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「安いデットを増やせば、WACCが下がる」——その直感、どこで間違えているのか

「デットの金利は8%、株主資本コストは15%。だったら、安いデットの比率を増やせば、加重平均のWACCは下がるはず。つまり借金は、資本コストを下げる魔法の道具だ」

——この説明、聞いたことはないでしょうか。あるいは、自分でそう計算したことは。

念のため言葉をそろえておくと、WACC(ワック)とは「加重平均資本コスト」のこと。デット(借入や社債)とエクイティ(株式)、それぞれの調達コストを金額の比率で加重平均した、いわば会社全体の資金調達の値段です。

実はこの冒頭の直感、60年以上前に「原則として成り立たない」ことが証明されています。証明したのはフランコ・モディリアーニとマートン・ミラーという2人の経済学者で、いわゆる「MM理論」と呼ばれるものです。2人ともノーベル経済学賞を受賞しています。

とはいえ、MM理論は教科書だと数式の壁が高くて、途中で心が折れがちです。「命題」「裁定」「無関連性」……並んでいる言葉だけで、そっと本を閉じたくなります。私も最初はそうでした。

そこで今回は、数式をほぼ使わず、図6枚だけでこの理論を「腹落ち」させることを目指します。ファイナンスを体系的に勉強したことがない方、実務で何となくWACCを計算しているけれど「この数字、本当に合ってるのかな」と思ったことがある方にこそ、読んでいただきたい内容です。

先に結論だけ言ってしまうと、こうなります。

リスクは消えない。移動して、濃縮されるだけ。

この一文の意味が、読み終わる頃には図とセットで思い出せるようになっているはずです。それでは、いきましょう。




1. まず、デットとエクイティは「何が違う」のか

最初に、いちばん土台になる話からです。デット(借入・社債)とエクイティ(株式)は、「お金の受け取り方のルール」がまったく違います。

会社が売却されたり清算されたりして、お金を山分けする場面を想像してください。ルールはシンプルで、たった2つです。

デットは「先取り・上限付き」。 債権者は誰よりも先にお金を受け取れますが、受け取れるのは貸した分(図では3億円)まで。会社がどれだけ大成功しても、それ以上は1円も増えません。

エクイティは「残余・青天井」。 株主は最後にしか受け取れませんが、デットに払った残りは全部株主のものです。上限はありません。

図1のグラフを見ると、企業価値が3億円を超えたところから、増えた分がすべて赤い領域(エクイティ)に流れ込んでいるのがわかります。

たとえるなら、2人でお店をやっていて、「Aさんは売上から先に3億円だけ受け取る。Bさんは残りを全部受け取る」という契約を結んでいるようなものです。売上が2億円ならAさんが2億円もらってBさんはゼロ。売上が10億円ならAさんは3億円で打ち止め、Bさんは7億円。Aさんがデット(債権者)、Bさんがエクイティ(株主)です。

「デットとエクイティの違いは、返済義務の有無」と説明されることが多いのですが、理論を理解するうえで本当に効いてくるのはこちらの見方——「先取り・上限付き」か「残余・青天井」かという、取り分のルールの違いです。この「3億円が分かれ目」という構造が、この後のすべての話の出発点になります。

2. レバレッジは、「揺れ」を増幅する

では、この分け方のルールは、株主にとって何を意味するのでしょうか。同じ会社(企業価値10億円・デット3億円)で、企業価値が±10%動いたケースを見てみます。


企業価値が10億円から11億円に増えても(+10%)、デットの取り分は3億円のまま動きません。増えた1億円は、まるごとエクイティのもの。エクイティは7億円→8億円で、+14.3%の変化です。

逆もまた然り。企業価値が9億円に減っても(▲10%)、デットは3億円をきっちり持っていきます。減った1億円は、まるごとエクイティの負担。▲14.3%です。

つまり、企業価値の揺れは±10%なのに、エクイティの揺れは±14.3%に増幅されるわけです。増幅率は「企業価値10億円÷エクイティ7億円=1.43倍」。

これ、実は住宅ローンとまったく同じ構造です。頭金1,000万円+ローン4,000万円で5,000万円のマンションを買ったとします。物件価格が10%(500万円)下がったら、銀行への返済額は変わらないので、減った500万円はすべて自己資金の負担。頭金1,000万円の半分、▲50%が吹き飛ぶ計算です。「価格は10%しか下がっていないのに」と思うかもしれませんが、これがレバレッジの正体です。もちろん逆に価格が10%上がれば、自己資金は+50%。上にも下にも、同じ倍率で増幅されます。

ここで大事なのは、デットは変動を1円も負担していないという点です(図2の右端の吹き出しですね)。「図1では、企業価値が3億円を割るとデットも削られていたのでは?」と思った方、鋭い。そのとおりで、今回の例では企業価値(9〜11億円)がデットの3億円を大きく上回っているため、デットは"ほぼ安全圏"とみなせる、という設定です。3億円割れが視野に入る世界ではデットも無傷ではいられなくなりますが、その話は倒産コストとあわせて次回に取っておきます。

企業価値の変動という「揺れ」の総量は変わらないのに、デットが受け持つ分がゼロなので、揺れのすべてをエクイティが引き受ける。この非対称な分担が、次の章の伏線になります。

3. それでも、WACCは下がらない

さて、ここからが本題です——の前に、ひとつだけお約束を。ここからしばらくは、税金も倒産コストもない"まっさらな世界"で考えます。現実にはない世界ですが、なぜわざわざそんな世界で考えるのかは、最後にきちんと回収しますので、少しだけお付き合いください。

デットのコストは8%、エクイティのコストは15%。「安い方を増やせば平均は下がる」ように見えます。ところが——。

図3を見てください。デット比率(D/V)を0%から60%まで増やしても、WACC(紺色の線)は15%のまま、真っ平らです。

なぜか。デット比率を上げるほど、株主が要求するリターンrE(赤い線)が上がっていくからです。たとえばD/V=30%なら、rEは15%から18%に上昇します。すると、

WACC = 0.3 × 8% + 0.7 × 18% = 15%

安いデットを混ぜた「節約分」を、株主コストの上昇分がぴったり食い尽くす。しかも「だいたい相殺」ではなく、きっかり相殺です。これがMMの第2命題と呼ばれるものです。

ポイントは、rEの上がり方が気分次第ではなく、きちんと式で決まっていることです。図3の吹き出しにある

rE = 15% + 3/7 ×(15% − 8%)= 18%

がそれで、「無借金なら15%で済んだところに、デットとエクイティの比率(3:7)に応じた上乗せが乗る」という形をしています。デット比率を上げれば上げるほど上乗せは大きくなり、図3の赤い線のようにrEはどこまでも上っていく。一方でWACCは、出発点の15%——事業そのものの資本コスト(rA)——から一歩も動きません。

デットは確かに安い。でも、タダではないのです。安さの分だけ、請求書が株主コストに回っている。

「株主が要求リターンを上げるって、そんな都合よく上がるものなの?」と思った方、いい疑問です。次の図がその答えです。

4. リスクは消えない。エクイティに濃縮されるだけ


ここが、この記事でいちばん覚えて帰ってほしいところです。

会社の事業リスクの総量は、事業の中身で決まります。ラーメン屋のリスクは、立地や味や競合で決まるのであって、開業資金を借金で賄ったか自己資金で賄ったかでは1グラムも変わりません。資金調達の方法を変えても、明日の来客数は変わらないのですから、当然といえば当然です。

図4では、このリスクの総量を「面積」で表しています。無借金なら、その面積をエクイティ100%で薄く広く受け止める。ところがデットを増やすと、リスクをほとんど負わないデットの分だけ、エクイティの「受け皿」が狭くなります。面積(リスク総量)は同じなのに、受け皿が狭い。となると、どうなるか。

カルピスを思い浮かべてください。原液の量(リスク総量)は同じで、水(エクイティ)だけ減らしたら——濃くなりますよね。図4で言えば、エクイティの厚みが100%→70%→40%と薄くなるにつれ、1円あたりのリスク密度は×1.0→×1.43→×2.50と濃縮されていく。

株主は、この濃くなったリスクを引き受ける対価として、より高いリターンを要求します。これが図3でrEが上昇していた理由です。都合よく上がっているのではなく、上がらなければ割に合わないのです。

そして、ここまでくると図3の「WACCが動かない」理由も一枚の絵で説明できます。WACCとは、会社全体——つまり面積全体——に対する要求リターンの平均です。面積が変わらないのだから、平均も変わらない。変わったのは面積の「切り分け方」だけで、切り分け方をどう変えても、全体の合計は同じ。デットを増やす操作は、リスクを減らす操作ではなく、リスクの置き場所を変える操作にすぎなかったわけです。

5. では、「WACCが下がった」という計算はどこで生まれるのか

とはいえ実務では、「借入を増やしたらWACCが下がりました」という試算を見かけることがあります。買収のスキーム検討で、事業計画の資本政策のページで、あるいは自社のROIC(投下資本利益率)管理の資料で。あの数字は、いったいどこから来ているのでしょうか。


種明かしをすると、多くの場合、レバレッジを上げた後も、株主コストrEを元の水準のまま据え置いて計算しているのです。

図5の左側がその計算です。D/V=30%にしたのに、rEを15%のまま使うと、

WACC = 0.3 × 8% + 0.7 × 15% = 12.9%

たしかに15%から2.1ポイント「節約できた」ように見えます。でも、前の章で見たとおり、レバレッジを上げれば株主のリスクは濃縮され、rEは18%に上がっているはず。正しく計算し直すと(図5の右側)、WACCは15.0%——つまり、1ミリも動いていません。

見かけ上の「節約2.1pt」の正体は、デットからエクイティへ移したリスクの対価を、計算から見落としたものでした。節約ではなく、計上漏れだったわけです。

名誉のために付け加えると、これは「計算した人がサボった」という話ではありません。株主コストは市場から直接観察できる数字ではないので、「とりあえず現状の水準で据え置く」のは、実務では無意識にやってしまいがちな処理です。ただ、据え置いた瞬間に、その試算は「リスクの移動をタダとみなす」という強い仮定を——気づかないうちに——置いてしまっている。そこだけは知っておいて損はありません。

なお、現実の計算では支払利息の節税効果があるぶん、WACCが本当に下がる余地もあります(だから実務の試算がすべて間違いというわけでは決してありません)。大事なのは、その節税由来の"本物の低下"と、rEの据え置きから生まれる"見かけの低下"を混ぜないこと。混ざった試算は、レバレッジの効果を実力以上に大きく見せてしまいます。

もし次に「レバレッジでWACCが下がる」計算に出会ったら、そっと確認してみてください。「そのrE、レバレッジ後の水準に引き直してありますか?」と。詰めるためではなく、議論の土台をそろえるための一言として。

6. とどめの一撃——投資家は、自分でレバレッジを作れる

ここまでで「WACCが下がらない理屈」は見えてきました。最後に、MM理論のいちばん鮮やかな部分をご紹介します。「そもそも、会社がレバレッジをかけること自体に、固有の価値はない」という話です。

2つの投資を比べてみます。

A:レバレッジ企業(D/V=30%)の株式に、100万円投資する。

会社の中には3億円のデットが入っています。デットに8%を払った残りが、株主であるあなたの取り分です。

B:無借金企業の株式に投資しつつ、その借金を"自分で"する。

会社は無借金。その代わり、あなたが個人でお金を借りて株式を買います。借り方は会社の真似です。Aの会社はエクイティ7に対してデット3の比率でしたから、あなたも自己資金100万円に対して約43万円を金利8%で借り、合計約143万円分の無借金企業の株式を買います。事業リターンを受け取り、そこから8%の利払いを自分で済ませた残りが、あなたの取り分です。

図6の下のグラフを見てください。事業がどう転んでも——+20%でも▲20%でも——AとBの手取りリターンは、全区間で完全に一致します。事業リターン+20%なら、どちらも手取り+25.1%。▲20%なら、どちらも▲32.0%。赤い実線(A)と黄色い破線(B)が、1本の線にしか見えないほどぴったり重なっています。

理由は単純で、どちらのルートでも「事業リターンが生まれる→まず8%の利払いを済ませる→残りを受け取る」という同じ順番で同じお金が流れているからです。違いは、その利払いが会社のバランスシートの中で起きるか、あなたの家計簿の中で起きるか、それだけ。借りる場所が違うだけで、中身は同じなのです。

そして、金融の世界には「同じキャッシュフローには、同じ価格しかつかない」という鉄則があります(もし価格がずれていたら、安い方を買って高い方を売るだけで、リスクゼロで儲かってしまう。そういう歪みは裁定取引によってすぐ消されます)。投資家が自宅で複製できるものに、会社がやったからといってプレミアムは乗らない。逆に、会社がレバレッジをかけていなくても、欲しい人は自分でかければいい。

だから、企業価値もWACCも資本構成とは無関係——これがMM理論の第1命題、いわゆる「資本構成の無関連性」です。図1から積み上げてきた話が、ここで一本につながりました。

なお、教科書の順序では、この第1命題こそが土台で、図3で見た第2命題(rEの上昇式)はそこから導かれる"裏返し"です。本記事では腹落ちしやすい順に並べ替えてお届けしました。これから教科書で学び直す方は、順序が逆なことにだけご注意を。

よくあるモヤモヤに、先回りで答えておきます

ここまで読んで、引っかかっている方がいそうな2点に触れておきます。

「でも、レバレッジを効かせたファンドや不動産投資は、実際に高いリターンを出していますよね?」

出しています。ただしそれは、図2で見たとおりリターンとリスクが同じ倍率で増幅されているからです。レバレッジは期待リターンを引き上げますが、同時に下振れも同じだけ深くします(手取り▲32%の世界も、セットで買っています)。リスク1単位あたりの旨みが増えているわけではない——というのがMMの見立てです。レバレッジは「増幅装置」であって「錬金術」ではない、と言い換えてもいいかもしれません。

「増資や借入のニュースで、実際に株価は動きますよね?」

動きます。ただそれは、資金調達そのものの価値というより、経営陣が持つ情報が調達手段を通じて漏れ伝わる効果(情報の非対称性)や、税金・倒産リスクの見通しの変化——つまり摩擦の側の話として説明されます。ここは次回のテーマに深く関わるので、いったん伏線として置いておきます。

おわりに——「現実には摩擦がある」からこそ、MMは効く

ここまで読んで、「いやいや、現実には借金で企業価値が変わることもあるでしょう」と思った方。そのとおりです。

MM理論が成り立つのは、税金も倒産コストも情報の非対称性もない世界での話です。現実には、支払利息が損金になる節税効果(タックスシールド)があり、借りすぎれば倒産リスクとそのコストがのしかかり、個人が会社と同じ条件でお金を借りるのも簡単ではありません。だから現実の資本構成には、ちゃんと意味があります。実際、企業のCFOたちが資本構成に頭を悩ませているのは、無駄なことをしているからではありません。

でも、だからといってMMが「使えない理論」なのかというと、むしろ逆です。MMのすごさは、「摩擦がなければ資本構成は無関係」を証明したことで、「資本構成が企業価値を変えるとしたら、その原因は摩擦の側にしかない」と特定したことにあります。健康診断の「基準値」のようなものです。基準値そのものに合致する人がいなくても、基準値があるからこそ「どこが、どれだけずれているか」を語れる。

MMを知っていると、「安いデットを混ぜたからWACCが下がる」というふわっとした説明に対して、「その効果はMMの世界では消えるはずですよね。残るとしたら節税効果ですが、いくらと見積もっていますか?」という一段深い問いを立てられるようになります。理論は、答えをくれる道具というより、問いの精度を上げる道具なのだと思います。

最後に、今日の6枚をひと言ずつでまとめます。

  • 図1:デットは先取り・上限付き、エクイティは残余・青天井

  • 図2:だからレバレッジは、エクイティの揺れを増幅する

  • 図3:デットを増やしても、WACCは下がらない(MM第2命題)

  • 図4:リスクは消えず、薄くなったエクイティに濃縮されるだけ

  • 図5:「WACCが下がった」は、rEの上げ忘れから生まれる

  • 図6:投資家は自分でレバレッジを複製できる。だから資本構成に固有の価値はない

「リスクは消えない、移るだけ」。この一文だけでも、持ち帰っていただけたらうれしいです。

次回は、MMの世界にあえて「摩擦」を入れていきます。節税効果と倒産コストが綱引きをした先に、「ちょうどいい借金の量」はあるのか——トレードオフ理論の話です。そのうえで、「スタートアップは希薄化しない安いデットで調達すべき」という最近よく聞く言説は本当なのか、という問いにも切り込みます。お楽しみに。


本記事は理論の紹介を目的としたものであり、特定の投資判断・財務判断を推奨するものではありません。

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