仕事が終わるまでの間よろしくお願いします。自分はザキです」
 噛むこともなく、流暢にザキは自己紹介をしていく。仕事ができる人のような喋り方が少し癪に触る。ザキに目配せをされて、自分も自己紹介をする。
「えっと、自分はコウです。SNSを見て来てくれた人もいるかもしれません。ありがとうございます。よろしくお願いします」
ついつい写っていないのに頭を下げてしまう。
「コウ、もっとなんかないの?なんか、緊張してカチカチだよ」
「だって、初めての閲覧者だよ?緊張するよ。ずっとゼロだったし」
「確かにそうだよな。この生配信では参加者も募集しています。その参加者は投げ銭機能で五千円に達したら募集しようと思うので、ぜひ皆さん参加したい方はSNSを随時ご確認ください」
「コメントもよろしくお願いします!二人だけじゃ結構飽きてくるので!」
 つい声が大きくなってしまう。ザキとゲームがしたかったのは本当だが、実際のとこと飽きてきて辞めたくなってきていた。これが仕事が決まるまで続くとなると、そろそろ人員を増やしたい。コメントだけでもあると少しでも救いになりそうだ。
そう思い画面を覗くと、閲覧者数が三に増えていた。心の中で小さくガッツポーズをすると、コメントが流れた。
『無職なのに働かず、平日の昼間からババ抜き?調子乗ってんな』
 確かに、その通りである。心が少し痛む。登録なしでコメントできる点が、いい点でもあるが、こういった悪口を書かれることがあることを理解していないといけない。
『人を募集するのに五千円?ババ抜きだけでそんなに稼げると思ってんの?』
『とんだアホだな。そんなことしてるなら日雇いでもやれ』
『誰が五千円なんて払うんだよ。見る価値ねー』
 どんどん悪質なコメントが増えていく。自分たちの考えが甘かったことがひしひしと伝わってくる。コメントが流れると、少しして閲覧者数が二人になっていた。悲しくなり俯いてしまう。そんな自分の背中をさすりながら、ザキははっきりと言った。
「自分たちは無職連続殺人事件の犯人を探しています。皆さんを安全から守るため、犯人を誘き寄せるために配信をしていると言っても過言ではありません。自分が死ぬかもしれない、そのリスクを背負って配信しているのです。命に五千円は安いもんでしょう?見たくないなら見ていただかなくで大丈夫です。犯人を探すのに協力していただける人、リスクを背負って参加できる人だけ、投げ銭、参加をしていただけたらありがたいです」
 はっきり言うザキを見て少し怖くなった。ザキは終始真顔である。そんなに犯人を見つけるのに本気だったなんてびっくりである。画面を見ると、閲覧者数は二人のままだった。減ってしまったのに少し残念に思いながらも、しょうがないと思った。
『頑張ってください。犯人探し、応援しています』
 コメントが流れた。珍しくアカウント登録をしている人からだった。心折れそうだったから、そのコメントが本当に嬉しかった。
「ありがとうございます!えっと」
画面を覗き、コメントの名前を確認する。
「オブザベーションけいさん!頑張ります」
「煌、始めるよ」
 ザキはこっちを見ながら手持ちのトランプから揃った手札を捨てていく。自分もトランプを手に取り、頷いた。
「うん。皆さん、それでは最後まで見ていってください」


「煌、右がババでしょ」
 そう言って、ザキは左のトランプを引いた。勿論左のトランプはダイヤの4でザキは揃い、自分の負けになった。二時間の配信が終わろうとしている。閲覧者数は最初三名になり、悪質コメントから二名になった。またさらに一時間を経過すると一名になっていた。終わろうとしている今、人数は何人なのかと画面を確認する。最初始まってから一度も流れていないコメントを見て、やっぱりゼロかと思って見ていたら一人だけ閲覧者数が居た。
「ザキ、最後まで一人は閲覧者がいたよ」
「本当に?ありがとうございます。ババ抜きをしているだけなのに」
 配信を終えようと、トランプを片付けていると一件の通知が流れた。

『次回も楽しみにしています』

 コメントが一件流れ、確認するとコメントと共に五千円の投げ銭がつけられていた。びっくりしすぎて思わず立ち上がり、膝をテーブルにぶつけた。痺れるような痛みの中、涙目になりながらザキにスマホを指差して言った。
「ざ、ザキ。スマホ、スマホ見てみ」
「大丈夫?落ち着いてよ。閲覧者数が増えてたとかじゃないの?」
 ザキもスマホを見るなり驚いて口を大きく開けたまま、片付けようとしていたトランプを床にぶちまけた。
「煌、投げ銭…」
「な?びっくりしただろ。一体誰がこの配信に投げ銭なんて」
 まだ残る痛みに顔を歪める。結構な勢いで打ちつけ、明日には痣になっていそうだ。膝をさすりながら、ソファーに腰をかけ、改めてスマホを確認する。コメントを見ると見知った名前が表示されていた。
「オブザベーションけいさん…本当にありがとうございます」
 四日目にしてやっと閲覧者数が増えた。それだけでも嬉しかったのに、投げ銭まで。嬉しくてもう配信を辞めても後悔しないくらいだった。
「オブザベーションけいさん、有難うございます」
 ザキも配信には映らないが、深々と頭を下げながら言った。それを聞いたのか、閲覧者数はゼロになっており、配信を終了した。

「オブザベーションけいさんって一体何者なんだろう」
 日が短くなり、辺り一体は暗くなっている。薄手のシャツで歩くのが丁度いい位の涼しさになってきた。駅まで向かう道のりの飲食店の看板が点灯し始め、夕方の終わりを感じる。
「暇なお金持ちとかじゃない?あんなババ抜きの配信にお金を落とすとかさ。変な趣味だよ」
 ザキは顔を引き攣らせて笑った。看板のライトにザキのメガネが反射して眩しい。顔の皺ひとつさえも隠されている。看板のライトが顔に当たり黒い線を描いて、ザキの輪郭だけをくっきりと描く。
「この投げ銭でどうやって参加者を集めよう」
 ザキは下を向きながら考えていた。楽!ライブの投げ銭は月末に集計され、一括で指定された口座に振り込みか、電子マネーに変換することができる。自分がアプリの設定をしたため、自動的に自分が受け取ることになる。ザキはゲームは上手いが機械系が苦手だ。きっと人探しも自分がすることになる。
「俺が人探すよ。生配信告知したSNSでアルバイトの募集として投稿してみる。カラオケ代もかかるから、二時間四千円とかでいいかな」
「煌、それは怪しすぎない?金額高すぎるし、闇バイトみたいだよ」
 ザキはやめた方がといいながら、顔を顰めた。自分は笑って言った。
「大丈夫。それくらいじゃないと、人集まらないって。怪しすぎるけど、実際にババ抜きするだけだし。殺人事件の犯人も誘き出させるから、参加者が危険かもしれないって人集まらないかもだよ」
「そうだけど…」
「大丈夫。帰ったら投稿して募集かけてみるね。投げ銭のお金は自分の口座に振り込まれるから、俺が現金で用意しとくね」
 ザキは一瞬黙り込んで、頷いた。不安そうな表情は取り除かれなかったが、しょうがないと言った感じだった。実際のところ投げ銭がきたらどうするつもりだったのだろうか。まあ、投げ銭なんか来ないと思っていたのかもしれない。酔っていた居酒屋で決めたことだし、ザキのことだからゲームできてお互いに仕事が決まればとでも楽観的だったのだろう。
 少し配信のことを忘れて昔の大学生時代のことを話しながら駅まで歩いた。人通りが多くなっていくと、また息苦しくなりそうだった。駅の改札の前まで来ると、ザキはこっちを見て笑う。
「じゃあ、募集の方よろしくね。なんかできることがあったら言って。煌に頼みっぱなしじゃ、申し訳ないし」
「大丈夫。任せて」
「ありがとう。また、水曜日にね」
 駅の改札を通りホームに向かうザキを見届けると、地下鉄に向かうふりをして歩道を進んでいく。途中でスーパーに寄りゆっくりと自宅まで帰って行った。買った食材を冷蔵庫にしまい、簡単に夜ご飯を作る。ザキと生配信をするようになってから、少しずつだけれど日常が戻ってきている。月を見ながらスーパーに行くことも無くなり、お昼ご飯と夜ご飯を正しい時間にとる事も出来始めた。段々と普通に生活が出来ている。まだ悪夢は続くが、いつか仕事が決まったらそれも落ち着くだろうか。満員電車も、水中を泳ぐ魚のようにゆっくりと呼吸が出来るだろうか。
 シャワーを浴び終え、ベッドに横になる。募集をかけようと投稿を考える。2時間4000円。怪しさが凄く、ほんとに集まるか微妙である。闇バイトとして捕まってしまっては元も子もない。30分ほど悩み、枕に顔を埋める。任せてと大口を叩いてしまった。しょうがないと、意を決して記入していく。

『アルバイト募集
ババ抜き生配信のお手伝いをしていただく簡単なお仕事です。
2時間4000円。当日配信終了後、現金手渡しで支給させていただきます。
過去配信のコメント欄を見て頂き、ババ抜きのルールを確認後ご参加いただける方はご連絡下さい。
どうぞよろしくお願いします』


 入力が終わり、投稿する。怪しすぎて募集も全然来ないだろうなと思っていると、直ぐにいいねが付いた。反応が早すぎてびっくりしたのも束の間、直ぐにダイレクトメッセージが来た。

『こんにちは。アルバイト募集の件ですが、是非参加させて頂きたいです』

 早速応募が来て、少しやり取りをする。詳細を話した後了承され水曜日のババ抜きに参加することが決まった。こんなに早く決まるとはびっくりした。先程の投稿に決まりましたと返信をつけておく。変な人じゃないといいなと思いスマホの電源を消した。カーテンの隙間から微かに差し込む月の光を消していくように目を閉じた。


 水曜日、カラオケの前に行くとザキの隣に知らない女性の方が立っていた。年は50代位だろうか。所々白髪が光にあたって目立ち、疲れきった顔が若くないことを感じさせる。少しふっくらとしていて、薄手のカーディガンを羽織り、桔梗色のスカートを履いている。ザキの所まで行くと、その女性は深深と挨拶をした。
「はじめまして。アルバイトに来ました、坂上です。今日はよろしくお願いします」
 顔を上げ、笑った時が凄く優しそうな声をしていた。所作が丁寧で、何をするにもおっとりとしている。坂上さんはすぐに連絡をくれ、お金が欲しいからと何でもやりますと言ってくれた。3人でカラオケに入ると、いつも通りドリンクバーを取り部屋に向かう。坂上さんにドリンクバーの使い方を教える。カラオケに来たのは昔に1回だけらしく、ドリンクバーを触るのもドキドキしながらボタンを押していた。カラオケの部屋に入り、見るもの全てが真新しいらしく、目を輝かせながら見て回っていた。すこし世間知らずのお嬢様のような振る舞いに微笑ましくなりながら、生配信の準備をする。
 今日はアルバイトの方もいるため、最初に配信を行い、最後の一時間で就活を進めることにした。坂上さんにルールを改めて説明する。坂上さんは頷きながら、聞いていた。
「じゃあ、私も生配信用に名前を変えた方がいいですよね?どうしましょう、サカちゃんとでも呼んでください」
「サカちゃんいいですね、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 にっこりと笑い空気が朗らかになっていく。一気に室内に花が咲いたようだ。こんなお母さんがいたら、子供は優しい子にすくすくと育つだろう。

「生配信をご覧の皆さん、こんにちは。ザキです」
 配信が始まる。前回カラオケで流れている映像のような挨拶をしたザキは、今回も同じ挨拶をしている。もしかしたら定着させていくつもりなのかもしれない。閲覧数を確認すると、今日は最初から三人閲覧者がいた。その中には、前回投げ銭をしてくれたオブザベーションけいさんも閲覧していた。
「えー、今回はゲストが来てくれています。サカちゃんです」
 ザキが紹介すると、坂上さんは頬を赤らめながらも身振りをつけて話し始めた。
「こんにちは、サカちゃんです。配信なんて初めてだけれど、頑張りたいと思います」
「今日も変わらずババ抜きをしていきます。皆さん最後までよろしくお願いします」
 坂上さんにトランプを配り、揃ったカードを捨てていく。ゆっくりと、ババ抜きが始まった。

「あー、また負けちゃった。ザキさん強いのねぇ」
 坂上さんが参加してもザキは負け知らずだった。そんなザキの様子を見て閲覧者は『ババ抜き最強の男』として密かに盛り上がっていた。配信して一時間を超えると、閲覧者数が十人を突破しており、ザキの戦い方を見に来ていたらしい。安定して閲覧者がいることが少し嬉しかった。
 トランプをシャッフルしながら、坂上さんはしみじみと話す。
「本当にババ抜きをするだけのバイトだったんですね。旦那に話したら、闇バイトかもしれないから止めとけって止められたんですけど、こんなにいいバイトなら来てよかったです」
「すいません、怪しい文章で」
 坂上さんに二人で謝る。坂上さんはシャッフルを終えると、トランプを置いて言った。
「謝らないで。いいんです、こっちはお金をもらう側だもの。怪しいのなんて、承知で来ているんだし」
 こんなに優しそうな坂上さんがお金に困っているなんて、人は見た目では判断できないものだ。人にはいろんな事情があって、目に見えない悩みを抱えているんだ。そう思うと、ザキの願い事も簡単には言えないものなのかもと納得してきた。
「ババ抜き、あと一回くらいですね。時間そろそろですし」
 ザキはトランプを分けながら言った。それを聞いて坂上さんは残念そうに答える。
「もうそんな時間なんですね。残念。また、機会があったらぜひ参加させてくださいね」
「勿論です」
 最後のババ抜きは、一抜けザキ、二抜け自分、ババ坂上さんで終了した。配信を終了しようとコメントを見ていると、ザキの無敗に沸いているコメントと一緒に、またオブザネーションけいさんから投げ銭として五千円が残されていた。
「オブザベーションけいさん、今日もありがとうございます」
 そう言って、締めの挨拶をするとババ抜きの配信が終了した。

 坂上さんに封筒に入ったお給料を手渡し、カラオケから帰るのを見送る。坂上さんの姿が見えなくなると部屋に戻って就活の作業をお互いに進めた。ザキは先日送ったところに加えてまた、求人に応募している。自分はというと、やっと履歴書を作り始めた。まだまだお互い道のりは長そうである。


 金曜日。この日も投げ銭で得たお金を使用して、アルバイトを募集した。坂上さんからのメッセージはなく、新しく学生の男の子が参加してくれた。自分たちのことを見るなり、怪訝そうな顔をしたのち、生配信に参加した。口数が少ない男の子だったので、さほど盛り上がることなく配信が進んだ。三人でも勝つのはザキだけ。ザキのゲームの強さに改めて尊敬する。閲覧者数は水曜日と変わらず十人程度だった。その中に変わらずオブザベーションけいさんの姿はあった。
 何も起こることなくババ抜きが行われていく。二時間の配信に何か変化が起こらず進んでいき、ザキが負けることはなかった。学生の男の子は最後まで静かにゲームをした後、お金を受け取ると軽く会釈をし、走って帰って行った。そんなこともあるよなと思いまたカラオケに戻り就活を進める。
 この日の投げ銭の金額は、オブザベーションけいさん五千円のみだった。次第に毎回投げ銭をくれるオブザベーションけいさんに不信感が生まれてくる。一体何者なんだろうか。


 月曜日。この日はカラオケ店で最初に就活を行うことになった。参加者のアルバイトさんが予定があるらしく、一時間経っての参加となったのだ。就活の進捗は、ザキが一社一次面接を通過、他は書類選考落選。自分は最初に応募した一社は書類選考をおち、他の一社で明日面接。その他に何社か書類を応募している。お互い就活は順調に進んでいる。もしかしたら早めにババ抜きが終わるかもしれないとお互いうっすら思っていた。
 一時間の就活時間を終え、部屋をノックする音が聞こえる。はーいと返事をすると、一人の男性がドアを開けて入ってきた。
「こんにちはー!初めまして、岡田です」
 スーツを着た、元気な男性が入ってくる。髪をぴっちりとワックスで固め、おでこにくっきりとシワが刻まれている。にっと笑った歯が白く輝いている。年齢は50代くらいか、それ以上か。会社の元気な体育会系おじさんと言った雰囲気が醸し出されている。
「いやあ、遅れてしまってすいません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。どうぞ腰掛けてください」
 ザキがソファーを指しながら座るスペースを開ける。
「失礼します!」
 まるで新人のような元気さと、緊張しているのか動作がぎこちなく、面接のようだと思った。
 岡田さんは座ると、メモ帳とペンを取り出し、真剣な眼差しでルールを聞いていた。分からないことがあったらすぐ聞く姿勢が、なんとも仕事熱心な姿を思い浮かべる。トランプを配り、生配信の準備をする。トランプをシャッフルしながら岡田さんに聞いた。
「岡田さんは、なんでこのアルバイトに応募されたんですか?」
 岡田さんは首を垂れて頭をかきながら言った。
「いやあ、恥ずかしいことに自分は今無職でして。今日参加が遅れてしまったのも、転職活動をしているからなんですよね。全く恥ずかしいもんです。いい年して」
「そんなことないですよ。自分たちだって無職で就活中ですし、お互い様ですね」
「自分は最近脱サラしまして。早く働けって周りには言われてるんです。実際のところ前の会社は辞めたかったし、辞めて正解だとは思うんですけど、ずっと働いてきた身からすると、無職って恥ずかしいし情けないでしょう?自分からしても働いてない人を見ると、社会のゴミだと軽蔑してしまう側だったのでね。お二人さんには申し訳ないですけどね」
 岡田さんは申し訳なさそうに、だけどはっきりと言う。きっと、会社でも指導をする立場だったのではないかと思った。
「実際無職になると、どうしていいか分からないし、働きたくないし。就活も大変だしで、ああ無職ってだけでなんも悪いことなんてない。就活しているだけでも偉いのにって思いました。すいませんね昭和なおじさんなもんですから」
「そんなことないですよ。働く意思があるだけでも偉いです」
 ザキもそれを聞いて頷く。無職が頑張って就活をしているだけでも大きな一歩である。暫く家から出ることすらできなかった自分からしてみたら、岡田さんの行動には拍手を送りたい気持ちだった。
「お二人はこの生配信をされてどれくらいなんですか?」
「今日で丁度三週間ですね」
 生配信の準備を終えたザキが答える。トランプを配り終えて、ザキを見る。
「自分たちは仕事が決まるまでの間なので、そんなに生配信を長くするかは分からないのですが、もしまた機会があったら参加していただけますか?」
「勿論です!いやあ、若い人、誰かとこうやってトランプができるって言うのも嬉しいもんですね」
 岡田さんは俺しそうにトランプを眺める。配信の準備が整ったところでババ抜きをスタートする。じゃんけんを行い、誰から引くかを決めたところでトランプの揃っている手札を捨てていく。
「生配信をご覧の皆さん、こんにちは。ザキです」
「初めまして!オカちゃんです!」
 岡田さんは配信でも元気である。トランプをただ楽しそうにしていて、一緒にババ抜きをしているこっちも気分が上がってくる。学生のワイワイしたトランプのようなものをしている感じだ。コメント欄を覗くと、今日の閲覧者も攻撃的な人がおらず、楽しそうに見ているようだった。その中には当たり前のようにオブザベーションけいさんがいて、コメントこそ少ないが常連さんになっていた。閲覧者は変わらず十人程度。伸びることはないが、減ることもなく、変わらず配信が続けられている。殺人事件の犯人を探していると記載したが、仕事が決まるまで何事もなく配信を続けられればいいなと思っていた。

 今日の生配信が終了し、閲覧者数を確認する。閲覧者数は二十人を突破していた。投げ銭はけいさんから五千円、他の閲覧者さんから五千円、合計で一万円だった。ザキに肩を叩いて、見てもらうと二人でハイタッチした。コメントを見ていく。
『ババ抜きをしているだけなのに、なんか楽しそう』
『懐かしい〜学生時代を思い出す』
『ババ抜き自分もしたくなってきた』
 といいコメントが多かった中、気になるコメントが一件あった。
『そろそろ、犠牲になる時だ』
 そのコメントを指さしてザキに言う。
「このコメント、怪しくない?犯人からかな」
 ザキはコメントの詳細を触ると言った。
「これ、アカウント登録していない人からだからもしかしたらそうかもね。ちょっと怖いね」
「気をつけたほうがいいかもね、お互いも。アルバイトさんも」
「ちゃんと送れるところまでは送るようにしようか。生配信が終わった後」
「そうだね」
「お二人さんも帰られますか?」
 岡田さんはこっちを見て部屋を片付けながら言う。退室時間がそろそろだったので、自分たちも帰ろうかと荷物をまとめ、三人で部屋を出る。もしかしたら誰か見ているかもしれないと、少し警戒をしながらお会計をしてカラオケ店を出た。
「岡田さんは、駅まで歩きですか」
「いえ、自分はそこに自転車を停めているので」
 岡田さんはすぐ側の道路脇の駐輪場を指差す。
「わかりました。もしまた機会があれば参加してください」
「はい、是非!それではまた!」
 岡田さんが自転車に乗って去っていくのを見送ると、二人で駅まで歩いた。二人とも少し後ろや周囲を気にしながら歩いていく。特に何か起きるわけでもなく、駅でザキと解散した。もしかしたら嫌がらせかもしれないと思い家に向かう。いつもなら点灯しているはずの街灯がついておらず、なんだか暗い森を歩いているようだった。

 次の日は一面接を行い、水曜日の参加者を募集した。前日に一万円の投げ銭があったから、水曜日の参加者は二名になる。募集をかけると、生配信の閲覧をしてくれたことのある二名が参加になった。生配信を始めてから時間が経つのがあっという間になる。前まで進まなかった時計が一気に動き始め、二倍速で映像を見ているようだった。水曜日、金曜日何事もなく生配信が進み、就活が進んでいく。けいさんからの投げ銭は変わらず、閲覧者数も金曜日には三十人を突破していた。投げ銭の金額も一万円を超え、毎回生配信に二名が参加することになった。就活は一次面接を突破し、月曜日、午前中には二次面接が控えている。土曜日は月曜日に向けて体を休めようと家でゆっくりと過ごした。いつものようにアルバイトの募集をかけると、久しぶりに坂上さんから連絡があり、一回参加したことがあると説明も省けて楽だと了承した。そして、岡田さんからも参加希望の連絡があって、月曜日の参加は見知ったメンバーになった。嬉しい気持ちと就活で緊張する気持ちを抱えながら、月曜日を待った。

 月曜日。生配信を始めてから四週間が経つ。午前中に二次面接を終え、スーツから私服に着替えてからカラオケ店に向かう。一時間の距離を歩いて向かっていたが、今日は生憎の雨だった。雨の中一時間歩いてカラオケ店まで向かうのは厳しかったため、行きだけ地下鉄に乗ることにする。半袖のTシャツにカーディガンを羽織り、家を出る。じめっとした空気が服の隙間に入り込んで、外の空気を強制的に体に取り入れている。水滴が網目から浸透し、じっとりと外の雨に全身が支配されていく。傘を指していても雨を強制的に感じるのはこういうことなのかと、水たまりにスニーカーを弾ませながら思った。
 雨の中の車内は密度が増したような感じがして、混んでいないのに息苦しい。全員の憂鬱な気持ちに包まれていて、空調が車内に行き渡らせている。ゆっくりと、深く息を吸いながら、なんとかカラオケの最寄り駅まで辿り着いた。カラオケ店に到着すると、店内のロビーの待合椅子で三人は座っていた。自分に気づくなり、手を振った。
「遅くなってすいません」
 傘を畳みながら声をかける。白髪染めをされたのであろう髪を触りながら、坂上さんはにっこりと優しく笑って言った。
「全然待ってないわよ。三人ともさっきついたばかりだし」
「そうですよ、自分もさっきついたばかりです」
 岡田さんは今日もスーツを着て、姿勢良く座っていた。ザキは三人の間に座りこちらを見ると、立ち上がりながら言った。
「岡田さんと坂上さんの顔合わせもできたし、煌が遅れて来てちょうどいいくらいだったよ。三人揃ったところだし、行こうか」
 三人とも立ち上がり、セルフレジでチェックインを済ませる。ドリンクバーを各自とり、部屋に向かう。坂上さんと岡田さんは年代が近いからなのか、楽しそうに話しながら先頭を歩いていた。ザキと自分はドリンクバーを選ぶフリをして小声で話す。
「あの変なコメントからなんかあったりした?」
 ザキはドリンクバーのボタンを押しながら自分に聞く。
「何もない。バイトの募集も変わらずだし、コメントも何もないよ。何もなくて、いたずらとかだといいんだけど」
「そうだよな。煌、アルバイトの募集ありがとうな。危険な連絡とかあったら言って」
「うん、ザキも気をつけて」
 部屋に入ろうとする坂上さんがこちらに手招きするのを見て、会釈しながら部屋に向かう。溢れそうなドリンクを慎重に運びながら部屋に向かった。

 生配信の準備を整え、トランプを配る。なんか家族みたいだと思いながら仲良く四人で話が続く。生配信だけの関係なのに、2回目にしてこんなに楽しいと、なんだか終わるのが始まる前から名残惜しい。
「そういえば、二人ともに聞きたかったことがあるんですけど、いいですか?」
 岡田さんがザキのことを見つめながら言った。ザキはドリンクを口に運ぶと、首を傾げてどうぞと言う。
「就活はなんとなくわかるんですけど、なんで二人とも無職連続殺人事件の犯人を探しているんですか?」
 空気がピリッとする。参加者とはトランプをするだけで誰も事件のことまでは聞いてこなかった。
「いや、閲覧者数を獲得するために利用しただけですよ。話題性のためです。万が一犯人が現れて捕まえられたら英雄じゃないですか。無職の自分達としても安全になるし」
 ザキがヘラヘラと笑いながら、遊びみたいなもんだよなと自分に目配せをする。
「へえ、そうなんですね」
 岡田さんはにっこりと笑った後、真顔になって低いトーンで言った。
「じゃあ、もし私が犯人だと言ったらどうします?」
 その場にいる全員の動きが止まる。この前と今日で見たこともないような怖い顔をして、岡田さんはこっちを見ている。
 ついに来た、と思った。いつか犯人らしき人が現れるかもしれないと二人で話していた。だけどそれが岡田さんだなんて、思いたくなかった。
「私がもし犯人だったら、ここにいる全員死にますよ」
 空気が思い。いつもは聞こえない隣の部屋のカラオケの声が一層大きく聞こえる。グラスに張り付いている水滴が、だんだんとテーブルに溢れていくのがはっきり見える。ザキはふっと吹き出して言った。
「やだなあ、岡田さん。怖いこと言わないでくださいよ。岡田さんが犯人なんて違うでしょ」
「そうですわよ。岡田さん、私まで怖くなっちゃいましたわよ」
 坂上さんは苦笑いをしながらグラスのドリンクを勢いよく飲む。岡田さんのハイライトのない瞳がいまだに怖い。目が合うたびに心の底まで見透かされているみたいだ。
「どうして皆さん知りもしないのに私のことを犯人じゃないなんて思えるんですか。死ぬかもしれないのに」
 岡田さんは一切笑わない。暫く沈黙が流れていく。ザキは立ち上がるとスマホの電源を入れた。
「始めますよ。生配信」
 坂上さんは頷いた。岡田さんはため息をつくとトランプを手に取る。今までで一番緊張感のある生配信が始まる。
「もし負けても、皆さん後悔しないでくださいね。みんなそれをわかって参加しているんだから」
 岡田さんのその一言に、みんなトランプに目を移す。殺されるかもしれない。揃ったトランプを捨てていくと、手札の中のジョーカーと目が合った。汗で滲むジョーカーに力が籠る。ゆっくりと、配信の開始ボタンを押した。
「生配信をご覧の皆さん、こんにちは。ザキです。」

 配信を始めて一時間が経った。いつもより思い空気の中、配信が進んでいく。途中トイレに向かった時の、廊下の空気がひんやりとしていて気持ちよかった。酸素が薄い、暗い中から一見、流行りの音楽を吸収していく。手洗い場の水道が勢いよく飛び出して、服に跳ねると、いつも見る悪夢のことを思い出してしまった。
 部屋に戻り、ソファに腰掛ける。坂上さんが汗をハンカチで拭いながら、自分のことを見て微笑みかけてくれた。坂上さんの優しい空気だけで色が戻って救われるようだった。
『今日の配信なんだか静かだな』
『もしかして修羅場』
『いや、以前も参加したことがある人だし、それはないんじゃない?』
『サカちゃんとオカちゃん、合わなかったんかな』
 閲覧者のコメント欄にも心配の声が上がる。少しずつ減る閲覧者数にこれはダメだと思って、岡田さんに話しかけた。
「岡田さん、さっきのって嘘ですよね?」
「さあ、どうですかね。というか、私じゃないかもしれないですよ。サカちゃんか、ザキさんかもしれないし」
「そんなことないですよ。大丈夫です」
「どうですかね」
 トランプをシャッフルすると、ザキは皆んなに配った。岡田さんと話しても溝が深まっただけのような気がして、イライラした。
「コウさん、気にしなくて大丈夫よ。オカちゃんきっと疲れているだけだわ」
「そうですかね。サカちゃんは怖くないですか?」
「平気よ。この歳になるとね、怖いことなんてないのよ。健康診断の結果以外はね」
 坂上さんと話しているとなんだかほんとに岡田さんが疲れているだけのような気がしてくる。坂上さんとザキと三人で話を続ける。坂上さんが最近ジムに通いたいと言いながらジュースを沢山お代わりするのをみてザキと二人で烏龍茶を勧めた。岡田さんはそんなやり取りを見ながらも一切笑わず、黙々とトランプを切り、配っていた。坂上さんと話すうちに段々と事件のことはどうでも良くなって、次第にいつものペースが戻ってきた。コメント欄もいつもの賑やかなコメント欄に戻っていた。

「あーあ、また負けちゃったわ。私がこの中ではババ抜きいちばん弱いのかも。ザキさんはどうしてそんなに強いの?」
 ザキはトランプをまとめながら言う。
「昔、心理学を勉強していたんです。そのおかげかな。ゲームも好きだし」
 坂上さんはそれを聞いて、感心したように拍手していた。
「やっぱり何事も勉強なのね。心理学なんて、凄いわ」
「そんな事ないですよ」
 配信が終了し、部屋を片付ける。岡田さんはずっと笑わないままだった。ザキが負けることなく、自分と坂上さんが最後ババの心理戦をするのがずっと続いた。配信を終了し、コメント欄と投げ銭を確認する。今日は以前のような怪しいコメントはなく、楽しそうにコメントをする人が多く見られた。投げ銭の合計はけいさんも合わせて一万五千円。確実に増えていっているのが実感して、嬉しい気持ちになる。坂上さんと岡田さんに報酬を封筒に入れて渡すと、一旦カラオケ店を出て、駅まで見送ることにした。岡田さんは以前自転車だったけれど、今日は雨もあり歩いて帰宅するらしい。岡田さんは会釈をして駅とは別方向に向かっていく。結局岡田さんとは険悪のまま、誤解が解けぬままだった。
「岡田さん、何かあったの?前回もあんな感じ?」
 坂上さんと駅に向かいながら話す。昼間は長く重く降っていた雨も、段々と小雨になりつつあった。
「いえ、以前は普通の明るい方でした。今回どうしたんでしょう、何かあったのかな」
「就活、上手くいっていないって始まる前に仰っていたわ。だから八つ当たりとかかもしれないわね。気にしない方がいいわ」
 坂上さんはくるくると傘を回しながら話す。坂上さんの水色のレインブーツに水滴が落ちる。傘の色とお揃いで、若々しくみえる。パシャパシャと跳ねるように、軽々とスキップをしながら坂上さんは歩く。
「じゃあ、また今度機会があったらよろしくね」
「はい。坂上さんお気をつけて」
「煌さんもね。またカラオケ戻るの?」
「はい。この後、ザキと就活なので」
 駅に到着すると、改札前で坂上さんとは手を振って別れた。水色のレインブーツが遠ざかって行くたびに、天気が快晴に向かっていくようなきがした。

 カラオケ店に戻り、1時間の就活を終えた後ザキとは駅で別れた。ザキは面接を落ちたらしく、一からまた就活だと嘆いていた。面接まで進んでから落ちると、少しメンタルに来る。ザキは大きなため息を着きながら、コーヒーを煽るように飲んでいた。
 ザキと駅で別れ、天気が良くなって来ていたから帰りは家までゆっくり歩いて帰宅した。雨のお陰で人は少なく、車のハイビームだけが散乱して雨水を弾いていた。雨粒が傘に当たる音を聞きながら家に着く。水分を纏って歩いていた感じがして、体が少し重く感じた。久しぶりにテレビをつけて、仮眠を取ろうとベッドに横になる。丁度夕方のニュースが流れていて、目をつぶりながら耳を立てる。
『続いて次のニュースです。先ほど、市内のマンションで女性の遺体が発見されました。遺体の身元は、坂上亮子さん52歳職業無職。警察は先日から発生している連続殺人事件と関連があるとみて、捜査をしています。遺体発見…』
 坂上という名前を聞いた瞬間にベッドから飛び起き、テレビを見た。テレビには先程まで一緒にババ抜きをしていた、坂上さんの写真が映し出されていた。


オブザベーション 警

「けいさん、何見てるんすかぁ?」
 喫煙所で後輩が自分のスマホを覗こうと顔を近づけてくる。煙草の煙が顔にかかりそうになり、手で払いながら言った。
「生配信。てか近いからもう少し離れろ」
「生配信〜?なんか卑猥なもんでも見てるのかと思ったのに。てか職務中ですよ」
「卑猥なもんってお前。てかお前もこうしてサボってるだろ」
 青空に煙草の煙がくっきりと映る。ほんの気持ちの屋根と小さなベンチが二つある狭い外の喫煙所には、後輩と二人だけだ。交番勤務を終え、刑事になってから数年が経つ。最近は大きい事件もなく事務作業がほとんどのため、こうしてよく喫煙所でサボっている。入って来てからまもない後輩はスマホゲームをしながら紙煙草を吸っている。今時紙煙草なんて珍しい。紙煙草の方がかっこいいからと吸っているみたいだが、自分はその煙が苦手だった。
「てか、なんで生配信なんか見てるんすか。最近事務作業中にも見てますよね」
「気づいてたのか」
「気づきますよ、こっちのデスクからは丸見えですからね」
 スマホゲームの画面に夢中になりながらも、会話を続ける。後輩はタバコを吸い終えたのか、2本目に手を伸ばそうとしていた。
「今起こっている無職連続殺人事件の犯人を探しているらしいんだ。この生配信」
 生配信に目を落とす。配信は三人で変わらずババ抜きを行なっていた。
「えー、それやめさせた方がいいんじゃないっすか。危ないっすよ。それで殺されたりなんかしたら、俺たちの仕事増えるし」
「そうなんだけど、それで現れたらこっちの手柄にもなるだろ」
「でも現れなさそうじゃないっすか?ただのおふざけとかでしょ。閲覧者数稼ぎの」
「でもなんか、怪しい気がするんだよな。なんとなく、犯人が現れそうな気がする」
 後輩はスマホゲームをやめると、自分のスマホの画面を覗き込む。
「なんでそう思うんすか?ただ、ババ抜きをしているだけなのに」
「んー、刑事の勘?」
 少しカッコつけて言うと、後輩に爆笑された。
「ちょっと古臭いっすよ。おじさん臭。てか、けいさん投げ銭してんじゃないっすか!」
「もうおじさんですよ。犯人を誘き出す手助けをしてんの。きっと現れるよ」
「ほどほどにしてくださいよ」
 後輩はそういうと、煙草を消してベンチから立ち上がった。
「ほらそろそろ行かないと、またサボってるって書類増やされんですから行きますよ!」
「はいはい」
 配信を付けたまま後輩の後をついていく。絶対いつか犯人が現れる、そんな気がして今日も投げ銭を投げた。


「なあザキ。もう、ババ抜きやめた方がいいんじゃないか」
 電気をつけるのもめんどくさく、真っ暗な部屋の中いつものカラオケ店でザキに言う。廊下で流れている流行りの音楽が、部屋まで入ってきて邪魔に思える。ザキはドリンクを飲みながら答えた。
「辞められないだろ。仕事も決まってないのに。そういうルールだろ」
「何言ってんだよ、人が死んでんだぞ!?」
 だから何と言う感じで、ザキは平気そうな顔をしていた。
 昨日坂上さんが亡くなった後、坂上さんと最後に会った人ということで警察に事情聴取を受けた。どんな関係なのかと強く聞かれた後、警察に生配信のことを話すと、今すぐに辞めなさいと注意を受けた。自分も被害者が出てしまった今、もうやめるべきだと思っていた。仕事は決まっていないが、ザキとこうしてあってババ抜きができただけで嬉しかったのだ。事情聴取を受けた後に、ザキにすぐ連絡をした。次の日は配信が無く会う予定がなかったが、辞めようと言うためにザキにカラオケ店で待ち合わせしようとメッセージを送った。
 会ってみると、ザキはいつもと変わらない様子でドリンクバーをとり、坂上さんのことは何事もなかったかのように話した。そんな様子を見て、少しザキに怒りが湧いた。
「もう、辞めよう。このままだと、もっと被害が出る。犯人を捕まえて英雄になろうなんて馬鹿だったんだよ」
 重い空気だけが流れ続ける。ザキはカラオケの端末を触ると、ランキングをゆっくり見ていた。何か歌うかと聞かれたけれど、首を振った。
「どっちかの仕事が決まるまで、配信をするのには変わらないよ。煌がいなくても俺一人でも続ける。坂上さんが死んだのだって、俺たちの配信のせいかわからないじゃん。」
「でも、警察は無職連続殺人事件と関係があるって言ってたし。危険だからやめろって言ってたよ。ザキだって、殺されるかもしれないんだ」
「大丈夫だよ。俺と、煌は殺されないよ」
 ザキはまっすぐな目をしてこっちを見ていた。
 何を根拠として言っているのかわからず、無性に腹がたった。グラスの水滴がテーブルにどんどん落ちて、水たまりを作っていく。落ちるたびに、時間が1秒ずつ流れている気がした。
「悪いけど、俺しばらく配信は参加しない。一人で続けてくれ」
 ザキに言い放つと、お金をテーブルの上に置き部屋を出た。カラオケの外の乾燥した空気が肌に触れて、痛かった。


 それから一週間が経ち、ザキとは連絡をとっていなかった。就活は変わらず進んでいき、昨日月曜日に最終面接を受けた。後は結果を待つのみだった。
 テレビをつけ、お昼のニュースを眺める。無職連続殺人事件の報道をやっており、相変わらず犯人は捕まっていない。テレビで坂上さんの写真を見るたびに心が締め付けられたように苦しくて、涙が出た。あんなババ抜きなんか辞めておけば、坂上さんは死ななかったのに。
 お昼ご飯を準備し、テレビを眺めながらご飯を食べる。湯気が柔らかに登っていき、顔に暖かな匂いをもたらしていく。どんなに悲しいことがあってもお腹は空き、食べないといけない。掻き込むようにご飯を口に入れ、スマホを開く。ふとザキは自分がいなくても生配信を続けると言っていたが、実際はどうなのだろうかと気になった。楽!ライブのアプリを開き、ババ抜きで検索をしてみる。今日は火曜日だし、やっていないだろうと半信半疑で検索をすると、一件だけこれから配信予定のライブがあった。配信名が『無職がババ抜きをするだけ』になっており、気になって過去の配信を遡ってみて見た。そこには閲覧者もいない、暗いブレブレの画角で撮影されたザキの生配信があった。
 一人でババ抜きをしている。一人でなんかできるわけないのに、ただただひたすら揃ったカードを抜いていくだけ。そんな内容の配信だから閲覧者数はもちろんおらず、ザキだけなので告知もされていない。二人の時は月水金の週三日だけだっったのに、一人の時は毎日三時間配信をしていたみたいだった。そんなザキの配信を見て、なんでこんないザキがババ抜きを配信することに執着しているのか不思議だった。ますます、ザキの願い事が気になった。だけれどあんなことを言った手前、簡単にはメッセージを送れない自分も居た。過去の配信を見る手を止めた。アプリを閉じ家の家事をする。配信のこと、坂上さんのことは今は忘れようとずっと動くことに必死だった。その度に、トランプや水色が目について、時が止まったように動けなくなった。今だけ、空が晴れていなければいいのにと思っててるてる坊主を逆さに吊るした。

 木曜日。たまにアプリを覗きザキが配信しているのを確認してしまう。最終面接の話が来ないまま、時間だけが過ぎていき、緊張でうまく眠れない。寝返りを打つたびに毛布を巻き込んで、くるくると傘を巻き込む坂上さんの姿が思い浮かんでまた眠れなかった。きっとずっと悲しいし、うっすらと膜を張った様に寂しさに包まれていくんだど思った。悪夢を見ることは以前よりも減っていて、日常生活も難なくと送れるようになってきていて、自分が波際から離れていっていることが伝わってきていた。
 夜になり、月を見ながらスーパーマーケットに向かう。夏の暑さはほとんどなく、もう上着を羽織っていないと突然吹く風に熱を持っていかれそうだった。ジャケットのボタンを上まで止め、スーパーに向かうと明日の食材を買って自宅に帰る。満月なのかいつもより月が大きく丸く見えて、手で掴めそうだ。太陽よりも月に照らされている方が生きているって気がする。靴先まで緋色に染まったまま、地面を蹴って歩いた。荷物の入ったビニール袋がかしゃかしゃとなっていいメロディを奏でる。重力がなくなりそうな世界に包まれた中、スマホの通知がポケットで振動した。
『煌、ゲームしよう』

ジジ抜き

 金曜日。いつものカラオケに向かう。薄いトレンチコートを靡かせながら土のもったりとした感触を踏み締めていく。日差しが肌寒さを忘れさせてくれるほど暖かい。きっと今日で何かが変わる気がする。そんな気がしていた。
 ザキから通知が来たあと二つ返事で了承し、すぐに参加者を募集した。いつも通りSNSで募集をかけるとすぐにダイレクトメッセージが届いた。前回の投げ銭が一万五千円だったから参加募集は三人。三名からはすぐにメッセージが届き、その中には前回坂上さんが参加した時にも居た、岡田さんからのメッセージがあった。岡田さんが殺したのではないかと少し疑う気持ちもあったので、岡田さんの参加を了承した。坂上さんの犯人を特定したい。せめて岡田さんが殺したのかどうかだけ知りたかった。
 一時間歩き、カラオケ店に到着する。カラオケ店の前には自分以外の四人が到着しており、皆真剣な眼差しだった。
「ごめん、待った?」
「ううん、皆さっき来たばっかだよ」
 ザキはそう言うと、先頭を切って歩いていく。その後に続きながらカラオケ店に入っていく。誰一人として話すこともないまま、ドリンクバーをとり、部屋に向かう。靴が擦れる音がはっきりと聞こえてきて、自分の心臓の音すら響き渡っているような気がした。
 部屋に入り、各々コートをかけた後、席に座る。壁際にザキが座り、参加者を囲むような形で自分が扉側に座った。今日は就活の時間は取れなそうだと、ザキとメッセージで事前にやり取りをしていた。自分は最終面接の結果待ちだったので、就活に焦りはないが、ザキはどう思ったのだろうか。スタンプで返事が帰ってきたが少し不安でザキの顔を覗き込む。
 ドリンクを口に運び、カラオケのテレビを消している。それを見て、自分もザキからスマホスタンドを受け取り、セッティングする。参加者の人は各々ドリンクを飲みながら、誰もスマホを操作せず時間を潰していた。誰かのドリンクを飲み込む音がハウリングする。セッテングが終わるとトランプを鞄から取り出し、テーブルの上に置いた。
「配信を始める前に、自己紹介でもしますか」
 ザキが口を開く。皆持っていたグラスをテーブルに置き、姿勢を正した。
「ザキです。この生配信を始めた企画者です。今日はよろしくお願いします」
 小さな拍手がなり、ザキの隣の人が挨拶をした。
「如月です。配信をずっと見てました。今回参加できて嬉しいです。よろしくお願いします」
 大学生くらいだろうか。白のスウェットにカーキーのカーゴパンツを履き、赤茶に染めた短髪にパーマがかかっている。一番若い雰囲気を醸し出しており、少しオドオドとしている。如月さんはメッセージが一番早く、配信をよく見ていたそうで、参加が決定した。
「如月さん、きさくんとかでどうかな?」
 ザキが隣を見ながら問いかけるとゆっくりと頷いた。拍手を小さくすると、隣の岡田さんが口を開いた。
「岡田です。今までの配信ではオカちゃんで参加していました。短い間ですがよろしくお願いします」
 声のトーンは低いものの、ハリがあり個室によく響いていた。前回同様スーツを着こなしているが、顔はやつれており、剃られてない髭が無造作に生えていて最初の時とは別人だった。何があったのかはわからない。だけど、岡田さんも精神的に参っているのだと思った。緊張感のある拍手をして、岡田さんの隣の人が口を開いた。
「始めまして、でいいのかな。けいです。ずっと配信を見てました」
 その名前を聞いて思わず顔をじっくり見た。白いアイロンのかかっていないシャツに紺色のパンツを履いている。三十代くらいに見えるけいさんはスーツを着ているのにどこかラフさがあり、慕われていそうなお兄さんと言った感じだった。
「もしかして、オブザベーションけいさんですか」
 けいさんの目をまっすぐ見て聞いた。けいさんは軽く口角を上げると頷いた。
「やっとこうして配信に参加できて嬉しいです。よろしくお願いします」
 けいさんが話すたびにタバコの匂いが微かに香る。こうしてみると普通の人に見えて、どうして毎回投げ銭をしていてくれたのか不思議だった。けいさんが自分を指すと、あっと思い、慌てて自己紹介した。
「コウです。会いたかった人も、始めましての人も一緒に配信ができて嬉しいです。今日はよろしくお願いします」
 拍手が起こると、一瞬沈黙が流れた。冷たい空気の中、グラスにばかり目がいく。ザキはスマホをつけると言った。
「それじゃ配信始めますか」
 全員が全員の様子を伺いながら、ゆっくりと頷く。ザキはアプリを開くと、配信開始のボタンを押した。
「生配信をご覧の皆さん、こんにちは。ザキです」

 配信が始まり、暫くは皆無言でババ抜きをしていた。一枚、一枚とトランプが減るたびに心理戦が始まる。ジョーカーがババだとわかっているからこそ、皆自分が持っていないと他の人のことが疑心暗鬼になるし、自分が持っていると騙そうと必死になる。トランプに込める力が必然的に強くなって、カードが軽く曲がる。汗と交わって視界が歪む。一回めのババ抜きが終わり、如月さんが負けになった。一抜けはけいさんだった。ずっとザキが勝ち続けていたのに、初めてけいさんが勝った事に自分もネットもびっくしていた。
「けいさん、ババ抜き上手いんですね」
 自分が散らばったトランプを集めながら、けいさんに言う。けいさんは少し嬉しそうに、誇らしげにソファに背を預けながら言った。
「まあ、自分心理戦とか得意なんで。でも、ザキさんもババ抜き上手ですよね。配信でもずっと勝ってたし。なんかコツとかあるんですか?」
 ザキは自分からトランプを受け取り、シャッフルしながら言った。
「コツとかは特にないですよ。ただ、ゲームが好きなんでもしかしたらババ抜き得意なのかもしれないです」
 岡田さんは引き攣った笑いを浮かべる。最初の挨拶から一度も口を開いていなかった。閲覧者数は五十人を突破しており、コメントもいつもより早く流れている。
『ザキが一抜けじゃないなんて』
『オブザベーションけい何者?投げ銭から配信に参加できるとかラッキーじゃん』
 など、事件に関することではなくババ抜きに対してのコメントがメインだった。
2回目のババ抜きを始める。最初のババは自分が持っており、ゆっくりとゲームが回っていく。ババは他の人のところに周回することなく、自分のところから動かずにゲームが終了した。
「煌はやっぱり弱いね」
「いやあ、ゲームは好きなんだけど、実際やると負けばっかり。きさくんはどう?ババ抜き慣れた?」
 トランプを集めながらザキと話す。緊張がほぐれてきたのか、如月さんは頭を掻きながら笑っていった。
「はい、なんか修学旅行みたいですね」
 各々緊張がほぐれてきたところで3回目のババ抜きが始まる。トランプを配り終えると、唐突にけいさんが岡田さんに問いかけた。
「オカちゃんはなんでこの配信に参加したんですか」
 それを聞いて自分とザキに緊張感が走る。前回、坂上さんにあんなことがあって、一番疑わしいのは岡田さんだ。自分が犯人だったらという問いかけもあった。今回は平和に終わりたい。そう思って岡田さんの返答に耳を傾ける。
「ふざけているなと思ったからです。無職殺人事件の犯人を探すなんて」
 ぶっきらぼうに、冷たい眼差しで言う。さっきまで暖かかった空気に突然氷が漂ったように冷たくなる。
「なんでそう思うんです?犯人探しなんて、どっかのインフルエンサーだってやってると思いますよ。ましてや、犯人が見つかったら事件が解決するなんて素晴らしいじゃないですか」
 けいさんは少し大袈裟に、だけど探りを入れるように聞いていく。ババ抜きをしている時も、けいさんの探るような視線と口調が心を支配しようとしているようで、身動きが取れなくなる。自分から墓穴を掘らないように言葉を選んでいるうちに、逃げ道がなくなるような感覚になる。
「最初は自分も就活中なので、いい刺激になるかと参加をしてみたんですが、実際参加してみるとやっぱり無職は社会のクズだなと」
「へえ、自分は社会のクズじゃないと?」
 揃ったトランプを抜いて、テーブルに置く音が響く。酸素が薄い。
「ええ、自分は違います。こんな働かず、ババ抜きをして命をかける馬鹿とは違います」
 岡田さんはトランプを一旦置くと、全員を睨みつけながら言った。
「ここにいる全員も、世の中の無職も殺されてしまえばいい。命を安売りして時間を棒に振っているんだから」
「ふーん。オカちゃんはサカちゃんが死んだことどう思っているんですか?」
 坂上さんの名前を出された瞬間、やばいと思った。配信を見ている人たちはニュースd殺された坂上さんが、配信のサカちゃんだと知らない。
『え、死んだ坂上さんって人ってこの配信参加してたの?」
『それって、やばくね。犯人がこの配信に関わっているってことじゃん』
 コメント欄が一気に増えると同時に、視聴者数も伸びる。配信を止めるかザキに目配せをすると、ザキは首を振った。
「可哀想にとは思いますけど、仕方ないと思います。だって無職だし、殺されるかもしれないのを分かってて配信に来ていたんですからね。自業自得」
「じゃあオカちゃんがもし死んでも自業自得ですね」
 岡田さんはけいさんを睨みつけると放つように言った。
「いや、私は死にませんよ」
「じゃあ、オカちゃんが連続殺人事件の犯人ってこと?」
 岡田さんに注目があつまる。揃ったトランプを抜こうとする手が止まる。岡田さんは吹き出すように笑うと腕を組みながら言った。
「どうですかね。でも、皆この配信に関わっているってことは犠牲は仕方ないですよね」
「なるほどね、厄介だな…」
 自分にしか聞こえないくらいの小声でけいさんは言った。けいさんの尋問をしているかのような問いかけに皆黙り込んでしまった。
「そうだ、じゃあ次のゲームは賭ませんか」
「何を?」
 ザキは賭けるなんてと卒倒したようで、岡田さんを見つめた。
「次のゲーム、負けた人が次の犠牲者になる。命を賭ませんか?その方が、犯人にとってもターゲットが絞れて楽でしょうし。それにその人を守っておけば犯人だって分かりますし」
 嬉しそうに話す岡田さんをみて、けいさんは呆れたように舌打ちをして言った。
「なんだそれ。馬鹿げてるな」
「私だって事件を解決に向かわせたいですし、ただババ抜きをするのじゃつまらないでしょう?」
「お前は犯人じゃないって言うのか?」
「教えません。けれど、自分の命は惜しくないし犯人にやられっぱなしじゃこっちも黙っておけませんから」
 岡田さんは妙に真剣だった。けいさんはため息をつくと、自分を見た。
「他の3人はどう思う?俺は参加するけど、危険だから今帰ってもいいぞ」
 如月さんは首を横に振り、トランプをテーブルに置いた。
「参加します。自分お金欲しいし、自分も無職だから最後までやり遂げたいし」
 正直やりたくは無い。だけれど、参加者がやると言っている以上始めた自分たちは辞めるわけにいかない。深いため息をついてテーブルにトランプを置き、頷いた。
「俺も参加します。ザキと俺は主催側だし。坂上さんの為にも犯人は知りたいし」
 岡田さんは大きな声で笑うとトランプを回収し、またシャッフルし始めた。
「じゃあ決まりですね。誰が犠牲になるのか、楽しみです」
「じゃあ、ババ抜きじゃなくジジ抜きにしませんか」
 ザキが手を上げて言う。
「ジジ抜きですか?」
 如月さんが不思議そうに首を傾げる。ザキはトランプを岡田さんから受け取り、シャッフルをする。
「ジジ抜きは知ってますよね?どれがババか、分からないトランプゲーム。分からないからこそ、最後まで結果が分からない。今の自分達にぴったりだと思うんですよ。犯人も、犠牲者も何もかも分からない自分達にとって」
 ザキはテーブルの上にトランプを広げる。
「でもザキ、ずっとババ抜きでやってきたのにいいのか。そんな、人が死ぬかもしれない時に」
「だからいいんじゃないか。運もゲームのうちだし、実力は平等の方がいい。分からない方がいいこともある」
「面白いですね、そうしましょう」
 岡田さんは頷くと、早くババのカードを決めろと言わんばかりにトランプを見つめている。いいよと自分以外の二人も賛成すると、しょうがないと思い賛成した。ザキに目配せをされて、テーブルの上のトランプから一枚引き、誰にも見えないようにカラオケのテレビ台に置く。ザキは広げたトランプを回収し、シャッフルをする。全員に平等に一枚ずつトランプを分けていく。けいさんはそのザキの手元をじっと見つめていた。岡田さんは怪しい笑みを浮かべている。ジジ抜きをするだけなのにこんなに緊張しているのは初めてだ。手に汗がじわじわと滲み出てきて、膝が震える。配られたトランプを見つめてゆっくりと、揃ったトランプをテーブルの中央に捨てていく。みんな確認しながら、抜いていくと手元には数枚トランプが残った。その中にジョーカーがあるのを一瞬確認して、焦ったが別のカードがババだと思うと、複雑な感情に苛まれた。
「皆さん、トランプ捨て終わりましたか?」
 ザキが全員に問いかける。音もないまま全員が頷くと、改めて配信の画面を確認しコメントと閲覧者数を確認する。先ほどの坂上さんがこの配信に参加していたことがバレて、閲覧者数は百人を超えていた。じゃんけんをすると中心に座る岡田さんから、時計回りにトランプを引いていく事になった。
「じゃあ、始めましょうか」
 ザキがそう言って岡田さんから隣の如月さんのトランプを引いていく。岡田さんは揃わなかったらしく、首を傾げてトランプを伏せた。その様子を見て、如月さんはザキのトランプを引いていく。手元のカードと引いたカードが揃ったらしく、如月さんのトランプが減った。その後も一周して引いていく。どんどんと手札が減っていき、一番手札を持っているのはけいさんだった。もう一周するとけいさんとザキはカードをそ揃え、手元のトランプが減っていた。
「オカちゃんが犯人じゃないとしたら、本当の狙いはなんなの?」
 けいさんが岡田さんのカードを引きながらきく。岡田さんは黙ったまま、如月さんのカードを引いた。
「俺的には、オカちゃんには何か他の理由があってこの生配信に参加したんじゃないかと思っているんだけど」
「他の理由なんてありません。さっき話した通りです」
「へー、ねえオカちゃんはサカちゃんと元々知り合いでしょ?」
 岡田さんの動きが止まる。ついその言葉を聞いて
 驚いて岡田さんを見つめた。岡田さんは何も喋らないまま、ハイライトのない瞳でじっくりとトランプを見ていた。足が少し揺れており、テーブルを通して振動が伝ってくる。
「俺的には、2人は知り合いで、犯人を捕まえるために参加したのかなーなんてさ。勘だけど」
 けいさんは少し冗談めいて笑いながら言った。
「知らない人が口を挟むな」
「はいはい」
 誰も話さぬまま、トランプは全員のところをくるくると周回していた。暫く誰も揃わず、ゲームが進まないまま時間だけが進んでいく。さっきのけいさんの質問がほんとなら、犯人は誰?
 少しして、如月のトランプが揃い一位抜けをした。緊張していたのか、一位で上がりが決まると、深く息を吐いてソファにどっぷりと腰掛けた。続いてザキが揃い二位に上がった。そしてけいさんも揃い、自分と岡田さんの一騎打ちになった。
「いやあ、コウさんが最後まで残るなんて。ついてないですね」
 岡田さんは2枚のトランプを差し出し、1枚を少し上に出した。自分はそのトランプを選びながらこたえた。
「まあ、たかがババ抜きですから。殺されるなんて有り得ませんし」
「もし、コウさんが負けたらちゃんと犠牲になってもらいますよ」
 岡田さんの瞳が真っ黒で、ブラックホールのように吸いこまれて行きそうだった。視線を逸らし、岡田さんのトランプを引く。揃わず肩を落とし、シャッフルすると何食わぬ顔で岡田さんにトランプを差し出した。岡田さんは迷わず引くと、揃わなかったのか舌打ちをしまた自分に手札を出した。勝負はつかず、何往復かしているうちに揃わないトランプが薄らと分かってきた。ジョーカーだった。
 ジジ抜きにしても、ババがジョーカーになる。分かっているから他に目がいかなくなるんだと思い知らされた。知らなくてもいいことが沢山ある。そう思っているうち、岡田さんもそれに気づいたのか不気味な笑みを浮かべて自分のトランプに手を伸ばした。トランプの頭を触って自分の反応を見る。死ぬのは自分だと言われているようで、薄気味悪い笑みをこちらに向けてくる。ジョーカーじゃない方のトランプに岡田さんが手をかけた。目に力が篭もる。

 プルルルル。プルルルルル。

 岡田さんがトランプを引こうとした時、電話の音がなった。一旦トランプを置き、各々携帯を確認する。他の人が違うと確認した時、鳴っているのが自分の携帯だと気がついた。
「ザキ、どうしよう。この間受けた企業からだ」
「いいよ、出なよ。この配信も仕事が終わるまでの配信だったわけだし。一旦配信止めなよ」
 その言葉を聞いて、一旦配信を止め、スマホスタンドから自分のスマホを取って応答する。カラオケの部屋から出る時間もなく、そのまま応答した。
「もしもし」
『お忙しいところ恐れ入ります。私〇〇株式会社の山木と申します。花村様のお電話番号でお間違いなですか?この度はー』
 カラオケの音楽が耳を支配して、電話に集中出来ない。
「すいません、ちょっと待ってください」
 通話を保留にし、全員にごめんのポーズをしながらちょっと抜けると言って部屋を出た。皆どうぞと、トランプを置いたまま促してくれて部屋を出た。カラオケの廊下も音楽が響き渡っており、一旦カラオケの外に出た。深呼吸をすると震える手で電話に出た。
「もしもし、お待たせしてしまい申し訳ありません。花村です」

 カラオケの部屋に戻る。皆問いかけるような眼差しで自分の顔を見る。テーブルの上には先ほど岡田さんとゲームの途中で止まっているトランプが置いてあった。
「ザキ、俺」
「うん」
 ザキは優しそうな顔でこっちを見る。
「就職決まった」
 全員がハッとした顔で自分を見る。生配信のためだけに集められたこのメンバーは、自分かザキが就職が決まると、ババ抜きが終了することを知っている。申し訳ない気持ちで頭を下げる。部屋に小さな拍手の音が響く。顔を上げると、ザキは拍手をして言った。
「煌、俺の負けだよ」


エピローグ

 テレビの音を掻き消すように烏が鳴いている。遠くから、影を引き連れて分厚い雲が迫ってくる。だんだんとコンクリートに色をつけるように、線が空間を刺していく。

 ババ抜きから時間が経ち、ザキとはあの日以来会っていない。就職先が決まり、研修を受け、新卒の人と一緒に入社しようと思っていた矢先だった。

『花村様。
お世話になっております。
〇〇株式会社人事部採用担当の山下と申します。
この度は、貴社の選考にご応募いただきまして有難うございました
直前のご連絡で大変申し訳ないのですが、当社で慎重に協議を重ねました結果、誠に遺憾ながら今回は採用を見送らせて頂くこととなりました。』

 今日から働く予定だった会社から採用を見送らせるメールが届いていた。何が起きているのか理解が追いつかず、頭を抱える。大きなため息をつき、ベッドに腰をかけるテレビをぼーっと眺めていると、ニュース速報が流れた。

『ここで、ニュース速報です。先ほど、また市内のマンションで男性の遺体が発見されました。犯人は現在市内を逃走中とのことです。遺体の身元と防犯カメラの解析を警察は急いでおります。皆様くれぐれも不審な人物を見かけたら、直ぐに警察までご連絡をお願いします。なお、警察は今回も無職連続殺人事件と関係があるとして捜査を続けています』

 無職連続殺人事件の犯人はとうとう防犯カメラに写ってしまったのか、警察が必死に捜索をしているらしい。とうとう無職連続殺人事件にも解決に向かいそうだと思った。ベッドに横になり、ネットの反応を見る。無職連続殺人事件で検索をしていると、気になる投稿があった。

『〇〇株式会社、業績不振で倒産か』

 先程自分が採用見送りになった会社の名前がネットに大きく出ていた。倒産という文字に愕然とし、今日はついていないとため息を零した。先程まで晴れていた空は、どんよりとしていて、ベランダに雨が差し込んできていた。急いで洗濯物を取り込みにベランダに出る。ベランダには烏が止まっており、こっちを見つめて大きく鳴いた。「最悪だほんとに」
 烏を横目に洗濯物を入れる。洗濯物を取り終える頃には、烏は居なくなっており、空に飛んでいたはずの烏も1匹も居なかった。

『先程のニュースで追加の情報が入りました。殺された遺体は市内に住む岡田和弘さん57歳無職の男性との事です』

 テレビでまた無職連続殺人事件のニュースをやっていた。ふと洗濯物を洋服ラックに掛ける手を止め、ニュースキャスターの話を聞いた。岡田という文字を聞いた瞬間に、その場に服を捨て、テレビを凝視する。そこには見覚えのある、岡田さんの写真が大きく映し出されていた。

「岡田さん、なんで…」

 呟いた瞬間に雷が大きく鳴る。近くの建物に落ちたのか、激しい光とともに警報のアラームがどこからか聞こえてくる。現実が受け止めきれず、暫く部屋で立ち尽くしていると消防車の音や救急車の音がこだましていた。
 ハッとして洗濯物をラックに掛ける。ずっと疑問に思っていた事がハッキリとし、分かった瞬間に受け入れたくないと考えるのをやめた。ほんとはとっくに気づいていたのに。

『たった今、犯人の情報が入りました。犯人はベージュのトレンチコートを着ており、黒のキャスケットを深く被り、手には凶器と思われるナイフを持っていたとの事です。メガネをかけた、60歳程の男性で名前はー』

 嫌なものに蓋をするようにテレビを消す。ゆっくりと深呼吸をして、コーヒーでも入れ直そうかと、キッチンに向かった時だった。

 ピーンポーン。

 玄関のチャイムが鳴る。ゆっくりとドアに向かうと、走る鼓動を落ち着かせるようにドアを開けた。

 ああ、今日はついていない。

 ドアの前には血に塗られたナイフを持った、神崎伸一郎の姿がそこにあった。

「煌、ゲームしよう」

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