12月20日 デパート開業の日『屋上の約束』(文字数:1457字)
私は今、懐かしいデパートの屋上にいる。フェンスに括りつけられた「立入禁止」の札が、風に揺れていた。
ここに来たのは、四十年前の記憶を確かめるためだった。あの黒猫に、会うために。
昭和の終わり、街で一番大きかった「九条デパート」は、子供たちの人気の遊び場だった。
五歳の少年・ケンジは、母親とはぐれて泣いていた。母親を探してエレベーターに乗り込むと、そこには一匹の黒猫がいた。
「坊や、困ってるのかい?」
黒猫が喋ったので、ケンジは目を丸くした。
「ぼ、僕、迷子で……」
「なら、案内するよ。でも一つ、約束してくれるかな」
黒猫は尻尾を揺らして続けた。
「十年おきに、ここの屋上に来てほしいんだ。夕方五時にね」
「どうして?」
「その時になれば分かるさ」
黒猫はケンジを迷子センターまで導いた。母親と再会したケンジが振り返ると、黒猫の姿はもうなかった。
十五歳の春、私は約束を守って屋上に来た。中学三年生になっていた私の前に、あの黒猫が現れた。
「よく来たね。君は今、何か悩んでいるだろう?」
進路のこと、友人関係のこと――私は黙ってうなずいた。
黒猫は優しく言った。
「大丈夫。君は自分が思うより強いよ」
二十五歳になり、私は大学を出て就職したばかりだった。仕事に追われる毎日だったが、それでも約束を忘れず屋上に来ると、黒猫は待っていた。
「疲れているね。でも、君はちゃんと前に進んでいるよ」
三十五歳、結婚して子供が生まれた年だった。黒猫に娘の写真を見せると、彼は満足そうに目を細めた。
「幸せそうだね。それでいい」
そして今日、四十五歳の私は、閉店が決まった九条デパートの屋上に立っていた。来月には取り壊されるため、これが最後の機会だった。
午後五時、夕日が街を染める中、私は待った。
やがて、懐かしい黒い影が現れた。
「四十年間、約束を守ってくれてありがとう」
黒猫は年老いた様子もなく、あの日のままだった。
「どうして、十年ごとに会いたかったの?」
私はずっと聞きたかった質問を口にした。
黒猫はゆっくりと答えた。
「君が迷子だったあの日、私も迷子だったんだ。自分の存在する意味が分からなくて。でも君に会って思ったんだ。誰かを見守ることが、私の役目なんだって」
「それで、僕を?」
「ああ。十年ごとに君の成長を見届けることが、私の生きる理由になった。君が約束を守って来てくれるたび、私は確かめられたんだ。ここにいる意味を」
夕日が沈み始める中、黒猫は静かに続けた。
「この建物と共に、私も消える……でも後悔はないよ。君という人生を見守れて、幸せだった」
「待って!」
私は叫んだ。
「また会えるよね?」
黒猫は穏やかに首を横に振った。
「もう大丈夫。君はもう、一人で歩いていける。それに、君にも守るべき人ができたじゃないか」
娘の顔が浮かんだ。
「じゃあ、最後に一つだけ……」
私は尋ねた。
「君の名前は?」
黒猫はくすりと笑った。
「名前なんてないさ。でも君が呼びたいなら、好きに呼んでくれればいい」
「じゃあ、『トモダチ』って呼ぶよ」
「いい名前だ」
黒猫は夕日の中へ歩き出すと、その姿が光に溶けていった。
「ありがとう、ケンジ。君に会えて良かった」
私は深く頭を下げた。顔を上げた時、そこにはもう黒猫の姿はなかった。
一ヶ月後、九条デパートは取り壊された。でも私の心の中に、あの黒猫は今も生きている。
娘が十五歳になった時、私は彼女にこの話をするつもりだ。約束を守ることの大切さ、誰かを見守ることの尊さを伝えようと思っている。
私たちは誰かに支えられて生きている。そしていつか、誰かを支える存在になるのだと。
12月20日「デパート開業の日」
1904年12月20日、三井呉服店が「三越呉服店」に改称し、欧米のデパートメントストア形式を取り入れることを宣言しました。この宣言は「デパートメントストア宣言」と呼ばれ、日本の百貨店の始まりとされています。世界初のデパートは1852年にフランスのボン・マルシェ百貨店で、日本は半世紀ほど遅れての誕生です。デパートの登場以前は、呉服屋の「座売り」が一般的でした。デパートは、顧客が商品を自由に手にとって選べる「陳列販売」を導入し、日本の小売店の販売スタイルを大きく変えました。
