9月4日 クラシック音楽の日『指揮者ショパン』(文字数:1272字)
僕の名前はショパン。黒いタキシードを着た紳士のようなハチワレ猫だから、そう名付けられたのだ。
今日はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演だ。僕は会場の天井裏から、いつものように演奏を聞いていた。
「また来たのか、ショパン」
振り返ると、会場で暮らしている猫のテノールが呆れ顔で立っていた。
「君はよくここに来るけど、音楽の何がそんなにいいんだい?」
「分からないかな? 音楽は魂を揺さぶるんだ」
ステージでは指揮者のマエストロ・ブルーノが登場し、観客が拍手を送っている。しかし僕の目は楽団員たちに注がれていた。
「おかしいな……」
「何が?」
テノールが首をかしげた。
「あの第二バイオリンの三番手、テンポが0.2秒遅れてる。トランペットの音程も微妙にフラット気味だ」
「猫の耳でそんなことまで分かるの?」
僕は答える代わりに、小さく「にゃあ」と鳴いた。するとどうだろう、ステージの楽団員たちが一斉に僕の方を見上げたのだ。
「え?」
テノールが驚いた。
僕は続けて尻尾を振った。左、右、左、左。すると楽団員たちが一糸乱れぬ演奏を始めたのだ。
「まさか……君が指揮を?」
「バレちゃった」
実は僕が本当の指揮者なのだ。ステージのマエストロ・ブルーノは僕の動きを見て、それを人間の観客に見えるように再現しているだけ。
「いつから?」
「三年前から。最初は偶然だった。僕が毛づくろいしてる時の手の動きに楽団員が反応してしまってね」
その時、ステージでトラブルが発生した。マエストロ・ブルーノが急に倒れたのだ。観客がざわめく中、楽団員たちは演奏を続けている。僕の指示で。
「すごい……でもこのままじゃバレる!」
「大丈夫」
僕は天井から飛び降り、ステージに向かった。観客席がどよめいた。
「あ、猫よ!」
「可愛い!」
僕はステージ中央に立ち、後ろ足で立ち上がった。そして前足で指揮棒を取り、振り始めた。
奇跡が起きた。楽団員たちの演奏が今まで以上に美しく響いたのだ。観客は最初驚いていたが、やがて音楽の素晴らしさに引き込まれていった。
「ブラボー!」
「信じられない!」
演奏が終わると、会場は割れんばかりの拍手。僕は優雅にお辞儀をした。
その直後、倒れたマエストロ・ブルーノがゆっくりと起き上がった。実は彼、僕の正体を知っていて、今日は僕を世界にお披露目するために芝居をうったのだ。
「皆様、こちらがショパン・マエストロです。三年間、私の影武者として……いえ、私が彼の影武者として指揮をしてまいりました」
観客は再び大興奮。
「なぜ黙ってたんですか?」
僕はブルーノに尋ねた(もちろん人間には聞こえないが)。
ブルーノは微笑んだ。
「君の才能が世界に認められる日を待っていたんだ。今日がその日さ」
翌日の新聞は『史上初の猫指揮者誕生!』の文字で埋め尽くされた。
でも僕が一番嬉しかったのは、テノールが言った言葉だ。
「ショパン、君の音楽、最高だったよ。僕にも音楽の素晴らしさが分かった気がする」
音楽に国境がないように、種族の壁もない。それが僕の信念だ。
今日もまた、どこかのコンサートホールで、僕は尻尾を振りながら指揮台に立っている。
9月4日「クラシック音楽の日」
日本音楽マネージャー協会が1990年(平成2年)に定めました。この記念日は、「ク(9)ラシ(4)ック」という語呂合わせに由来しています。より多くの人々にクラシック音楽に親しんでもらうことを目的としており、この日を中心に音楽家による無料コンサートなどが開催されています。
