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ドイツ人お母さんはなぜ「ガードが固い」のか?

こんにちは、ドイツ在住「煮ても焼いてもドイツ」のニヤキです。
ドイツ生活のあれこれを中心に情報発信をしています。


先日、素敵な新築のお宅で行われたママ会(日本人オンリー)に参加したときのこと。

誰かが、「ドイツ人の女性に話しかけても会話が続かなくない?」と言ったことが引き金となり、その場にいた多くの在独日本人ママたちが、

「そうそう、ドイツ語下手な私が必死で話す羽目になる」
「全然会話が弾まない」
「お父さんとはそんなことはない」

と話が盛り上がりました。

・・・これまで意識したことはなかったのですが、確かに、そう言われると、ドイツ人お母さんと顔見知りからよく話す人、そして友達になるまでには結構なプロセスが必要な気がします。

今回は、なぜドイツ人お母さんはガードが固いのか、というアングルで記事を書いてみたいと思います。


「知らない人との雑談」は“その場限りの礼儀”

ドイツ人は、いつも険しい顔をしていてとっつきにくいイメージがあるかと思いますが、実は見知らぬ人との軽い雑談をよくします。

レジでの一言、道端での何気ない話、電車でのちょっとした会話。
これは「社交的だから」ではなく、その場の空気を和ませるための一回限りの行為です。

その場限りですぐ別れる赤の他人なので、そこには責任が生まれません。そしてそこから深い関係に発展しないからこそ、気軽に話せます。

しかし、幼稚園や学校の保護者は“その場限り”ではありません。
もし送り迎えをしている場合は、毎日顔を合わせるし、子ども同士の関係にも影響します。

ドイツ人にとって、こうした相手は一気に“慎重に扱うべき存在”に変わります。

「関係の境界線」を明確にしたい

日本では、曖昧な関係のままでもなんとなくやっていけます。 しかしドイツでは、曖昧さはストレスの元です。

  • 仲良くする相手

  • 挨拶だけの相手

  • 仕事上だけの相手

これらをはっきり分ける傾向が強いのです。

幼稚園や学校の保護者は、多くの場合「挨拶だけの相手」に分類されます。だから、必要以上に話を広げません。
こちらが話題を出しても一言で終わるのは、「あなたと距離を置きたい」ではなく、「あなたの領域を尊重しています、だから私の領域も尊重してね」というサインであることが多いのかな、と思います。

私はどうしているかというと、幼稚園や学校、習い事などでは最低限の相手にしか話しません(笑)
子ども同士が仲良くて、誕生日会に呼びたい・呼ばれたなどでやりとりをすることはあっても、全員の相手と仲を深めるわけではありません。

ドイツの学校(特に多様性に富む小学校)では本当にビックリするようなご家庭も多いです。
上の子が小学生だったときのクラスはお母さん同士がめちゃくちゃくだらないことで喧嘩し、ののしり合うような状況だったので、私はとにかく数人の親しくしているお母さんの陰に隠れて、流れ弾に当たらないように生き延びる術を身につけました(笑)

新しい環境でも、二言三言はなしかけてみて、話しが弾まないようなら、さっと引いて、それ以上は踏み込みません。

それが自衛にも繋がると経験から学んだからです。

質問は“距離を縮める行為”と捉えられる

日本では、質問することは気遣いの一つです。
しかしドイツでは、質問は相手のプライベートに踏み込む行為とみなされやすいです。

  • 家族構成

  • 仕事

  • 住んでいる場所

  • 子どものこと

こうした話題は、相手が自分から話さない限り触れないのが礼儀とされます。 そのため、ドイツ人女性は特に質問を控える傾向にあるように思います。もちろん、中にはお喋りで、根掘り葉掘り聞いてくる人もいますが、そういう人は世界中どこにでもいますよね。

 外国人相手には“安全策として”ガードが固くなる!?

ドイツ人同士は、同じ文化的ルールを共有しているため、安心して雑談できるのではないかと思います。 しかし外国人相手だと、次のような不安が生まれているのではないかな、と推測します。

  • どこまで踏み込んでいいのか分からない

  • どんな話題が適切か分からない

  • どの距離感が普通なのか分からない

その結果、「最低限だけ話す」という安全策を取るのではないか、というのが私の推測です。

“仲良くすると責任が生まれる”という感覚がある

日本では「話が弾む=仲良くなる第一歩」ですが、ドイツでは違います。

話が弾む → 関係が深まる → 時間や感情の責任が生まれる

特に子どもを通じた関係は、トラブルやしがらみにつながる可能性があります。 そのため、あえて距離を保つ人も多いのです。

外国人と仲良くすると、

  • 言語のサポート

  • 文化の説明

  • 誤解のフォロー など、負担が増えると感じる人もいます。

だからこそ、最初から距離を置くほうが楽なのかもしれません。

この場合、決して外国人を差別しているとか、相手のことが嫌いとかそういったことではないと思います。

ただ、距離を縮めることに興味がないか、縮め方が分からない、もしくはものすごく慎重なのだと思います。

 なぜ男性は比較的話しやすいのか?

ここが今回のテーマの重要なポイントです。
同じドイツ人でも、女性より男性のほうが話しやすいと感じる人は多いです。 実際、私も知らないお母さんと話すより、お父さんと話す方が話しやすいというか、会話に発展性を感じます。

その理由は複数あるのではないか、と思っています。

可能性①男性は“社交的に振る舞う”ことが求められやすい

ドイツでは、男性は今でも
・ネットワークを広げる
・軽い雑談をする
・初対面でも気軽に話す
といった行動が“仕事の一部”として期待されることが多いのでは、と思います。そのため、雑談スキルが自然と鍛えられている、という可能性です。

可能性②男性は“距離を縮めても責任が増えにくい”と感じる

女性同士の関係は、子どもや家庭の話題に直結しやすく、 「仲良くなる=生活に影響が出る」 という感覚があります。

一方、男性同士の雑談は、
・天気
・スポーツ
・仕事の話 など、
軽いテーマで完結しやすく、関係が深まりすぎることが少ないです。そのため、気軽に話せるという可能性です。

可能性③男性は“外国人相手でも気にしすぎない”傾向がある

女性は文化差による誤解を避けるために慎重になりますが、 男性は良くも悪くも“深く考えずに話す”ことが多いのかもしれません。
その結果、外国人相手でも自然に会話が続きやすくなるという可能性です。

私なりの結論:

  • 外国人への慎重さ

  • プライベートを守る文化

  • 質問しないのが礼儀という価値観

  • 曖昧な関係を避けたい心理

  • 責任を増やしたくない気持ち

  • 男性と女性の社会的役割の違い

これらが重なって起きています。

つまり、 ガードが固いというより、“あなたの領域を尊重している” というほうが近いと解釈すると、ドイツで楽に生きられると思っています。
日本人からすると逆に感じますが、ドイツではこれが“丁寧な距離の取り方”なのではないかと思います。

文化の違いを理解すると、 「冷たい」「壁を感じる」と思っていた態度が、 実は“ドイツ流の礼儀”だったと分かります。

もちろん、距離が縮まる人もいますし、時間をかけて関係が変わることもあります。
でも、最初から無理に会話を広げようとしなくても大丈夫だと思います。
ドイツでは、距離があること自体が自然なのです。

そのうち、自然と気の合う人は現れ、無理のない付き合いをできるような関係性を築いていけると思っています。


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