NipponノMURA創刊号
「NipponノMURA」と言いますのは(ニッポンのムラ、と読みます)、今から30年ほど前に日本の九州で創刊した、農泊(農村漁家民泊)やグリーンツーリズム(都市農村交流)、地域づくりなどを応援する雑誌「九州のムラ」がベースにあるメディアです。
「九州のムラ」はその役目を終え、20年ほど前に休刊しました。
数年後、“関係のある人にだけ手渡しするメディア”として生まれ変わったのが「NipponノMURA」。が、リニューアルしたにも関わらず、不定期発行を言い訳に未だ2号までしか編集されていないという体たらくですが…(“まぼろしの雑誌”とも言い訳しています)。
遡りまして、“関係のある人にだけ手渡しするメディア”としたのは、届けたい人に直接手渡ししたかったから。昨今、サブスクやオンラインで手軽に入手できる情報がほとんどですが、“そういった”ことに疎い層には届かないのではという懸念もあり、手渡しというアナログ方式を採用しておりました。
さて、以下の文章は、2016年に「NipponノMURA」が創刊した際に、巻頭に寄せた編集長・養父さんの言葉です。さらに、ページの下のほうには、本来手渡しが基本ですが、「オンラインでもみてみたい!」との声に応えまして、本noteに特別にアップしたものです。
お時間ありましたら、眺めていただけたらうれしく思います。
創刊に寄せて 編集長・養父信夫
「九州のムラ」を立ち上げて間もない頃、『そう、あんたはわしら世代の言葉を次につなげてくれ。自分はあと10、20 年もすればこの世からいなくなる。ただ、自分たち世代の言葉が大切になる時代が必ずくる』とある方に言われました。
確かに、あれから20 年近く、日本のみならず、世界の状況も大きく変化し、
同時に人々の価値観も変わっていきました。
『(なば山師、材木山師、炭山師など)山師ってのは、山の先生ってこと。山に入るとどれだけの価値があるのかが分かってる人のこと。山を見ることができる人がいなくなったら、山は買いたたかれて惨めな時代になってしまうでしょうね』(通巻10 号「ムラの生業」より)
『“環境”? そげなもんは見たこともなけりゃー、食ったこともない』(と言ってたムラのおばあちゃんは、生活用水を山から引いて、家の前の田んぼの水を汚さぬよう、極めて環境にやさしい暮らしをしていた)(通巻16 号「地元学」より)
『30 回作って、やっと納得できる米が作れるようになってきました』(30 年間作り続けたお百姓さん)(通巻15 号「尊農の時代」より)
など、自然と向かい合って、自然への恵みと畏れとを併せ持って生きてきたムラの人々の言葉には、より良き社会を創っていくための、そして次世代に繋げていきたい全世界共通のメッセージがあります。
“旅する巨人”こと民俗学者の宮本常一氏は、全国津々浦々歩き回って、そこに暮らす普通の人々、“常民”の言葉を拾い集めました。
先代の編集長が立ち上げた「九州の村」。その後の「九州のムラ」、途中でバトンを受け継ぎ、「九州のムラへ行こう」、そして「九州のムラ~リニュアル号~」へ。
創刊から20年の節目の今年、九州から始まった「ムラ」プロジェクトを全国にも広げ、「NipponノMURA」を新創刊します。
取材対象は全国に広がりますが、その眼差しはよりローカルに、農山漁村に暮らすムラ人をたずね、かれらの生きた言葉を、真摯に、正しく伝えていきたいと思います。


































