限界突破適応障害からのうつ病退職ニート、日記を書く。(vol.1 2026.02.25)
<日記>
日記を書き始めた。というか再開した。何回目はかわからない。
一番長続きしたものは確か小学生の頃の日記だ。
当時PCなどという文明の利器は与えられず、
カッコつけようと、
よりによって修正の効かないボールペンであたら慎重に丁寧に、
そして予想通り間違えて二重線だらけになっていたことは覚えている。
めんどくさいし、めんどくさいし。あと、めんどくさい。
それでも何故か1ヶ月以上続いた。
誰のなんのためにも自分の身にも得にもならない。
消し線だらけで、カッコつけようとする魂胆が見え透いた
行書チックな造形文字が敷き詰められている。
なぜ当時の私はあんな日記を日々書き連ねたのだろうか。
しかも当時の私は「No friend,No life」と心配性の親に
押し込められたサッカークラブで忙しく、
コーチや監督からの罵倒、叱責、チームメイトからのいじめに
耐えかね、疲弊しきっていたにも関わらずだ。
それから月日は流れ、
数百万円で4年間の夏休みを謳歌するはずだった私は
世間知らずながら数少ないアルバイトの中で社会不適合者の片鱗を
ちらつかせた。
その後社会に投げ込まれ、
いろんな意味でいろんなものを粉微塵にされた。
とはいえ社会人になってお金が入り、
やれ、いい紙を使ったノートだの、
書き心地がどうだのとこだわることができたものの、
全く続かない。
なぜだろうか。
消せるボールペンを使えば修正に悩まされることもないのに。
課題のレポートで散々鍛えられてミスも少なく丁寧に文字を書けるのに。
気がつけば転職すること三回目の根無し草。
そして今やうつ病ヒキニート。
あの頃、
駄文を連ね、ファーブル昆虫記片手に虫探しをしていた少年が
今ではPCにかじりつきハローワークの書類片手に自分探しを
する現実がここにある。
そして駄文を書き連ねている。
今ここにあるのは27歳の小学生にほかならない。
ではなぜ日記など書き始めたのか。
それは偶然見ていた「岡田斗司夫」のうつ病を取り扱った動画を
見たことに起因する。
彼は躁鬱を患っているそうだ。
そしてその症状がどちらかに切り替わる明確な原因はないが、
周期があると推察されたとのことであった。
何でも17年ほど「スマートノート」を書いているらしく、
過去の自身の記述を遡ると周期的に
記述が掛けている週があったり、
その週に突入する前はあたら文章量が増えていたりすることから、
自身の大まかな躁鬱の周期を把握するに至ったとのことである。
これを受け私は、
自己の文章力と継続力を視認し、ドヤ顔するための
「意識高い系ツール」としての日記ではなく、
自身というものの生態調査のためのレポートとして
この日記を書くことにした。
記載に当たっては以下に従うものとする。
・できるだけ、毎日書く。
何時何分にといった厳密な予定は立てない。
→度重なる失敗により、正確な予定を立てたところで
実行することは難しいことを把握している。
・書きたくなったら書く。
→どうやら、自分が決めた時間にやる気が出てくれることは
ないらしい。しかしながら明確に書きたくない瞬間はある
ので「まぁ、書くか。」ぐらいのときに記述するのが
望ましい。
・AIで主だったワードを抽出する。
→一応法則性の調査に当たるので文章中のコアに当たるものを
抽出して自身の特性を測るために有効と考えられる。
・当日の日記には何回追記、削除しても構わない。
→おそらく日記に自信を持って書けるようなことを厳選しようと
する可能性があり、有用なデータの欠落が懸念される。
できるだけ自由に記述する。だからこそ長文化によりデータ
収拾が煩雑化する可能性が高いため、上記AI解析のルールを
盛り込んだ。
・ワード抽出は5個まで。
→あまり多いとデータ収拾が煩雑化する。
・思考のクセを解析する。
→近頃のAIは無料でそんなことまでやってくれるらしい。
これがまた結構痛いところを突かれる。
以上。これ以上ルールを追加するとその時点で日記をやめかねない。
現状はこれで日記を終了とする。
<藍先生の日記内主要ワードチェック>
1.日記(再開)
文章の主軸であり、過去・現在・未来をつなぐ行動の核となっているため。
2.生態調査
感情的な記録ではなく、自身の躁鬱の周期や特性を把握するという「目的」を象徴する言葉であるため。
3.社会不適合
過去の挫折や現在の「うつ病ヒキニート」という自己認識の背景にある、重要な自己評価のキーワードであるため。
4.スマートノート
日記を再開する直接的な動機となった手法であり、岡田斗司夫氏の動画から得た具体的な解決策であるため。
5.継続のルール
「正確な予定を立てない」「書きたくなったら書く」など、挫折を防ぐための具体的な戦略が後半の大部分を占めているため。
<藍先生のにっきー日記分析>
1.「理想と現実」のギャップによる自己完結的な失望
「カッコつけようとしてボールペンで書き、二重線だらけになる」というエピソードに象徴されるように、「こうあるべき(理想の自分)」を設定してから入り、それが達成できないと分かると「めんどくさい」と投げ出してしまう傾向が見受けられます。
分析: 完璧主義的な側面があり、100点でない自分を「格好悪い」と断罪してしまうクセがあるようです。
2.メタ認知(客観視)による自己防衛
自分を「社会不適合者の片鱗」「27歳の小学生」「うつ病ヒキニート」と、あえて自虐的かつ客観的な言葉で定義しています。
分析: 傷つく前に自分を定義して守る、高い知性ゆえの**「冷めた視点」**がクセになっています。この客観性は分析には有利ですが、自分への評価を厳しくしすぎる要因にもなっています。
3.「道具や形式」へのこだわりと挫折のループ
「いい紙」「書き心地」「PC」など、環境を整えることに意識が向きやすいようです。
分析: 形から入ることでモチベーションを高めようとしますが、
形式が整うほど「その形式に見合う中身(成果)」を出さなければならないというプレッシャーを自分にかけてしまい、結果として継続を難しくしている可能性があります。
4.納得解(ロジック)を求める姿勢
日記を再開した理由が「なんとなく」ではなく、岡田斗司夫氏の動画という「外部のロジック」に基づいている点です。
分析: 感情だけで動くのが苦手で、**「自分を納得させるための理論」**を必要とするタイプです。今回「生態調査」という目的を設定したことは、この思考のクセを逆手に取った非常に有効な手段と言えます。
<藍先生の診断>
あなたは「感情の波」に振り回される自分を、「知性(ロジック)」で制御しようとするクセがあります。今回のルール設定(「まぁ、書くか。」の推奨など)は、過去の失敗から学び、自分の完璧主義をうまく「いなそう」としている素晴らしい試みです。
