社内のデータ活用は、日々のExcelから始まる
DXという言葉を聞くと、大きなシステム導入や全社プロジェクトを思い浮かべる方も多いと思います。もちろん、それも大切です。ただ、最近あらためて感じているのは、もっと身近なところにも変化の入口があるということです。それは、日々のExcelです。
営業の仕事でも、Excelに触れる場面は少なくありません。商談記録を整理する。活動状況をまとめる。会議用に一覧を作る。アンケートやヒアリング結果を集計する。次回の確認事項を残す。こうした一つひとつは、派手なDXには見えないかもしれません。
しかし、一度入力した情報があとから集計できる。別の人が見ても意味がわかる。チームで振り返れる。社内で許可されたAIやBIツールで扱うときに、余計な手直しを少なくできる。そう考えると、日々のExcelを整えることは、データ活用の土台づくりと言えると思います。
「ネ申Excel」という存在から考えること
ただ、ここでお伝えしたいのは、Excelが悪いという話ではありません。Excelは本当に優秀な道具です。そして、見やすい資料を作ろうとすることも、とても大切です。上司が見やすいようにしたい。関係者が一目で理解できるようにしたい。会議で配ったときに見栄えがよい資料にしたい。紙で印刷しても読みやすくしたい。こうした工夫の背景には、多くの場合、相手に伝わりやすくしたいという配慮があります。その配慮自体は、決して否定されるものではありません。
一方で、ここに少し難しさがあります。人の目にとってわかりやすい世界と、データとして扱いやすい世界は、必ずしも同じではないのです。人の目は、配置、色、余白、見出し、まとまりから意味を読み取ることができます。しかし、集計や分析、AIやBIなどの処理は、列、行、値、ルール、入力形式を前提に動きます。つまり、人が見て理解しやすい形と、あとから集計・加工しやすい形は、そもそも得意とする構造が違うのです。
たとえば、セル結合。人の目には、まとまりがわかりやすく見えます。一方で、データとして見ると、列の意味が読み取りにくくなる場合があります。セル内改行。人の目には、メモが整理されて見えます。一方で、データとして見ると、一つのセルに複数の情報が入り、あとから分けにくくなることがあります。色によるフラグ管理。人の目には、「赤は未対応」「青は完了」と直感的にわかります。一方で、データとして見ると、その意味が文字として残っていないため、集計しにくくなることがあります。
空白行、小計行、手入力コメント、複数段の見出し。これらも、人が見る資料としては親切な場合があります。ただ、集計や分析の入口では、追加の確認や手作業が発生しやすくなります。これは、個々の工夫を否定する話ではありません。人に伝えるための工夫と、データとして使うための設計が、同じ一枚のExcelの中でぶつかってしまう構造の問題です。
作り手ではなく、目的の違いに目を向ける
ここで見ておきたいのは、Excelを作った人の良し悪しではなく、そのExcelがどの目的で作られているかという点です。いわゆる「ネ申Excel」は、作った人の能力不足から生まれるとは限りません。むしろ、現場の事情を考え、相手にわかりやすく伝えようとした結果として生まれることが多いと思います。
忙しい中で、上司や関係者に伝わるように整える。会議で説明しやすいようにする。今までのフォーマットを急に崩さないようにする。紙で見ても違和感がないようにする。その立場や事情もあります。
だからこそ、見直したいのは「誰が作ったか」ではなく、「何のために作られたExcelなのか」ということです。人に見せるための帳票なのか。あとから集計するためのデータなのか。ここが混ざっていると、どこかで扱いにくさが出てきます。
印刷用に見やすい資料が必要なら、見やすく作ればよい。一方で、あとから集計・加工・分析するなら、データとして扱いやすい形にしておく必要があります。このように目的を分けて考えるだけでも、Excelの使い方は変わってくるはずです。
営業がExcelからできること
セールスパーソンができるデータ活用の第一歩は、特別なシステム開発だけではありません。今日作るExcelからでも始められます。
たとえば、一つのセルには一つの情報を入れる。見出しは一行でそろえる。集計用の表では、セル結合をできるだけ使わない。色だけで意味を持たせず、「未対応」「確認中」「完了」のように文字で残す。日付、担当者、顧客情報、案件名、商談内容、ステータス、次回確認事項など、列の意味をそろえる。印刷用の資料と、集計用のデータを分ける。どれも地味なことです。
でも、あとから使う人にとっては大きな差になります。後任者が見ても意味がわかる。チームで振り返れる。確認漏れが減る。AIに整理を手伝ってもらう前の下準備が楽になる。データを使った次の一手につながる。そう考えると、現場起点のデータ活用は、決して遠い話ではありません。
AI時代ほど、元データが大事になる
AIを使えば、要約もできます。資料案も作れます。表の分類や整理も手伝ってくれます。ただし、元のデータがあとから扱いにくい形になっていると、AIに渡す前に、人が整える作業が必要になります。
もちろん、実際の業務データ、顧客情報、個別案件が推測される情報をAIで扱う場合は、所属組織のルール確認が前提です。この記事でお伝えしたいのは、何でもAIに入れましょうという話ではありません。AIやデータ活用に進む前の土台として、日々の記録を「あとから使える形」にしておくことが大切だという話です。
セル結合が多い。色だけで意味を表している。一つのセルに複数の情報が入っている。入力ルールが人によって少しずつ違う。こうした状態があると、AI活用の前に、まずデータを整えるところから始める必要があります。これは、特定のやり方を否定したいわけではありません。人の目にとって自然な整理と、データにとって自然な整理が違うからこそ、最初に少しだけルールをそろえておく必要があるのです。
これは営業活動の記録にも同じことが言えます。商談で確認したこと。持ち帰るべきこと。次回確認すること。関係部署につなぐべきこと。提案やフォローにつなげるべきこと。こうした情報を、ただのメモとして残すだけでは、次の行動につながりにくいことがあります。あとから見た人が、何をすればよいかわかる。自分自身も、次回訪問や次回商談の前にすぐ思い出せる。チームで共有するときにも、意味がぶれにくい。そういう記録の仕方が、AI時代の営業活動ではますます大切になっていくと思います。
変化は、今日の一つの表から始まる
社内のデータ活用は、遠くの部署だけが進めるものなのでしょうか。大きなシステムだけが変化の入口なのでしょうか。私は、今日作るExcel、今日残す記録、今日そろえる入力ルールにも、十分に変化の入口があると思います。
見た目の美しさを否定する必要はありません。ただ、見た目のための資料なのか。次につながるデータなのか。その目的を分けて考える。この一歩だけでも、明日の手作業は少し減るかもしれません。
DXを、もし身近な言葉で言い換えるなら、「次に使えるデータづくり」と考えることもできます。そして、営業担当者ができる一歩は、Excelからでも十分に始められます。
人の目にやさしい資料を作る力。データとしてあとから使える形に整える力。この二つを目的に応じて使い分けられるようになること。それは、これからの時代において、とても大切な仕事の技術なのだと思います。
見た目のわかりやすさに偏りすぎるExcelでもなく、データとしての扱いやすさだけを優先して人に伝わりにくいExcelでもない。人にも伝わり、次にも使えるExcel。そんな一枚を作れるようになったとき、その人は本当の意味で「神」と呼べるExcelの使い手に近づいているのかもしれません。
社内のデータ活用は、日々のExcelから始まる。そして、その小さな一歩が、明日の仕事のしやすさを少しずつ変えていくのだと思います。
