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手紙を書くということ【エッセイ】

 僕は小学生のころ、「おやすみ連絡係」をやっていた。仕事内容はというと、学校を休んだ人に、次の日の時間割や持ち物などを書いた手紙を書く、ということだった。

 その名残りで、中学校に入ったあと学校に来なくなってしまった友達に、中1の秋ごろから、手紙を書くようになった。

 その友達とは小学校の頃、一緒に「死んだふり選手権」をやるほど仲が良かった。だから、会えないのが寂しくて、いつでも待ってるよ、元気にしてね、ということを伝えたかった。

 手紙を書くときはいつも共通の友人を誘った。「死んだふり選手権」の他のメンバー、学校に来ない彼と家が近い人、寄せ書きみたいにしたかったけど、3人くらいが限界だった。

 今思えば、もっといろんな人に声をかければ良かったのに、と思う。でも、なんかそこには障壁がある。「触れちゃいけない」みたいな空気が、流れることがある。

 「すでに頑張っている人に“頑張れ”なんて言ってはいけない」「応援のメッセージは、プレッシャーになることがある」そういう意見が広がり始めたのは、いつ頃からだったろうか。

 よくわからないが、こういう言葉を目にすると、僕のやることも、もしかしたらプレッシャーに、と思って、ちょっと躊躇してしまうこともあった。

 それでも、僕は書き続けた。僕は携帯を持っていなかったし電話番号も知らなかったから、本当に手紙でしか思いを伝えることができなかった。でも、手紙でしか伝えられない思いもある、と、同時に信じていた。

 ときどきは手紙に4コマ漫画を添えたりした。漫画を描くのは得意だった。元気になってほしい、その想いで鉛筆をぐりぐりした。この前学校ではこんなことがあったよ、というのをネタにして、何個か描いた。

 不登校、にもいろいろ理由がある。体調が良くない場合もあるし、友達とうまく馴染めない、という場合もある。そのどちらなのかは、僕にはわからなかった。

 でもどちらにしても、僕たちは待ってるよ、ということを伝える、ずっと友達だよ、と表現することは、どうしても悪いこととは思えなかった。「学校に来てよ」はプレッシャーになるだろうけれど、「ずっと待ってるよ」なら、ちゃんと真っ直ぐに思いが届くはずだ、と思った。

 だから、書いた。書いて、描いた。中学生、というのも実は結構忙しくて、ついつい自分のことばかりになってしまう。そんなに頻繁に、というわけにはいかなかったけど、でも、手紙を書くことはやめなかった。

 学年が上がっても、もう一つ上がっても、彼は来なかった。返事も、届かなかった。だけど、いつかまた会えたら、と、僕は自分を信じて書き続けた。

 そしてその想いは、無駄じゃなかったとわかった。3年生になって、それも後半になって、彼が学校に来ているらしい、ということがわかった。もちろん、いきなりクラスへの復帰は無理だったから、別室で自習、みたいな感じで、週に何回か登校しているようだ、と知った。手紙を書くときはいつも先生を通していたから、先生に教えてもらったのだ。

 そして、今度休み時間に少し会ってみないか、と提案を受けた。面会のように、10分くらいだけど、多目的室で話せることになった。顔を合わせるのは、2年半ぶりのことだった。僕はドキドキしながら、また嬉しさも心に湧かせながら、日程を決めて、彼に会いに行った。

 冬。2年と半年越しに、想いは届いた。多目的室に入ると、彼は後ろ向きに座って読書をしていた。他にも何人か、別室登校の生徒がいた。肩を叩いて、声を掛けた。

 「おおーーーーー!!おーー!久しぶりーーーーーーーーー!」

 多目的室だからあまり大きな声は出せなかったが、2年ぶりに友達の顔を見るとは、こんな気持ちになるのか、と思って心の温度がぐっと上がった。

 「おーー!!!」しか言えなかった。「おおーーーーーー!!おーーーー!!!」という状況だったし、今もそうとしか言えないと思う。「とにかく、元気そうで良かった」次に口に出したのはそれだった。

 2年経つと、人はそれなりに変わっている。僕も多分そうだったし、彼もそうだった。まず、背が高くなっていた。それに、前は少しふくよかな体型だったのが、シュッとして、顔なんかもシュッとして、明らかに大人になっていた。でもたしかに、彼が彼だと言う面影はきちんと残っていた。

 2年ぶりに会うと何を話したらいいのか分からなかったが、僕から積極的に質問を投げてみることにした。「最近ハマってるものはなに?」だとか、それに「ポケモンのゲームかなぁ」と返ってくると、「誰が1番好きなんだっけ?」と聞いてみたりした。

 ときどき会話が止まることは、それはまああったが、互いに会話のスキルがそんなになかったからであって、気まずさみたいなものは特に感じなかった。

 何より、彼が手紙について、「いつも手紙くれて本当ありがとうね」と言ってくれたことが、本当に嬉しかった。

 想いは届いていたんだな、ちゃんと書いておいて良かったんだな、と思えて、うれしかった。手紙が彼の心をどれだけ救えたかはわからないが、感謝してくれるくらいちゃんと覚えてくれている時点で、少しでもあの手紙たちに意味はあったんだよな、と思った。その後ふたりは、お互い好きな野球の話もして盛り上がった。

 「大谷翔平は楽天が獲得すると思うんだよね」なんて冗談を言うと、彼は笑ってくれた。笑顔は小学校のころと変わっていなかった。やがて10分が過ぎ、次もまた会う約束をして、多目的室を出た。

 最後に彼は、「卒業式には出たい」と言った。だから、それまでに学校に戻りたい、ということで、そんなふうに思っていたことも知れて嬉しかった。なんとしても、彼とまた会いたい。そんな想いは強くなった。


 そして、卒業を間近に控えたころ、彼はついに、クラスに戻ることに成功した。僕は自分のことのようにそれを喜んだ。彼が戻ってきたことはちょっと話題になって、給食当番をする彼の姿に野次馬が集まったりした。

 昼休みに、僕は小学校の友達を誘って、彼に会いに行った。昔の話をして、その場は大いに盛り上がった。彼はもともとみんなから愛されるキャラだった。よく来たねー!久しぶりー!明るい声が廊下に響いた。

 僕はもう、自分の手紙が届いていた、なんて事実よりずっと、今目の前に彼がいることが本当に嬉しかった。決して僕が手紙を送ったから、学校に戻れたわけじゃない、彼は自分の力で学校に戻って来れたのだ。とも思った。

 でも、学校に来れていなかったあの期間に、僕の手紙が少しでも彼の心を彩っていたなら、それは幸せなことだと思った。休み時間が終わるのが惜しかった。とにかく全力で場を盛り上げて、自分の教室に帰った。その日はそのことで、頭が一杯だった。


 あれからまた2年半が経つだろうか。彼は結局、その後教室に来ることはできず、卒業式にも参加できなかった。まあたしかに、小学校で親しかった人はその再会を喜んだだろうが、他の人間からの視線はどんなものだったかわからない。彼にはまだ、それに耐えられるだけの元気はなかったのであろう。

 彼は今、どこで何をしているだろうか。高校にはちゃんと行けているだろうか。連絡先はわからない。手紙を出していたとはいえ、私は彼の住所を知っているわけでもない。いつも家が近い人に頼んだり、先生を通じて渡してもらったりしていたからだ。

 ひょっとすると、もう同じ街に住んでいるかどうかさえ分からない。ただ彼はすごく真面目な性格だ。きっとどこかで、うまくやっている、まあ、なんとか頑張っているのだと思う。

 今度また彼に会えたら、僕は何と声をかけるだろうか。

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