花祭りとお念仏
花祭り
今日、4月8日は花祭りです。
先日、村のお寺でも花祭りがありました。県内各地、全国でも、4月8日を起点として近い日に花御堂を出すお寺はたくさんあります。年に一度、この日をご縁に境内に現れる小さな花の家。そこに立つ幼子の像に、甘茶をかける。それが花祭りです。
子供の頃、この日には張り子で作られた大きな白い象を引いて、村の中を練り歩きました。お寺に着くと、たくさんのお花で飾られたお御堂の中に小さなお釈迦さまが立っていらっしゃいます。右手の人差し指を天に、左手の人差し指を地に向けた姿。その像に、小さな杓で甘茶を掬い、お頭からそっとおかけしました。
そして、その後小さなコップで甘茶を頂きました。綺麗な色のアルミのコップに匂いのない茶色い液体が注がれて、おそるおそる口にすると、舌には砂糖のような甘さはないのに、飲み終えたあと呼吸するとやさしい甘い味が口内にやわらかく広がります。とても不思議な体験。あの甘茶の味は、今でも舌の奥に残っています。毎年この季節になると、もう一度あの味を確かめたくなります。
父も、花祭りのたびに昔のことを思い出すようです。子供の頃、まだ小さすぎたからか、甘茶かけをさせてもらえなかったことがあったそうです。そのことを思い出しながら、じいさんになった今、80年近く前の体験をやり直すべく、涙を浮かべながらお釈迦さまに甘茶をかけています。父にとっても大切な思い出の再経験なのかもしれません。
子供の頃の記憶というのは、大人になってもリアリティを保ったまま、大切な記憶として私の一部になっているのかもしれません。
釈尊誕生の伝説
花祭りは、お釈迦さまの誕生を祝う日です。
今から約二千五百年前、インドの小国カピラヴァストゥの王妃・摩耶夫人は、ルンビニの花園を歩いているとき、無憂樹の枝に手を伸ばした瞬間に産気づき、一人の男子をお産みになったといわれています。
生まれたその御方は、すぐに七歩歩かれ、右手を天に、左手を地に向けてこう仰ったと伝えられています。
天上天下唯我独尊
空の上にも地の下にも、ただ我のみが尊い存在である——。
この言葉はしばしば傲慢に聞こえるかもしれません。しかし私はこの言葉を、すべての命が代わりのきかない唯一の存在であるという宣言として受け取っています。あなたはここにいる、それが何よりも尊い。そう2500年前、ご自身の誕生と併せて、この私の命を尊いものとして手を合わせてくださった。
そのような誕生の瞬間だからこそ、天から九頭の龍が現れて甘露の雨を注ぎ、産湯とされました。花御堂に甘茶をかけるのは、この龍の甘露にならったものです。
「花祭り」という名前のこと
この行事、もともとの名前は「灌仏会(かんぶつえ)」あるいは「降誕会(ごうたんえ)」といいます。仏に水を灌ぐ儀式、釈尊の降誕を祝う会、という意味です。インドから中国へ、中国から日本へ、仏教とともに伝わってきました。日本には奈良時代にはすでに伝来していたとされ、推古天皇の時代には日本書紀にその記録が残っています。
では「花祭り」という親しみやすい名前は、どこから来たのでしょうか。
これには少し意外な由来があります。明治時代、ドイツ・ベルリンに留学していた日本人仏教者たちが、異国の地でお釈迦さまの誕生を祝う集まりを開いたとき、会場を花で飾り「花の祭り」と呼んだのが始まりと伝えられています。ドイツ語で言えば「Blumen Fest(ブルーメン・フェスト)」。帰国後、大正時代にかけてこの親しみやすい名称が日本に広まっていきました。
灌仏会という漢語よりも、花祭りという言葉のほうが人々の心に届きやすかったのでしょう。遠い異国で、花を飾りながらお釈迦さまの誕生を祝った人たちがいた。その体温が、今も名前の中に残っています。
なお、この名称の定着については諸説あり、確実な一次資料が明確でない部分もあります。「伝えられている」話として受け取っていただければと思います。
なぜ、この世にお出ましになったのか
名前の由来はさておき、ではこの日がなぜ今も大切にされているのか。私はそこに、はっきりとした答えをいただいています。
佛説無量寿経にこういうお言葉があります。
如来、世に興出するゆえは、道教を光闡し、群萌を恵むに真実の利を以てせんと欲してなり
如来さま方がこの世にお出ましになった理由は、仏の教えを広く説き明かし、すべての人々に真実の利益を恵みたいと願われたからである、という意味です。
お釈迦さまは、この私たちの世に現れた、その如来さまでいらっしゃいます。
親鸞聖人は、この言葉を主著『教行信証』の冒頭に引かれています。浄土真宗という教えの根幹を語るにあたって、まずこの経文から始められた。それほどに重い言葉です。
お釈迦さまがこの世にお出ましになった本意は、偉業を残すことでも、道徳を教えることでもなかった。ただ一つ、阿弥陀さまのご本願という真実の利益を、この私に手渡すためだった。
お釈迦さまの御誕生がなければ、阿弥陀さまのご本願はこの世界に説き明かされなかった。私が今、お念仏に出遇うことができているのは、二千五百年前のルンビニの花園に始まる、長い長い旅路の末のことです。
甘茶をかけながら
花御堂の小さなお釈迦さまに甘茶をかけるとき、私はこの命を尊いと手を合わせてくださった方の声を改めて聞かせていただきます。真実の利益を報せてくださった大きなお働きの中で、ただお念仏を申すひとときです。
甘茶の味が舌に残るように、子供の頃にあの花御堂の前に立った記憶が、今も体の奥のどこかに残っています。父が毎年涙を流しながら甘茶をかけるのも、きっとそういうことなのかもしれません。
花祭りは、お釈迦さまの誕生日です。同時に、教えがこの世界に届くまでの旅路の始まりへの、感謝の日、お念仏を申す日でもあります。
合掌
なんまんだぶ
