正義の味方
勧善懲悪的に行動する人のことですが、弱い人を助けて悪い人を懲らしめる。両親の時代、昭和なら水戸黄門。悪ものは画面に出てくるなりすぐにわかり、番組の終盤にはコテンパンに懲らしめられる。が、正義の味方は、その人を傷つけることはなくもちろん息の根を止めることもない。
そんな人がまた悪さをするかもしれないのにヒーローはすんなり逃がす。
最後まで悲惨な場面を見ることもなく、「よかった、よかった」一件落着。
そんな分かりやすいストーリーでも毎週楽しみにしていました。
今は最後にどんでん返し。味方だと思っていた人が実は犯人であったり、全員が怪しかったりと、単純なものは少なくなりました。
私も最近は以前の単純なドラマの方が気が楽になってきたような気がします。再放送の文字を見るとついつい見てしまいます。途中から見てもよくわかる。1週間見逃していても、大丈夫というのがいい。
きっと考えることが面倒というか、疲れるからかもしれません。
子供の感覚に帰っていると言えばいいように聞こえますが…。
昭和のテレビは今から考えるとほとんどが分かりやすいものばかりでした。
なのになぜ飽きもせず毎回楽しみにしていたんだろう。テレビが家庭にやってきたころは番組も少なくて、チャンネルの主導権は父親にありました。
前回の東京オリンピックをテレビで観ることが出来た!それは一大ニュース、皇太子殿下の結婚式。おとぎの馬車のようなパレードは何か別世界に見えました。
もちろんシロクロ。だいぶたってからカラー放送になりましたが年寄りは赤い血を見るのが気持ち悪い!と言ったものでした。最近写真でもモノクロがレトロで素敵!と人気があるそうですが、時代は巡っています。
その当時のおとなもなんだか可愛らしい。こどももおとなも今よりは純粋だったのかもしれません。
力道山は空手チョップでヒールを倒すヒーローでした。私は怖くて残酷なけんかにしか思えず…。
しばらくしてアメリカのテレビドラマ、スーパーマンはさっそうと登場しました。
それまでは月光仮面や、仮面の忍者赤影参上!手作り感満載でしたね。
一つお思い出すとパラパラといろんな番組の断片が箱の中から飛び出してきます。
そこには必ず画面の外で一緒に戦っている甥や、最後の場面で一緒に頭を下げている祖母や、野球は必ずビール片手の父。その家族の横顔を見ている私がいます。
夏の夕方、少し涼しくなった庭に水を撒いて、風鈴がちりーんといい音。
何もない、何もないから幸せな日常があったように思います。
今日もいい日にしましょう!
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