アヤワスカ体験記/ 死と再生、そして4か月後の統合
この記事は、アヤワスカに興味はあるけれど、神秘化された話だけではなく、実際の苦しさ・安全性・その後の日常の変化まで知りたい人に向けた個人体験記です。
私はペルーのアマゾンでアヤワスカの儀式を体験しました。そこで起きたのは、単なる「不思議な体験」ではなく、自分だと思っていたものが一度ほどけ、生きることを再構築し直すような時間でした。
はじめに|この体験記から、どんなことがわかるか?
アヤワスカとは何か|儀式・準備・安全性の基本
なぜ私はアヤワスカに向かったのか|喪失と死生観
アヤワスカ体験の流れ|浄化・エゴの崩壊・再誕生
体験後4か月で起きた変化|統合、日常、価値観の変化
これからアヤワスカに関心を持つ人へ|事前に考えたいこと
まとめ|アヤワスカは私に何をもたらしたか
1. なぜ アヤワスカに向かったのか? (地球の反対側まで💦 )
「なぜ行ったのか?」と聞かれると、正直「理由」は説明できない。
冒険家の角幡唯介さんが、「思いつき」について書いている。
思いつきはただの気まぐれじゃなくて、これまでの経験が全部凝縮されて、ある日 ふっと出てくるものだと・・・。
自分の人生も、ご先祖さまも、宇宙の歴史もマルッと、ギュッとつまったところから湧き上がってくるような、そんな感覚。
アヤワスカに行ったのも、まさにそれに近かった。何かに引っ張られた、という感じです。南米のジャングルアマゾンまで、ドア to ドアで40時間 💧
なんで?を、一つだけ言えるなら
「生の中に、死を取り込む体験がしたかったのかも」
と、帰国してからの4ヶ月を振り返り、今はそんなふうに思う。
角幡さんは、太陽のない季節の暗闇(極夜)の北極を、何ヶ月も単独で歩く冒険もしている (著書・極夜行)。リアルの死ととなりあった壮絶すぎる体験。
シロクマに襲われる、クレバスに落ちる、も、次の一歩の先の瞬間にあること。自然の中で 死とリアルな距離に立つことで、はじめて見える、命。
わたしがアヤワスカという儀式に向かったのも、それに近い動機だったと思う。外への冒険ではなく、(極めて安全な環境の中での )内側への探検として。(でもディープすぎた!)
娯楽でも、スピリチュアル覚醒を求めてでもなかったことだけは、事実。
両親、パートナー、友人たち、多くの死に遭遇してきた20年間。グリーフ(喪失と悲嘆)を抱えたまま、どこかで生きることへの実感が薄れていたのかもしれない。
命の光を、もう一度自分の中に見つけたかった、そんな感じかも。

2. アヤワスカは、実際どんな体験だったのか?
アヤワスカは、アマゾンの先住民が何世紀にもわたって儀式で使ってきた植物のお茶です。DMTという強力な意識を変容させる成分と、それを体内で働かせる植物を一緒に煮込んだもの。
儀式の一ヶ月前から準備が始まって、肉・アルコール・乳製品・カフェインをすべて断ち、体を整えてリトリートに入る。詳細な健康状態チェックもあり。
儀式は夜7時頃から夜明けまで続く。外の仄かな月明かりしかない真っ暗な空間で、アマゾンの森に響き渡る無数の生命の声とともに、「場、そのものが」たちあがっていく不思議な世界。
3, シャーマンとは何者か?
シャーマンとは、次元と次元を繋ぐ人、だと思う。
私たちが生きている日常の三次元と、より深い意識の領域、植物や、宇宙の叡智がある場、その「あわい(間)」に橋をかける存在。
山伏が山で厳しい修行するのは、向こうのものをこっちに持ってくるためだと言うような、それに近いイメージ。
心身が強靭であることが、体験にすごく影響すると思う。
口伝で教えを受け継ぎ、何千人もの アヤワスカや他の植物療法の体験に立ち会ってきた人たちが(シャーマンのようなトレーニングを受けている)、数名サポートに入ってくれていた。
だからこそ、「帰れないかもしれない」と感じる状態になっても、絶対的な信頼を置けた。アヤワスカの儀式で最も重要なのは、その信頼と安心の場だということ。
このポイントはこれからアヤワスカ体験をしようと思っている人たちは、とっても重要です!

① 浄化
ドロっとしたプルーンを煮詰めたような味の アヤワスカのお茶を150ccくらい飲み干して、おそらく1時間ほどすると( *時間の感覚はすで消滅しているので、わからない)
電気が体に走るような感覚が来る。
視界の端に蛍光色のビジョンが、走り始めることもある(*わたしの場合、いわゆるサイケデリックなビジョンは ほぼなくて。そして、よく言われるような儀式に臨むにあたり意図や目的をもつ、なんてのも、始まってしまえば 吹っとぶ。たとえば40度の高熱の中で「意図が……」なんて考えられないよね?😭)。
そして、心身の苦しさもやってくる。嘔吐、下痢、一晩中続く苦しみ(*ここらへんは個人差あり/ 何度も体験したけど嘔吐したことがないという人もいた)。
溜め込んだエネルギーのようなものを、身体が全部出し切ろうとする、らしい。吐瀉物と、唾液と、脂汗と、涙で、顔はぐちゃぐちゃに。
少なくとも、フワッとした「愛と光」のような体験とは 3回のアヤワスカの儀式においては、すべて程遠かった。
(*2週間滞在中5回まで体験できるのだけど、3回で心身ともに極限でギブアップ )
ただ、最後に体験したサンペドロという🌵サボテンの薬草療法は、すべてが美しすぎる光で溢れていた。生まれたての赤ちゃんが、この世界を畏怖の目でキラキラ見つめるような、きっとそんな美しさ♡. (サンペドロについては、またいつか詳しく)
アヤワスカが「死と再生」「臨死体験のようだった」と語られるのには、理由があるのです。
最初は、ほとんどの体験者が、苦しい。(ここらへんは、量や濃度、薬草の種類や調合に大きく左右されると推測)
② エゴの崩壊 「小さな死」
浄化のあと(これは翌日も続く)、思考の回路が止まる。死体のように横たわって硬直が始まり、口がぽか〜んと開いて、よだれが出て、思考がどんどん遠くなっていく。(おそらく自分が死んだ顔って こんなふうになるんだなって、思ったことは覚えている)
「自分だと思っていた」境界線が、崩れていく。リアリティだと認識している世界のドアが、パタンと閉じていく。
これは脳科学的には「デフォルトモードネットワークの崩壊」と説明されるらしい。自己や物語を管理しているネットワークの活動が乱れ、「私=こういう人間だ」という固定観念が一気にバラバラになる状態。
私にとってこれは、単なる神経学的な現象の説明ではなくて。
「小さな死」の感じ。
4, 死とは何か?
と問われれば、こう答えるかもしれない。
「自分 だと思っていたものが、溶けていく瞬間」。
肉体の死だけが死ではない。思考が止まり、エゴが機能しなくなり、「私」という物語が一時的に消える それもまた、私の死、という一つの形。
効きすぎて体温が上がり、「シャワーで Romiを冷やしたほうがいい」と聞こえてくる。真夜中に水シャワーは地獄なので、叫び声に近い声で拒否😭 、したのも覚えている。
サポートの女性が、「わたしも一緒に浴びてあげるから」と言ってくれる。彼女の深い愛情にふれ泣いているのか、 苦しみで叫んでいるのかわからないもうろう とした中、両側から支えられながら シャワーへと引きずられていく。
(*ちなみに、ジャングルなので水シャワーしかない。太陽のある日中は慣れると 気持ちよいです☀️)
③「あわい /間」という領域。
あわいとは。夢か現実かわからない、生か死かわからない、その境目そのもののこと。
どちらでもなく、どちらでもある場所。電気的なビジョンが走るのも、この領域で起きること。
村上春樹さんがよく「地下から汲み出す/ 井戸」という表現を使う。毎朝走り、体を整え、地下にいる魔物に引きずり込まれることなく、そこから物語を汲み上げてくる。
アヤワスカの「あわい」の領域は、まさにその「地下」だと感じた。普段は蓋がされているところに、一気に降りていく、突き落とされる感じ。
そして、確信したこと。
あわいをウロウロして、あちらの情報をこちらに持ってくるには、村上さんの言っているような、心と体の強さが必須 🥹💪
④ 教え
「教え」も始まる。言語化しにくいのだけど、問いと答えが自分の中で同時にループしながら起きる感じ。
抑えてきた記憶や感情が、映像やストーリーとして浮かび上がってくる。
父が認知症で亡くなっているのですが・・・。
活発だった人が、他人に支えられる状態になっていく。その彼の内側の気持ちや苦しみが、初めてわかった気がした。
(*決して宗教的な文脈ではないのだけど)キリストが磔 (はりつけ)にされた苦しみの中に なぜ愛や希望が見えたのか、それも 「わかった」気がした。
説明できないけど、何かが、わかる 感じ。
苦しみの中で見えてくるものが、確かにある。
正直なところ、「帰ってこれないかもしれない」と本気で思った瞬間があった。意識が遠のいて、三次元には戻れないかもしれない、とうっすら感じる。でも不思議と、死の恐怖はない。
過去を心配し未来を患う「私という思考」が、もうそこには存在していないから。
ほっこりと温かい、藁(ワラ)、が詰められたフトンの上に夜通し倒れながら、三途の川の入り口はきっとこんな場所なんだろう、思考の後ろ側でおもう。
教えというのも、「アヤワスカの叡智が自分に教えてくれる」、ではなく。すべて自分の内から湧き上がる自分。
アヤワスカ vs 自分、外 vs 内、 あなたvs わたし、という2限的な分離が溶けていく。
⑤ 再誕生(Reconstruction)
夜明けが近づくと、雄鶏が叫びはじめる。夜通し続くシャーマンの歌、虫や鳥や動物やら、森の、すべての命の響き。
敷地に放し飼いされた雄鶏たち。真夜中から遠吠えの叫ぶ子もいて、普段の日は眠れないので静かにしてくださいと、何度も思ったのだけど。
アヤワスカの時は、意識をこちら側の次元にとどめてくれる存在としてほんとに感謝しかなかった。
この世界にとどまろうと、身体感覚を 、自分という体の感覚を感じ続けるために 、無意識に腕に爪を立てていたらしく、朝みたら、青タンのあざだらけに (*添付写真)。
知らない人がみたらビックリするけど。これも個人的な体験/みんながこんなことをするわけではありません。

アマゾンの森に差し込むオレンジ色の夜明けの光を、臨死体験からもどりたて意識で、ぼ〜っと眺める。
ただ、存在させてもらっているだけで ありがたい。
また1日 地球で生きることを許されたんだなぁ、ありがたいなぁって。
それだけ
水を口に運び、自分の足で一歩一歩歩き、呼吸をする。きっと、生きるって、この繰り返しだけで十分なんだ。
(自分で)水が飲めて、息ができて、そして歩けたら最高なこと。これ以上、何を求めるのか ??
一度崩れたエゴと古い物語が、新しい理解として再構築されていく時間。これが「再誕生」だと思う。
小さな人格の死を経て、もう一度生まれ直す。喪失のグリーフ体験とアヤワスカ体験が似ているのはするのは、どちらも 自我が崩壊する「失う」体験だからかもしれない。

ここに現地シャーマンも入り、だいたい 三人に対し一人の、プロのサポートがつく。
5,終わったあと、今はどうなの?(体験後4ヶ月の変化)
心身、魂の統合
帰国3日後に、39〜40度の熱が1週間続いた。原因不明で、マラリアを疑い東大病院にかけこむ。最初の1ヶ月は、身体も戻るのに精一杯だったのかもね、今思うと。
(*東大病院は、マラリアの検査をしている)
意識も最初の1ヶ月は、日常のこと、あふれる情報、人間関係、外側が全部遠くに感じ興味もなくす。
体験を言葉にできなかった
どうだった?と聞かれても、言葉がでてこない。鮮やかな夢の色を、3色のクレヨンで表現しようとするような、どうしようもない無力な感覚。
そもそもアヤワスカは「人格の体験」ではないので、仕方ないのだけど。
科学領域のジャーナリスト、マイケル・ポーラン
彼が自身の (アヤワスカを含む)幻覚剤体験を言語化した本を読みながら、「そう、これこれ!」と少しずつ自分の体験を言葉に落としていった。ジャーナリストの言語化力は、すごい!
(著書・幻覚剤は役に立つのか)ネットフリックでも、ドキュメンタリーとして公開されています。how to change your mind (幻覚剤は役に立つのか)
3ヶ月、4ヶ月と経つと、日常の中に「統合」が起きていく。これが体験の本当の核心なんだと思う。
統合は、日常のあたりまえな人生の中で、起きていく。

エゴが緩んだ?
まず、「自己実現しなきゃ」というような欲望?がなくなった。富士山を目指すより、目の前の花が育っていくのに、心がトキメク。
これを「やる気がなくなった」と解釈するとしんどいけど、そうじゃなくて。
外に向かう衝動から、今ここを深く生きるみたいに、エネルギーの向きが変わったのだと思う。
次に、他者と自分という境界線が薄れた。一人で寂しそうに座っている人を見ると、思わず手を握ってあげたくなったり😅。自然界や動物たちとの境界線も、溶ける感じ。(でもね、そうはいっても身近な人は難しい。エゴ発動💦)
そして、何かに強く反応しなくなった。因果への反応が薄まった感じ。
Netflixも見るし、ストレスもある。
つまり、外側の世界も日常も変わっていない。
それでも、アヤワスカ儀式に行ったことを知っている人たちからは。
「ムーミン谷の住人みたい」「東京の人じゃなくなった」と言われた。つまり都市で頑張る 鎧みたいなものが脱げた感じ、なのかも・笑
少女みたいになった、ともいわれる。もともと自分の中にあったはずの感性が出てきて、これも人格の上にかぶっていた覆いが剥がれた感じ。
角幡さんのノンフィクションを読みながら、「意識のフチを歩いている」ようなヒリヒリした体験の言葉が、以前よりずっとリアリティを持って刺さってくる。
自分が一度 そのフチを歩いたから。
でも、わたしのフチは、確実に帰ってこれるという安全の中での「意識の淵」とはいえ、その フチの世界は同じなのかもしれない。

6,また、行くかのか?
今年、2026年11月に行く予定です(笑)。
(* 11月が、アマゾンの乾季で良き季節)
こんな苦しい体験をしたのに、「またなんで? 」と問われる。
おっしゃる通り、そうだよね。
でも、やっぱり「わからない」としか言いようがない。イカロスの曲をsportyfyで聴いたりすると、正直 ドヨ〜〜ンとなる。すくなくともワクワクはない 笑。
ただ今回は、この1年で積み上がったものを持って行く、という感覚はある。前回の体験と、日常の中での気づきを持って、次の、気づきに会いにいく感じ ( 🥰 と、綺麗ゴト)
意識の領域に気づく力は、もともとすべての人間の中にある。外から何かを摂取すれば気づけるわけじゃない。でも、そこ へのアクセスが圧倒的に加速すること、それは実感として感じている。
一気に蓋があいてスベル降りる、落とされる?感じ。
7, アヤワスカの体験のあとに変わったことは?
平たくいうと 自分があるがままで OKになった
世界を変えなくていい(以前は「人類のために😤」とか言っていた💦 シャーマンに「それはすごいエゴだな、ハハハ」と指摘される。おっしゃる通り)。
自分の前にいる一人の人に、ちゃんと優しさをもって向き合う、そういうスケール感に移ってきています🩷 あとは、自分の内面が平和であることに、さらに意識を向けるようになっている。
自分の内が平和なら、外も平和になるよね?
苦しいのも怖いのも分かってる。吐瀉物と涙でぐちゃぐちゃになって、帰れないかもしれないと思ったあの感覚を、おそらくまた体験する可能性、大 ⤴️。
でも、苦しさの中にだけ 見える、灯る、意識の明かりがあるのです…。
角幡さんが、暗闇の中で氷に閉ざされた北極圏を歩き続け、数ヶ月ぶりに見た、原初の太陽の光があるように。
「消えそうな光が 自分に まだ灯っているのを確認するために」
行くのかもしれません✨
***
8, これから参加を考える方へのメッセージ
ここまでは(スピリチュアルの覚醒の話でもない )あくまでわたし 個人の体験記です/
これからアヤワスカリトリートに参加される方は、きちんと自分の責任でリサーチをされることを、強く!お勧めします。
アヤワスカ観光ブームといわれていて、欧米から体験したい人たちが押し寄せている現状。
リトリート施設、価格、食事チェック( *食事の質は特に差異が大きい)美味しいベジタリアン食をだしてくれる施設がたくさんあります。
食事は、リトリートの1ヶ月前からアヤワスカセッションがスムーズに進むよう各自調整をはじめます。
滞在中の食事内容に関しては主催者側が、様子を確認しながら調整してくれます。リトリート中に、楽しみにできる食事が提供されることは、私は絶対に励みになると思う。また、体力がないと複数回にわたるアヤワスカセレモニーだと特に、乗り切れません。よってどんな食事が提供されるのかも、事前にできれば把握したほうがいいと思う。
シャーマンの質も、玉石混合。
祖父母が 昔歌っていた歌を歌えれば、(自称)シャーマン。
冗談にならないようなおそらく本当の話。
現地での「思いつき参加」は良くないです ・笑。
とても神聖な体験としてとらえて、完璧に準備をしていってくださいね。
アヤワスカに関心はあるが、美化された情報だけでは不安
単なる幻覚体験ではなく、死と再生、喪失、統合の視点から知りたい
参加前に、準備、苦しさの程度、安全性も含めて知りたい
体験後の、日常統合プロセスについて。
ここらへんは、2027年11月のペルーでの儀式に向けて、新たにマガジンに投稿していきますので、興味あれば note, および、line 登録をお願いします。🌐 西川ロミ LINE公式
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