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【エピソード3】ABAで自閉症児のクレーンの手を「ちょうだい」の言葉のコミュニケーションに。しかし頑張りすぎの療育がもたらしたもの。

このnoteは、療育手帳を持つ成人した息子Dの成長記録です。強いパニックや癇癪がありましたが徐々に社会性を持ち、高校を出て大企業に障害者雇用枠で就労しました。趣味や友達との交流を大切にしつつ充実した生活をしています。そこに至るまでのことや、現在のよもやま話を記録していきます。幼少期の言葉の獲得について書いたエピソード3・4・5のうち最初の記事になります。

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息子と用事で出かけ、最寄り駅で改札を出ると、すっかり暗くなっていました。雨が降ったのか地面が濡れていました。

「雨が降ったみたいね」
「そうだな」

息子との何気ないやりとり。普通の会話のキャッチボールにたどりつくまでには、あるひとつの門をたたくところからはじまりました。それがABA(応用行動分析学)をベースにした療育を行う親の会への入会でした。

ここからABAをスタートしたものの、つらくなって退会したり、教育大のABA公開講座にも参加したりして、試行錯誤の末に今に至ります。やってきたことは完璧ではありませんが、ABAは私の子育て感に大きな影響を与えました。

ABAをご存知ない方のために、簡単に説明すると、人の行動は、「A:きっかけ→B:行動→C:結果」に分析できるという考え方があります。
これをABC分析といいます。

自閉症の子供は、「お腹空いた」という言葉ではなく、周囲の行動をコントロール:つまり駄々をこねたり、かんしゃくを起こしたりして母親に食べ物を要求するような、いわゆる「不適切な行動」を起こしがちです。

それを「適切な行動」に変化させ、ほめ言葉などのごほうびを使って、その行動を強化していくという方法です。

たとえば、前回の記事【エピソード2】で挙げた、息子がクレーンで私の手を冷蔵庫に持っていくという行動をABC分析したのが下記の(図1)です。

図1 Dのクレーン現象のABC分析 

このクレーンを望ましい行動に変化させるなら、下記(図2)の代替行動:「手のひらを出してちょうだいと言う」をした場合に、食べ物を取ってもらえること(ごほうび)を覚えさせるのです。

図2 望ましい行動「ちょうだいという」へ置き換え 

・・・なんかややこしいはなしになってきましたね。

早い話が、クレーンの手のひらをすかさず上に向け、「ちょうだい」の手にして、言葉でも「ちょうだい」と言わせたんです。

そう言えたときだけに、プリン🍮がでてくると分からせました。(図3)

図3 強化子(ごほうび)はプリン

「言葉がコミュニケーションのツールになる。」
それに気づいたDは、少しずつ言葉を使うようになりました。

でも、サリバン先生と視覚障害者ヘレンケラーの「水!水!」に描かれがちな、”突然の覚醒” みたいなミラクルな出来事が起こってDが覚醒したというわけではありません。ずいぶん長い戦いではありました。

最初はギャン泣きだったり、なかなかこちらの意図が伝わりませんでしたが、しだいに「たーい(ちょうだい)」と言えば母親がニコニコでプリンを出してくれると分かったようです。

二語文で「プリンちょうだい」とまで言えるようになりました。

ただ、「ABAによる子育てが一番正しい」と、躍起になってIQをあげることに集中するのは違うと感じました。

ABAはとても有効な方法とは言え、子育ては正しいことを強化するだけではない、発達の道筋に沿った成長や、矛盾や葛藤のようなものを含みながら進んでいるものだと思うからです。

自閉症の特性上、昔のことを良くも悪くもすべて覚えていて、会話ができる今になって幼少時のことを語ってくれるD。

「あの頃は辛かった」といいます。子どものためによかれと思ったことですが、途中まで「早期療育が大切」と頑張らせすぎたなと反省もしています。

私は、Dが4歳のとき、特別支援学校の教員免許を取るために大学の専攻科に入学し※、論文作成のためASDの成人当事者に子どもの頃のことをインタビューしていたことがありました。
(※注:ABAの公開講座を受けた教育大ではないです)

そのときも、終始、子どものころの教育のあり方について、彼らのお母さんに対する相当な恨み節が聞かれました。

自閉症児の訓練は行動の修正も伴うことが多いので、どうしても厳しくなってしまう側面があったのだと思います。Dの幼少時に、すでに成人当事者であった方の話ですから、今から30~40年ほど前のことですね。

当時は、周囲の理解もなければ、支援も十分ではなかったと思います。

親子間での訓練は、信頼関係があればこそ成り立つものですが、楽しい子育てからずれたものにもなりかねません。

親はセラピストである前に、ただの『親』でいたい。
そう願った私が、なぜそれでもABAの考え方を学び、それを自分流に形を変えて生活に取り入れていったのか。その葛藤の記録を【エピソード4】で綴ります。

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