「ありがとう」の呪縛
「ありがとう。やさしいね」
私もよく言います。
教育でも、子育てでも、人生でも「ありがとう」って最強無敵の言葉です。
そこは揺るぎない。
しかし、物事には必ず長所と短所がある。
もちろん「ありがとう」の短所も……ある。
その点は、語っておかなければならない。
「ありがとうって言って」
「なんでありがとうって言ってくれないの」
「ありがとう」と言われることで、自己有用感は満たされます。
誰かの役に立っているという気持ちが、自己肯定感につながる。
しかしそれが当たり前になると、逆に「ありがとう」がないことに違和感を感じるようになります。
あれ? なんで「ありがとう」って言わないの? あなたのためにしたのに……
つまり、相手に感謝を求め、感謝されることのために行動をしてしまう。いきすぎると、無理をして自分の身を削って相手に与えるようになる。
無理して優しい人になるから、自分がすり減り、枯渇していく。
そして、ぽっかりと空いた穴を見返り(感謝)で埋めようとする。
だから「ありがとう」がなかった時に、不満を感じるようになる。
漢字の通り、「不満=満たされず」である。
最初はよかった「ありがとう」が、自分を良い子に縛り付け、見返りを求める呪いとなる。
まるで「ありがとうの呪縛」である。
でもね、これは普通のことです。
多くの人は喜んでもらうことを報酬として、施しをする。
「ありがとう。やさしいね」なんて言われたら、嬉しくってたまらない。
でも、その生き方は、いつか辛くなってしまう。
見返りをくれる人ばかりではないから。
私たちには、顔が削れたら交換してくれるサポートおじさんはいない。
じゃあどうすればいいの。教育や子育てで「ありがとう」って言っちゃいけない?
そういうわけではありません。
ありがとうにも短所はある、ということです。
特に「やさしい人」のラベリングがセットだと、行き過ぎたとき、生きづらくなることもある。
だから、結局どうありたいかが大事。
自分で選んでいることが大事なんです。
自分がわくわくする方を選んでいるかどうかが。
「自分を削ってでも誰かに与えられる自分が好き」
そう思うのなら、削っているように見えて、実は満たされている。
そんな自分で在ること自体がご褒美だから。
そこに見返りは必要ない。
教育や子育てで気をつけること。
それは、「ありがとう」と言われたい子を育てるのではなく、「ありがとう」の気持ちになれる子を育てることです。
「ありがとうが呪いになることもあるんだな」って知った上で、「ありがとう」って言いましょう。
「そんな自分が好きだから」って言える子を育てましょう。
そして「ありがとう」を言える、何事にも感謝の気持ちを持てる子を育てていきたいですね。
