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50年前のロールスロイス

 十二月に入り、空気がぐっと冷えた。けれど日中は、どこか春の名残を思わせるやわらかな陽ざしが続き、私のリハビリ散歩にはうってつけの日和だった。このところ毎日三千歩のノルマをこなし、土曜日も例外ではない。ウォーカーを押す私の左脇には、いつものように“監視人殿”(通称・妻)がそっと腕を添えてくれている。
 
 その日は買い物も兼ねて、ピーコックから浜町公園への定番コースを辿った。買い物を済ませた後、公園内の「定点観測ベンチ」に腰を下ろす。目の前では、紅葉の幕が午後の日を受けて静かに揺れ、老若男女、犬連れの人々が思い思いに通り過ぎていく。季節がゆっくり移っていくのを暫し眺める。
 
 帰路、明治座前からまっすぐ帰ってしまっては歩数が物足りない。そこでグラウンド沿いに少し遠回りをすることにした。すると、金座通りに出る手前の細い路地に、旧い大型セダンがひっそりと佇んでいた。
 
 一目でただ者ではないとわかる。車体の前に回り込むと、ボンネットの先端で翼を広げる精霊のエンブレム――ロールスロイスの「スピリット・オブ・エクスタシー」が夕陽を受けて淡く光っていた。
 
 少年の頃、私は車の雑誌を隅から隅まで読み漁っていた。まだ日本車が世界に名を馳せる前の時代、誌面の主役はヨーロッパやアメリカの名車たちだった。その中でロールスロイスは、別格の存在だった。現物を見ることなど叶わないまま、写真だけで憧れを膨らませたものだ。
 
 目の前の一台は、まさにその記憶の中のロールスロイスと重なっていた。艶やかに磨き上げられたツートンカラーのボディ。黒いサイドに、白いボンネットとトランク。薄いグレーのルーフが静かに落ち着きを添える。堂々たるサイズにもかかわらず、どこか優雅で、余裕のある姿をしている。持ち主が丹精こめて手入れしているのだろう、半世紀前の車とは思えない風格だった。
 
 しばらく眺めては角度を変え、つい写真まで撮ってしまった。帰宅後、AIに画像を読み込ませると、1970年前半の「シルバーシャドウ」だという。五十年もの歳月を走り抜けてきた車が、今もなお東京の路地で息をしていると思うと、不思議な嬉しさがこみ上げた。
 
 当時の最新技術を惜しみなく詰め込んだ名車である。とはいえ六千㏄超のエンジンともなれば、燃費はおそらくリッター二、三キロといったところだろう。効率とは縁のない存在だ。だが、だからこそ人を惹きつけるのかもしれない。
 
 車というのは、往々にして合理とは別の場所にある。持ち主は誇らしげに、そして少しだけ人に見てもらいたくて、この路地にそっと停めているのではないか。そんな想像をしながら、その場を後にした。
 
 冬の陽ざしに照らされた五十年前のロールスロイス。その静かな佇まいが、散歩の終わりに思いがけない贈り物のように胸に残った。

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