闇の書 国家権力は解体される
※「闇の書」は既存の価値観を根底からぶっ壊すシリーズです。この記事の読後の価値観を保証しません。自己責任です。
国家が暴力機構を独占するのはおかしい
歴史的、人類史的には、そもそも暴力機構の一極独占というのがおかしい。例えば、日本でも滝口の武士は警備兵のようなものだったが、やがて権力者の私兵化し、その各々の私兵がそれぞれ独自の武士団を形成し、全国を群雄割拠するようになった。つまり、歴史的には武力は国家機構など、一極の権力により独占されるものではなく、つねに分散的であるという話である。当然、世界でも同様だ。
自警団はダサいので騎士団?
ただ、自警団やヤクザと言うと人聞こえが悪い。ダサい。なので、やりたいと思う人たちはでない。だが、例えば、あなた達の地域の生活をお守りしますという形で、安心便利快適という売り文句としてサービス化すれば、暴力機構は資本市場化可能である。これは、世界でも、政府軍は弱体化の一途をたどり、PMC(民間軍事企業)に軍事オペレーションを委託するという形で、後者が遥かに高額の報酬を受け取ることで成立しており、事実上私兵団というのはすでに世界的な潮流になって久しい。よって、例えば国家警察のような組織も、徐々に解体されていく方向になるかも知れない。というかせざるを得ないだろう。なにせ、警察はただでさえ公務員として数が多すぎるのと、公務員のような社会主義的な組織では、仕事をするインセンティブが薄い、そして、各種事案が多様化する社会に対応できないからである。
なぜ、メディアは不安を煽るのか
例えば、国内で自警団的あるいは自力救済的な動きが出てきたとき、人権ガーと左派リベラルやオールドメディアがやたらうるさいのは、こうした国家権力が削がれることにより立場を失う危機を察知しているからに他ならない。生活不安を論うが、要は食い扶持として儲からなくなるからである。そして、彼らはマッチョイズムだとか危険な暴力行為とか拗らせた中年の暴走のような人格非難をするが、要はそのくらいしか言えることがないからである。すでに正義がないのを悟っているからこそ、印象操作に躍起になるが、この態度がさらなる恨みを買い、報復の対象となる。結果、反動保守のような運動はますます増大する。これはローティが予言していたとおりだ。
すでに、金融やメディアは国家独占が不要
そもそも、すでに金融は仮想通貨、メディアはSNSと、実は国家の国家たる権力基盤とその独占状態はすでに解体されつつある。別に国家機構が解体されても、我々の生活としての代替手段はあるため、本質的に困ることはない。要するに、国家機構が大企業や広告代理店を通じ、メディアに国家機構の重要性を宣伝させている状態である。手のひら返しのように、急に国家が漫画アニメとか言い出しているのは、売り上げ以外にそういう魂胆があるのだろう。だが、残念ながら、国家に求められるのはそうしたプロパガンダとして広告を利用することではなく、本質的な機能や価値としては、せいぜいその国家の地域文化性を保守保全する程度のことしかない。それこそ、表現の自由を守るとかくらいしか、国家機構が出来うる本質的な仕事はない。ほかは大体が、旧来からの法律を含めて、国民の生活をイデオロギーと大義名分のもとに、邪魔しているだけに成り下がっている。なので、庶民の不満がどんどん溜まるのである。
性犯罪法に反対する理由
例えば、性犯罪法なども、何が性犯罪で何がそうでないのかの基準を国家が規定することにより、権力を発動する。しかし、性犯罪の殆どが、単なる男女の情事のもつれであり、情事に国家権力が介入するのは、事実上の思想規制に他ならない。表現の自由についても、例えばわいせつという文言があることで、国家が何がわいせつなのかを裁量で規定する。こうして、特に社会の本質的ではない部分に規定をすることで、国家権力が介入する余地を残しているのだ。専門的な言い方をすれば、内在的制約(個人間での利害調整)を外在的制約(公権力の要請する秩序として個人に制約)にすり替えると言っても良い。そして、昨今は後者の解釈がやたらブームになっている。だが、何でも外在的制約に収束させれば、それこそ自由は粉々に打ち砕かれ、国家権力の奴隷の完成である。そして、こうした枝葉の法概念が、堂々と我々の生活を妨害している。国家は表現の自由が毀損されないかだけを見張るべきで、何が表現の自由かの介入をすべきではない。女性や児童問題にやたらに国家がうるさいのも、こうした権力をもっと寄越せという図々しいまでの背景がある。だが、それで不利益を被るのは国民だ。このように、リベラルが手段でなく目的化する、つまり権威化すると、カルト宗教の様相を呈するのだ。
既得権層、政官財と左派リベラルは解体せよ
すでに本質的役割を失った国家機構は、全体的な既得権層と呼べる。既得権層だからこそ、女子枠だったり、女性の社会進出みたいな訳の分からないことを多額の資本を動員して、コーポラティズム経済として実現してしまっている。ただ、その原資は我々の税金だ。庶民がまったく望まない政策を、多額の税金を徴収することによって運営している。しかも、これは社会正義だと必死になっている。だが、正義ではないのは明らかで、権力一極集中の悪あがきはじきに終焉を迎えることだろう。彼らの殆どが、私立中高一貫からお受験勉強で拗らせてしまった末路である。勉強し過ぎの頭でっかちに用はない。勉強は大事だが、体験や経験と結んでいない連中は碌なことをしないゴミだ。根本的なバカどもなので、こいつらはとっとと葬り去ろう。
