10000円分の100円【エッセイ】
僕は小学五年生の頃から、文章を書くことが好きになった。僕の文章を褒めてくれる、大好きな先生と出会ったからだ。
初めてその先生に提出した作文は、5年生になって初めての宿題で、自己紹介を書くというものだった。ゴシック体みたいな濃い字で、ノートの見開きの左ページに縦書きで収まるくらいの長さで書いた。
当時はそれくらいの分量しか書けなかったし、書いている内容もいたって普通。小学生がよく書くような作文で、表現力も文章力も全然なかった。それでも、その先生は、「よく書けているよ」と言ってくれた。
その先生は、しょっちゅう作文の宿題を出した。テーマは毎回ちがって、「もし100万円が当たったら」とか、「もし性別が入れ替わったら」といった感じで、どうするかをみんなに書かせた。
そして、よくできていたものは提出した日の何処かのタイミングで、みんなの前で先生が読み上げた。名前は伏せられるときも、伏せられないときもあった。ときどき、僕の作文が紹介された。僕はそれが嬉しくて、たくさん書いていくうちに、だんだん文章が好きになっていった。
今でも印象に残っている褒められ方をした作文がある。職業体験をした日の宿題で、感想を書いてくるという作文だった。僕はその頃には、ノートの見開きの両方が埋まるくらいの長さの文章を書けるようになっていた。
いつも先生は書いた分だけ、努力の分だけ、赤ペンでダブルAとかトリプルAとか、をつけてくれて、Aの数の上限は次第になくなっていき、十何個かのAがつなげて書かれていることも稀ではなかった。
そして、先生の急ぎながらも丁寧な字で、毎回素晴らしいです、読んでいてたのしいです、みたいなコメントも添えてくれたから、僕のモチベーションはどんどん上がった。その日も先生からどんなコメントが来るか楽しみにして、宿題を出した。
僕の文章は、「その日1番いい書き出しだった作文」として紹介された。僕のその日の作文は「いらっしゃいませー」から始まっていた。
職業体験中の一コマを切り取って、セリフから始めるとは、確かに小学生にしてはあの時の僕は技巧派だったかもしれない。みんなの前で「いらっしゃいませー」と読み上げられたとき、僕は大きな充実感に包まれた。そして、その頃から、自分の文章に自信が持てるようになっていった。
中学校に入ってからは、朝井リョウさんのエッセイにハマっていった。ものすごい語彙と表現力で、日常の出来事をここまで面白く文章にできるなんて。初めて読んだとき僕は衝撃を受けた。まさか、文章を読んで吹き出すことがあるとは、思ってもみなかった。
猛烈に熱されやすい性格の僕は、一瞬で惚れて、憧れた。こんな文章を書いてみたい!!!と思った。中学では宿題として日記や作文を書くことは無くなってしまったが、夏休みの宿題と学年文集は毎年書くことになっていた。
だから、そこで僕は盛大にユーモアを交えて文章を書いた。ユーモア、なんて表現は僕にはお上品すぎるかもしれない。大いにふざけた、といった方が適切だろう。
とにかく、誰に望まれたわけでもないのに、文集では決められた500字くらいの中に僕を全力で表現した。先生にちょっと直しなさい、と言われることもあった。でも、懲りずに自分の文章を書いた。
学年文集、は学年文集だからもちろん、他の人が何を書いたか読めるわけで、僕の作文はまあまあ評判がよかった。これはお金出しても読みたいなぁ、なんて言ってくれた友人もいたが、よくあんな(ふざけた)文章を先生が許してくれたね、と言われることもあった。
高校に入ると、今度はくどうれいんさんのエッセイが大好きになった。身近な話題をパステルカラーで塗ったように、きれいに彩ってくれる、ユーモアもあって、ちょっと切なくもある、そんなエッセイ。
高校に入ると作文を書く機会がまるでなくなってしまって残念だったが、僕には文章力があるんだ、という謎の自信だけはずっと持ち続けていた。
僕は調子に乗って、そうだ、ブログを始めてみよう!と思った。ブログなら、いつでも好きなときに自分の文章を誰かに読んでもらえる。そして、いいと思ってくれたら「いいね」がくる。
これは素晴らしい、と思った。僕はさっそくスマホにアメブロをインストールして、どんどん記事を書いていった。朝井リョウさんにも影響を受け、くどうれいんさんにも影響を受けて、ブログには合わないくらいの長さで毎回書いた。
渾身の作品もいくつかあった。何時間もかけて書き終わって、これはおもしろいんじゃないか、と思って、自信を持って投稿した作品がいくつもある。しかしながら、僕のブログへのアクセス数は、全然増えなかった。
これは結構ショックだった。書いても書いても、1日に10回みられるかどうか。これはおもしろい、と納得して出したはずの記事にも、全然「いいね」がつかない。
前に「フォローしてくれた!!!」と思った人からフォローを外されていたりすると、すごく落ち込んだ。そして一気に自信をなくした。やっぱり、こんな素人の書いた長ったらしい記事、誰も読まないな。ついには母にまでも「長いから読みたくない」と言われ、僕はブログを書かなくなった。
しかし、僕はどうしても、文章を書くのが好きだった。毎日日記を書くのが夜の過ごし方だし、親しい友達とのLINEで語彙を発揮したがったりもした。
だから、つい最近、夏になってから、僕はnoteをはじめた。ブログは、写真多めでちょろっと文章が添えられているくらいが良かったのかもしれない。
でもnoteなら、何千字も書いて投稿している人もよく見るし、自分ももう一度丁寧に、心を込めてエッセイを書いたら、誰かに届いてくれるんじゃないか。そんな淡い期待を込めて、僕はnoteをダウンロードした。
シンプルなアイコンに、すごく惹かれた。他の人の記事をいくつか読んでみる。長い人もいれば、日記程度の人もいる。でも、ここでは誰もが、好きなことを文章で表現している。僕はやる気を出して、3000字のエッセイをいくつか書いた。
また、誰にも届かないかもしれない。長いと思われるかもしれない。でも、長くても面白い文章を、僕はこれまでたくさんみてきた。だからそうなりたかった。そういう文章を書きたかった。
noteを書くときは集中して、一生懸命に書いた。何時間もかかるときもあったけど、書いた作品にはどれも愛着を持てるように、頑張って書いた。
すると、「スキ」してくれる人や、フォローしてくれる人が出始めた。アメブロより遥かに速い速度で、僕のフォロワーは増えた。しかしまたいつ解除されるかわからない、と思って、他の人の記事をたくさん読んで勉強した。
いいな、と思った記事には積極的に「スキ」をして、自分もこんな文章を書きたい、と毎日考えた。noteの世界の人はみんな優しくて、「スキ」が帰ってくることも少なくなかった。
そんなふうにして過ごした、ある日の夜だった。
スマホが振動し、効果音が鳴った。画面の上の方に、noteから通知が来ていた。すぐ消えてしまって何かわからなかったので、アプリを開いて、通知欄を見た。見て、僕は驚いて、しばらく固まった。
「○○さんからチップを受け取りました!」
画面の1番上、最新の通知には、確かにそう書かれていた。チ、チ、チップ………………!!?!
僕はチップというものが何かもよくわかっていなかった。それくらいnoteは初心者だった。慌てて調べて、よく確認すると、「売上利益」のところに100円、が入っていた。
自分のnoteに、お金が…………!?!?
絶句だった。まさかの出来事だった。noteで収益が得られるのは知っていたけど、自分は何の情報も持ってないし、有料のnoteなんて自分にはおこがましすぎる、と思ってつくっていなかった。
だから、自分のnoteに、完全に応援目的てお金が入った、という事実を、僕はしばらく飲み込めなかった。信じられなかった。しばらく経って、やっと心が落ち着いてくると、今度はなにものにも変えられない喜びが、身体中を駆け巡った。
僕はゴロゴロしていた布団から飛び出して、家族のところへ向かった。ウッキウキだった。自分の文章で、お金がもらえたんだ…………!!そう考えると、あのとき、先生にみんなの前で文章を褒めてもらった、その気分が蘇ってきた。文章を褒められるって、こんなに嬉しいことなんだ!!!
この100円は、僕にとっては10000円よりも大きな価値のある100円に思えた。目の前のテレビでは木村昴が億越えの別荘を買おうとしているが、そんな大金より、この100円が、ほんとうにうれしい。
僕は家族に喜びを伝えて、チップをくれた方にお礼の返事を書いた。丁寧に、気持ちを、喜びを伝えようと思って、一生懸命書いた。その日は一日中ハイテンションだった。
自分の文章に、認められるべき価値より遥かに高い価値をつけられてしまった感じがして、責任感も生じた。でも、とにかく、この100円は、僕にとって本当に大切な100円になった。
次の日、僕は自販機でコーラを買ったあと、やっぱり綾鷹にすればよかったかな、と思った。10000円分の100円は、僕に守銭奴の心持ちをも分け与えてくれた。
