Photo by
rrnrrn
誰かに分かってほしい気持ちが薄れつつある
鬱がひどい時の僕は、
「誰かにこの苦しみを
分かってほしい」
そんな気持ちで
いっぱいだった。
話を聞いてほしくて、
友達には
突然通話をかけたり、
このアカウントで
初期に出てきた
香水をくれた人には、
自分が苦しんでいることを
よく話していたりした。
別のアカウントで
自分の鬱の苦しみを
セリフにした
長編小説を書いたり、
詩を書いたり、
このアカウントで
エッセイを書いたり。
そうやって
過去の辛いことや嫌なことを、
何度も何度も
数年間かけて
しつこく言葉にするうちに、
だんだんと
自分の中でも
過去が整理されてきたし、
気持ち的にも
何度もスッキリしてきた。
メンタルクリニックに通って
治療をしていることも
大きいのかもしれない。
ふと気づくと、
「自分のことは
他人にわかってもらえなくてもいい」
と思うようになることが
増えていた。
誰かとの会話だったり、
こうして何かを書いて
投稿したりするときには、
自分が好きで語っているし、
覚えてもらわなくても
理解されなくてもいい、
と思うようになってきていた。
恋人や家族といった、
特に近しい関係性の人や、
自分が特に心血を注ぐもの
(長い時間をかけた創作物)
については別だ。
わかってほしいと
今でも思う。
軽い、
カンタンな話であれば、
そうたいして
重く考えることが、
気づいたら
なくなってきていた。
「自分が自分のことを
わかっているから
他人に分かられなくても
構わない」
というのも
多少はあるかもしれないが、
根底には
「僕のことなんて」
というのが
広がっている側面もある。
しかし、
理由や原因はともあれ、
他人に「わかってわかって」と
かまちょみたいなことを
することは
ほとんどなくなった。
成長だと思う。
今後も
「他人に分かられなくてもいい」
というスタンスは
意識して大事にしようと思う。
読んでくれてありがとう。
