【野球と哲学】「野球は死が積み重なるスポーツ」〜梅林優貴の手締めに見る“死”の哲学〜
キャンプが終わり、シーズンの足音が近づく。
希望や期待に満ちた空気の中で、妙に心に残った言葉がある。
「野球は絶対に死が積み重なるスポーツ」
梅林優貴選手の言葉だ。
2026年、沖縄・国頭での北海道日本ハムファイターズの二軍キャンプ。
梅林は手締めの挨拶を任された。
全文は有料コンテンツとなるのでここには書けないが、記事の無料部分にも本人談の要約があるので見てほしい(道新スポーツの有料コンテンツ契約をしている方はぜひ全文を)。
「庄司さんが熱いミーティングをする中で、『必死にやろう』と。必死なプレーって、全カプレーとはまた違う。どういう感じかなと、何となく考えていたんです。アウトカウントも1死、2死で数える。野球は絶対に死が積み重なるスポーツ。必死にやるからこそ、無駄な死を積み重ねないように…」
確かに日本の野球はアウトを「死」と表現する。
全力をそそぐことを「必死」と表現する。
だが梅林の言葉には、ただ慣用表現をなぞるだけではない、もっと奥底にある「死」という概念そのものを真正面から見つめる響きがあるように感じた。
その言葉によって、私は立ち止まった。
自分が野球の中にある「死」について慣れていたことに驚いた。梅林にとっての「死」とはなんだろうか。
私はその答えを哲学に求めた。
なぜアウト=死なのか
まずは「死」という言葉への理解を深めることにする。
辞書を引くと
1.命が絶える。しぬ。なくなる。
4.野球で、アウト。
と出てくる。
説明しようとすると難しいが、直感で理解している、あの心臓が永久に止まる「死」のことである。
一方、日本の野球でアウトを表現する「死」も、しっかりと明記されている。
そこでアウト=死とされているその由来を調べることにする。
文献を引きたかったが適切な文献に辿り着けなかったので、個人的に解説をしている方のnoteを引用しておく。
ここでは、野球殿堂入りしている中馬庚という人物が、明治時代に野球を普及させるにあたり、「戦」に例えてアウトを「死」と翻訳したとある。
まだ武士的な価値観も少なからず残る中、富国強兵も叫ばれた時代。「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という言葉にも見られる、日本的な美学。
祖国や大切な人の為の「死」は、「美しい貢献」「名誉」としての価値もあったのだろう。
これは一つの「死生観」と言える。
このように様々な死生観を照らし合わせる中で、梅林の語る「死」について、何か見えてくるものがあるのではないだろうか。
死は怖いもの?
しかしこれはかなり特殊な例だ。一般的には「死」は「怖い」「終わり」「喪失」とされる。
だから人々は死後の世界を夢見た。
たとえば伝統的に西洋には「よく生きて死ぬと天国に行ける」というような死生観があるし、東洋には「死は次の生と繋がっていて、よく生きるとこの苦しみの流れから解放される」というような死生観がある。
死が罪や救済と結びついたり、輪廻や無常と結びつくことで、ただの「終わり」ではなくなるという物語の中で長く人間は生きてきた。
宗教はその代表例のひとつだ。
しかし梅林の語る「死」は、美化されたものでも、宗教的な色合いでもなく、もっと構造的で、死後ではなく「今」に目を向けるものだ。
私たちはここで「死」を巡る視点の転換点に立つことになる。
ハイデガーの語る「死」
「死への存在(Sein zum Tode)」
という言葉を知っているだろうか。
マルティン・ハイデガーの主著『存在と時間』の中での言葉である。
人間は生まれた時から死に向かって生きており、死を自らの限界として能動的に引き受ける時、「本来的」に生きる可能性が開けるという考え方だ。
ここで大事なポイントは3つある。
①死は出来事ではない
ハイデガーにとって、死は「いつか人生の最後に起こるイベント」ではない。死は常に自分に向かってくる可能性であり、人間が常に有限性を背負っている存在であることを表現するものだ。
②死は代替できない
他人の死を体験することはできず、また自分の死から逃れることもできない。死は最も「固有」な可能性である。
死を固有の可能性として引き受ける時、初めて自分自身として存在する。
③死は生を濃くする
死は恐怖を取り除くものではない。むしろ不安を通して、私たちを根底から揺さぶる。
しかしその揺さぶりの中で、私たちは「今、ここで、自分が選ばなければならない」という地点に立たされる。
ハイデガーは、「死」を、避けられず、固有であり、選択を問う構造として述べているのである。
「死」を前にして何をするか
野球は死を未来に追いやらない。
1打席毎に迫りくる可能性として目の前にある。そのアウト=死は打席に立つ打者固有のものである。そして選択と行動を問う。
野球とは、スポーツというレイヤーで死の構造を表現するものである。
『必ず死ぬ世界だからこそ、必死に生きる』
梅林が語ったこの言葉は、構造化された死の中で、不安と闘いながら選択を繰り返す、避けられないからこそ自分を最大限表現しようとする、その逃げ場のない地点に立ち返ることを意味するのではないか。
来年のチームにいるのかもわからない。
明日の試合に出られるのかもわからない。
次のチャンスが回ってくるのかもわからない。
そんな環境の中、共に二軍で戦う選手達に向けられたこの言葉は、きっと仲間達が厳しさから目を逸らさず受け入れて表現するためのエールである。
そして梅林自身の覚悟の言葉でもある。
可能性を表現する一打席は、死への覚悟からしか生まれない。
あとがき
梅林選手を応援する者として、推しが二軍ながら手締めの挨拶を頼まれる立場となったのは、素直に嬉しかった。
それだけ積み重ねてこられた年数がなせるものだが、育成落ちなども含めて紆余曲折あったに違いない。
推しというのを抜きにしても、その迷いや苦しみがあったからこそ出てきた、良い言葉だと思った。
(改めて、道新スポーツに課金している方は全文読んでもらいたい。)
私も応援する中で迷いや苦しみがなかったわけではない。SNSで不安な気持ちを吐露しそうになったり、寺社仏閣に行った時にはささやかながらお願いをしてみたりなどした。
しかし、このnoteを書く中で、勿論ハイデガーがすべてではないが、過度に過去を美化したり神仏への祈りにだけ逃げるのではなく、それよりももっと覚悟を決めて「今」を見つめ直そうと思えた。
今は二軍の挨拶担当。
でも一軍へのステップはいつか訪れる……ものではなく、目の前の一挙手一投足なのだと、そう受け止めて、これからも梅林選手に注目する。
