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ロロ『まれな人』を観てきて

渋谷ユーロライブにて、劇団ロロ『まれな人』を観た。

「まれな人」を漢字にすると「稀な人」。つまり、珍しい人という意味だろうか。確かにこの劇では普通とはちょっと違う人々が登場する。

突然、「明日、あなたにラリアットしたい」と電話をかけてくる編集者や、絶対に等価交換でないと気が済まない女の子、さらには刃牙の最強死刑囚ごとく「敗北を知りたい(劇中では確か負けを知りたい)」というセリフまで飛び出すヤンキーという設定なのにどう見ても弱そうな男の子など。

これらの人々は現実世界にいれば、確かに稀な人だろう。しかし、演劇というフォーマットの中では、舞台が宇宙だろうが、古代ギリシアだろうが、なんでも存在し得てしまうので、決して稀な人とは言い切れない。

では、そんな中であえて稀な人を中心とした舞台を描く意味はなんだろうか。

それは、演劇の中で観る側の「普通」を意識させたかったのではないだろうか。舞台上の稀な人たちが繰り広げる物語を見るうちに、自分の中にある彼ら彼女らとは違うところ、そして同じところに気付かされる。

単にこれだけであれば、通常の舞台と同じだが、本作の突出しているところは、稀さをその人自身を仕草や考え方で変な人として描くのではなく、学生時代の回想(いつ高的なモチーフ)も入れることで、学生時代に描いていた感情すらも「稀」として扱っているところだ。そして、それにより、自分の中にある「まれ」としていた感情まで蘇らせてしまうことにある。さすがロロの演劇である。

ちなみに、この演劇はPodcastでもラジオドラマのように配信されている。まず雰囲気を知りたい方はこちらから。でも、舞台は10/1までなのでぜひそちらもお早めに(勝手に宣伝です)。


ちなみに、話は変わるが、これと似た同じ仕組みのものが1つある。それはテレビ東京の番組『家ついて行ってイイですか?』だ。この番組は終電を逃した人に声をかけ、タクシー代を払う代わりに家に着いていくというドキュメンタリー形式の番組である。

本作は、人間の最もプライベートな部分である「家(部屋)」にあるちょっとした違和感や普通と違うものをもとに、撮影者であるADが質問することにより進行していく。ぬいぐるみが多ければその理由を聞くし、なぜかコンロに靴下が置いてあればその理由を聞く。

だからこの番組で最も重要なのは実は出演者ではなく、質問をするADなのだ。いかに声をかけた素人にある違和感を見抜き、それを補助線としてインタビューをすすめるか、が鍵である。

つまり、一見普通に見える人やテンプレ的に「酔ったサラリーマン」などといった人たちを「まれな人」へと変貌させるのがこの質問なのである。

と、ここまで書いたところで1000文字になってしまいそうなので、ここまで。番組『家ついて行ってイイですか?』については、過去Podcastへゲスト出演した際に話したこともあるので、そちらをぜひ。



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