生まれた意味 人生は綿帽子
プロローグ
生まれた時はみんな同じ赤子です。親になってくれた人とは奇跡の出会い。すべて頼って人間としての一歩を踏み出すことが出来たことに感謝しかありません。
時は経ち、それぞれの環境で、外見も、考え方も、癖もみんな好むと好まざるにかかわらずひとりの人間として作り上げられてきました。
それは親にとっては重大な責任を負わされたような任務だったかもしれませんが、何をもって立派な子供に育て上げたかはわかりません。
まずは健康、成人までは…。と願うものです。また世の中で生きる力を備えてほしということも。
成長すると、自分自身に悩み、環境や親を怨む人も出て来ます。その反対にそんな逆境の中から這い上がって、親より逞しく生きていく若者もたくさんいます。どんな親に出会うかは宿命と言えるでしょう。しかし運命は変えられる!と言った人がいました。
小さなころは豊かに生活している子が羨望のまなざしでクラスメートには映ったことでしょう。それだけがすべてではないことにいつ気が付くかそれはその後の人生で大きく影響することもあります。
逆境から這い上がる強い精神を備えるか、ただ人を羨むだけの人物になるかはある程度手本である親の生き方でも違ってきます。
その違いはどこから来るのでしょうか?一生順風満帆の人はいないと言っていいでしょう。その人に歴史あり!で、どのラインが平凡な人生だったと線引きするのかは難しく、いろんな苦労の仕方?があります。
試練は克服できる範囲でしか与えられないと言います。大きな苦労を頂いた、ありがたいとその時思える人はほとんどいないでしょう。後からあの時があったからと懐かしむものです。
コンプレックスを持つのも同じこと。なんで自分は人より容姿がめぐまれていないのか、人からちゃんと評価されないのだろう、どうしてモテないんだろうと。
そんな時、この体 自体、この世に生まれるために借りたモノ!と思えるか。そうと気が付かずぞんざいに扱ってきたのではなかったか。
お返しするまで、今まで付き合ってくれた体をもう少しいたわる気持ちも持ちたいものです。
昨年、左手首を骨折して、今はすっかりもとどおりになりましたが、今まで手足の事、そんなに意識していなかったなあと思いました。
その体が一番フィットしているから天から貸し出された。
そう思うと、自分の体をもっと大切にと今更ながら思います。
体のどこかが痛んできた時、それを恨めしく思う前に長年付き合ってくれたことに気が付く。よくついてきてくれたなあと。
ドアの蝶番が壊れた時「よく働いてくれたねえ」とねぎらうと言った人がいましたが、自分の体も同じ。
たまには悲鳴を上げることで「酷使に気付いて!」とサインを送っているのかもしれません。心身ともに穏やかでいることはなかなか容易なことではありませんが、借りたものは最後まで大切に扱いたいものですね。
最近容姿も身体も劣化がひどく若い時にシニアの方がそのことを大変悩んでいたのを思い出しました。私もあんな風に抗うのかなあと漠然と思っていましたが、実際その年になるとあまり気にならない自分が鏡の前に立っています。現実は残酷ですが、なんだか自然と受け入れています。たるんだ顔を見るたび「古希なんだもんねえ」と自分に。だんだん母に似てきたような気がします。それもまた感謝です。
命ははかなくて美しい。
久しぶりにほっこりするお話を読みました。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」
平家物語の冒頭の言葉です。恥ずかしながら高校生になっても祇園とつくからには京都のお寺のことだとばかり思っていました。
「祇園精舎」はお釈迦様がご在世の昔、給弧独長者(ぎっこどく長者)が布施をしたお寺の名前であることを知りました。
修行中の弟子たちは死が近づくと、祇園精舎の中の無常堂に入って命が終わるまで祈りました。
そのお堂の四隅の軒に鐘が吊り下げられており、修行僧が命を終わろうとするときに響かせて極楽浄土に導いたとされています。
きっとその音色は寂しい、悲しい、切ないというよりも送り出す側にも穏やかな響きだったのではないでしょうか。
また一切の物は永久ではないこと。人の命にも限りがある。
この世のはかなさを説いておられると思っていましたが「ありのまま」の大切さを知るということでもあるそうです。
前世、後世があると思うのか、只々自然の一部として土に還るのか知るすべくもありませんが、その人が納得でき信じることが出来るならそれが信仰だと言えるのかもしれません。
人間の体、心も諸行の一つですが、そこにとどまらず宇宙全部が諸行だと思えたらすべて無でできた世界に生きる私たちであることが分かります。
そんな世の中で、私たちは森羅万象すべての物が露と消え、また生まれることを分かっているからこそ永遠を求めてしまう癖があります。
人の出会いも、友達、子供、夫婦、両親、たまたま巡り合ってその時を共にするはかない存在ですが、それだからこそ一期一会を大切にしたいものです。
釈迦のお話の中にはこの世はすべて無常であることがいろんな場面で説かれています。ある少年が七歳になった時両親は嫁を選んで結婚式をあげることになりました。いよいよ婚礼の日親族たちは少年に豪華な衣装を着せて盛装させると行列を作って少女の家にと向かいました。
幼くて可愛い花嫁もきらびやかな衣装に身を包んでいます。ある長者がお祝いの言葉を述べました。「花嫁さん!あなたのひいおばあさんのようにいつまでも美しく長生きして幸せになってください。そしておばあさんのように一族中から尊敬されるようにね。」それを聞いた少年は嬉しくなってそのおばあさんを探しました。
すると親せきの一人が「目の前にいますよ!あの上座の120歳の白髪で杖をついている人がこの子のひいおばあさんですよ。」少年はびっくりして「えー、あのしわくちゃでシミだらけの梅干しばあさんが?」いくら100年以上も先とはいえあまりのショックで少年は逃げ出しました。7歳ですもの!私もお婆さんは初めからお婆さん、子供はずーっと子供だと思っていました。
ともだちはスマホ写真は必ず修正バージョン。10歳は若返って見えますが、実際のギャップにショックを受けるそうです。
この世にあるものはすべて壊れやすく今ある美しさもいつかは朽ちていく。親や自分の寿命さえ保ち続けることはできないということです。
最近思います。
幸せになりたいと人は夢を持っていろんなことに挑戦します。
それがすべて叶うというのはまずないということもうすうす感じていても
自分を奮い立たせるカンフル剤はこうなりたいと思う強い意思。
50代半ばまで物欲の塊だったという友達は手に入れた瞬間幸せ!と感じてもそれは永く続くものではなくそれもいつかは形を無くしていく現実。穏やかな気持ちを維持することもちょっとしたタイミングで脆くも崩れて不安定な気持ちでいる方が長かったようだと話してくれました。
自分のものにするということが最大の幸せ探しと思っていた矢先。
大きな病名を告げられて病院の窓から見える穏やかでキラキラ輝く瀬戸内海の海や低く連なる青い山脈を眺めているとなんと心が洗われる情景を今まで見過ごしていたのかと改めて感じたそうです。
あ~健康であることの有り難さ、足るを知ることへの感謝の気持ちはちょっと胸が熱くなるぐらいだったとか。
久しぶりに会った彼女はそれなりに年を重ねていましたが、以前よりもいぶし銀のようないい意味での枯れ方?をしていて、充実の毎日であることがうかがえるような落ち着きがありました。今は毎日の散歩で見上げる空の蒼さや小鳥のさえずりを聞くこと、枯れ葉を踏んでそのガサゴソと言う音を子供のように楽しんで…。と。
倖せは感じるものと言う言葉を思い出しました。
やにくもにいろんなものに抗って生きてきた時も自分であったことに間違いはありませんが、小さな存在の一人も自然の一部。その中に身を委ねることで体も心も柔らかくなるのかもしれません。
抗うも同じ道
つくづく思います。ここにきて個人差と言う言葉。
55歳の友達は野菜が嫌い、お酒大好きで気ままにここまできましたが、最近はたばこ。精密検査でいろいろ出てきました。髪も真っ白で73歳の友達が並ぶとどちらが年上なのかわかりません。
その若く見える方の彼女が節制しているかと言えばそうではなく、食べることが大好き!誘うとほとんど参加します。いつも楽しそうで、困ったことがあっても何とか彼女なら乗り切るだろうと思える安定した精神の持ち主です。
人に気を使い、慕う後輩にはとことん可愛いがるもう一人の60代。
最近みんなが離れがちです。一見面倒見が良さそうなのですが、思いもよらない冷たい態度や優しさが微塵も見えない行動をすることがあります。思いやりにも持久力が必要なのでしょうか?
家族ではないのですから、お世話がとことんできるわけがないのですが、相手はどっぷり頼って彼女を母親のように思っています。それが当たり前、なんでもお願いしてしまおうと思っていると肩透かしを食らうこともあって…。
本人は気を使いすぎて疲れているのか、たまに表情に素が出てしまう。皆に好かれたいとはまだまだ乙女心?なんでしょうが、気使いも体力、気力がいるようです。どんなことも無理は禁物、長くは続かないものです。
若い時ならテキバキとこなせた人間関係の難しさも、年齢を重ねると、気持ちと体がついていけないというところでしょうか?
ジョッギング、ランニング。ジムに通って体を鍛える。山登りもヘッチャラ!そんな人がいるかと思えば、階段をあがれない、正座が出来ない。腰が…。と老化の現実を叩きつけられている人もいて、同年代、何がこんなにも差をつけるのかと…。
必ず足腰は弱り、内臓も。贅沢はしなくてもメンテナンスや治療で、遊ぶより病院通いの方が忙しいと聞いたことがありました。
それは悲しい、情けない!ことではなくて、いよいよ私もその年代に突入となりましたと抵抗なく言えること。身体や心の環境が違ってくると見えるものも変わってくる不思議。今までの裏側を見る!みえる。ということなのかそれがまた面白いのです。
今までお年寄りにしていた小さな親切も実際自分がなってみるとえらくうれしくて「ありがとう!」と素直に言えるのです。年寄り扱いしないで!とへそ曲がりの私は思うであろうと想像していた若いころ。嬉しいことにそうではなくてこれもまた新しい発見です。
自分の体と心に今一度向き合う時がきたと思っています。
若くいることは素晴らしいし素敵なことですが、それぞれの肉体やハートの老いは環境で違っています。
ならば人と比べるのではなく、内なる自分との折り合いとでも言いましょうか。
ひとりの中のもう一人の自分をいたわりながら、応援して過ごす時期が来たのかもしれません。私を愛せるのは私だけ…。うまいこと言うなあと感心した歌詞。
今ある体と心が等身大。その中で無理をしないで日々を楽しむ!これに尽きるようです。
身体は衰えても、心はいつまでも瑞々しくありたいものです。
正解のない人生
これをすれば大丈夫!とかこの通りにすれば幸せになれると本当に信じている人はどれくらいいるのでしょうか?
仕事でも人間関係でも成功する方法のHOW TO本がたくさん出ています。
SNSでも溢れる情報、もしかしてと思えるタイトルに飛びつくと途中でOFFにすることの方が多いようです。
私は今股関節の具合が悪くて、3年ほど前は歩けば治るみたいな方法を実行していましたがますます。長年通っていた整体も若いころと体が違ってきたのもありますが、その衰えに施術のすばらしさも追いつかなくなってきたようで考え方を変えるようになりました。
1つは長年使ってきた体をいたわってこれはこれ。そうやって人は年を重ねるのだと。たまに以前のようになんとか少しでも楽になろうといろんな情報を見ることはありますが、大きな時間の流れを留めることはできず、ましてやそれを逆流させることは不可能でその丁度いい塩梅、少しは我慢も必要でその中でも体を長持ちさせる工夫をするようなりました。
以前のように走れたらとか階段を駆け上がるという夢!はほぼなくなってきましたが、一歩の大切さが知らぬ間に目的地についているという安心感をありがたく思っています。
50代の知り合いの中には、顔を小さくしたい、細くなりたい。洋服をたくさん買いたい。と欲がたくさんあってそれはそれで活力になっている人と苦しむ材料になっている人などそれぞれです。
周りにモノがたくさんあることが幸せの証と思われていた時代。皆踊らされた時期もありました。
その終焉は日本中を落胆の経済社会に陥れた時期もありましたが、個人の考えの中にその時の浮かれた自分がまだ生きていて物欲の塊を捨てきれずにいる人もいます。
こうすればと言う考え方はその人から発せられることでいろんな人に当てはまるかと言うとそうでもなさそうです。
何が間違いで何が正しいのか、正解は不正解でもあって自分の考え迄も否定されたと思いがちですが、そう思うこと自体が迷いの渦にはまっていくことで、人は人でもそれもありかと思える人でありたいものです。
周りを見るのも必要で、ある程度 数の多さで判断することもありかもしれません。
正解を探すことがどんなに無意味かいろんなことにぶち当たった時考えるいい機会かもしれません。
母親の若い時の服やアクセサリーを身に着けるのが流行っているそうです。
古臭いではなくレトロと言う響きにかわいらしさを感じるそうで本人が気持ちよく暮らせるなら全部正解かもしれません。
限られた時間の中で
時間の使い方は人それぞれですが、流れている命の川も似ているようでまたそれも一人ずつ違っている。きっと自分に与えられた道であってそれを恨めしく思うのも楽しむもその人で決まるようです。
周りの環境を心地よいものにしたいなら自分を変えなさいと。
最近、体力と気持ちのバランスが崩れてきて、はたと気が付くことが多々あります。
それに逆らっていたのは若さというエネルギーがあったからだけなのか。
今となっては呑みこむこと、受け入れることで、自分の環境を整えているように感じます。それは只々我慢することではなくて自分の軸がしっかりしたなら何も怖くない⁉まだまだ修行中の私ですが、理解だけは一人前になったような気がします。
もうずいぶん昔のことですが、長い旅路、途中での寄港は降り立つことのない国を少しの時間、肌で感じることが出来た貴重な時間でした。「さっさと目的地に着きたい!」という人もいましたが、当時はそんなに長時間飛行することが出来なかった飛行機の燃料キャパ。何度か途中で寄港することがありました。
その土地で観光することもない、「それをどう楽しむの?」と言われても答えようがないのですが、そこを往来する人が交わす言葉の違いやカフェでのコーヒーの香りさえも違うかの地。空気さえも湿っぽかったり乾燥していたりで独特の香りは空港を包んでいるようでした。
ランプには見たこともない飛行機が停泊していて…。数時間のちょっとした冒険は楽しいものでした。
人生も旅のようなものという人がいます。
自分の意思で歩いているように見えて決してそれは幼いころ、または青春時代に描いた未来ではありませんでした。
一時夢が叶ったように思えた時期もありましたが、今から思えばほんの数年のこと。それよりも想像もつかない道が待っていました。
そんな時日常からふっと自分を飛ばしたくなる時もありました。それは逃げるのではなく一時の別世界。そこに身を置くことで、気持ちをニュートラルにしてもうひと頑張りしようと思えたものでした。それは食事であったり旅行であったり美術館に行くことであり、そっと心がつぶやく逃避旅行。
それがあったから乗り越えられた。そうしたから自分に納得が出来たと。
今はそんな逃げ出したいと思うようなこともなくなりましたが、これを望んでいたかというとちょっと違うような…。楽しむことだけ考えて…。
蒼い星に生まれて
この世には自分の物と思っていても一つとして個人の所有物はないような気がします。この命さえも預かりモノ。何のために生まれたのか?という難問は解けないままに進むのでしょうが、与えられたものに感謝して今は画像で世界旅行。不思議とそこの風を感じることが出来るのは幸せなことです。
この星に生を受けて瞬きほどの人生の中、今感じるのは強さでもなく悲しさでもなく、喜びでもない儚さの存在です。それは植物にも小動物にも見ること、感じることが出来ます。
それは寂しいのではなく哀れでもない短さに心が揺れるように思います。
永遠は望んでも叶うものではありません。それを知っているのは私たちだけで、感情が無いと思われている草花はその花で、実で、繋げようとします。真っ赤な花をつけて誇らしげであっても時が過ぎ朽ちるのはちゃんとわきまえているから毎年同じところできれいな姿を見せてくれるのでしょう。
動物もしかり。私の傍にはいつも犬がいてどちらかと言うとポーカーフェイスの秋田犬や柴犬たち。飼い主の目から見るとちゃんと要求があったり嬉しさを爆発させたり、すねたり叱られるとうなだれたりと物言わずとも分かり合えたものです。
でもいつも思います。近寄ると小さくお尻尾を振って愛情表現をしてくれる愛犬もその瞳の奥。何とも言えないせつなさを感じることがあります。それは私の感情が乗っかってそう思えるのかもしれませんが、その同じ目を町猫にも、隣に住むラブラドールにも宿っているように思えるのです。あたかも生きること自体が儚くてそれを受け入れているからそんな目になるのでしょうか?
別れがある、それを知っている私たちだからなのは解っているのですが、あ~切ないと。
もつれた糸をほどくのも自分自身
あんなにひどいことをされて許せない!ともう何年も前の事。
知り合いの女性は職場でいじめられた体験をいまだ根に持っています。もう一人の40代の女性は男性に裏切られて二度と結婚はしない!
これからはひとりで生きていくと決意しているようです。誰しも人から嫌なことを言われたり、貶められたり裏切られたり、こんな悲しい言葉の羅列は本当につらいものです。
許すことが出来ないのはいつまでもその人が気になっている証拠。
自分が上手くいかなかったことをそのせいにする人もいますが、それでは新しい一歩は踏み込めないように思います。まだ同じ環境にいるのなら顔を見るたびにふつふつと怒りが湧いてくるかもしれませんが、その解決法はどこにあるのでしょうか?
何も無理やり自分を滅して付き合う必要もなさそうですが、みんな優しいのかやっぱり歩み寄ろうと努力して、またまた同じ目に合う。
それは今までの経験をうまく学んでいないのか何とか修復したいという善の心が美しいのか…。
この世は仮の姿。と聞いたことがあります。いくつもの困難を乗り越えてそれぞれの人生があります。
聖人のようには心の安定はないのと解っているのにそれに向かって何とかもがきながら生きていくものかもしれません。
私は忘れっぽい性格ですが特に人間関係はあっさりを良しとしています。深入りしなくても今となっては考え方にいろんな経験が役立っているように思います。浅く広くが今やその領域さえもなくなって今の環境を楽しむことに絞られてきたように思います。
その人との関係がどうもうまくいかなかったり、嫌な気分になるのならその人とは離れて違う場所で学習すればよいとも思います。
また全ては自分に返ってくるということも分かってきました。
それを予め計算して人と接するというのも自分にとって居心地の良いものにはなりません。こんなに気を使って相手を思っているのによいように思われないとぼやく人もいますが、それはどこかその打算的な行動を見透かされているのかもしれません。
全員に好かれようとする気持ちがそもそも無理なこと。反対に自分が全員を愛せるかというと決して…。
意見が合わなくても長い付き合いの人もいるし、この人と仲良くしたいと思っても距離がちじまらなかったり…。複雑な世界に私たちは居るということでしょう。
自分の気持ちがフラットなら、許せなくとも流せることを覚えます。
感情がある分自分で複雑にしているのですから、たまには自然の小動物。
何の悩みもなさそうに遊んでいる姿に倣ってもいいかもしれません。
人それぞれにこだわりがあっていつまでもしがみついていることや抗ってうまくいかない現実にもやもやしていること。一つや二つあるようです。自分の気持ちにそれが応えてくれないのは自分のせいではなくて周りが悪いと押し付けがちですが、他人のせいに出来ないのが年齢を重ねることで現れるさまざまなことです。
折り返しの50歳
50歳半ばになると女性には分かれ道が待っています。いつまでも若くいたい。私はほかの人と違っていつまでも外見は若く見えるし大丈夫!という自信がまだまだ溢れていて何のためらいもなくアンチエイジングに拘る道を選ぶ人。一方はもう50歳!最近体の所々が痛いし、風邪を引いてもすぐに治らず、他人の言ったひとことがいつまでも過って許せない、もう一緒にいるのはごめんだ!と決別宣言。
どちらの道が正しいかではなく、どちらもこれからの人生、工夫が必要な考え方だと思います。
女性の身体と気持ちは繋がっているようでばらばらで、自分でもよく分かっていないところがあります。
それを分かってくれないと男性に言い放ったとしても無理なこと。
自分は女性と言う不思議な生き物でそれは魅力的でもあり、厄介なものでもあることを知らされる時でもあるようです。
そんなしがらみから解放される方法があるとすれば…。
一つは受け入れることと分かりやすい身近なものを捨てること。
50歳半ばの知り合いは若さを保つためにいろいろ努力を惜しみません。
若い時に成功したダイエット法を最近もう一度始めましたが、体調を崩して顔色もよくありません。
友だちに「体質が変わったのだから今はその方法があっていないのでは?」と問われても効く耳を持ちません。
ショッピングモールに行けば驚くほどあれもこれもと買いあさる様子は彼女の心を表しているようで切なささえ感じます。
話す言葉の節々に過去の豊かな生活や、バブルの時の派手な洋服を捨てられずサイズが合わなくなった今は、時折みんなに写真で披露します。
それでみんなの注目を浴びたとしても余計にむなしい数時間後が待っています。最近はお酒の量が増えたそうで飲み会に誘いますが、そんなにみんなが頻繁に付き合ってくれることもなさそうです。
今お付き合いしているパートナーのことをサラッとですが自慢しますが、うらやましいと思われる以上にその環境は満足できるものではないことが分かります。
全て後ろを見ているから今の自分が立っている位置がみえてないのかもしれません。
そんなぐらつく人生半ば目のやりどころで希望も湧きます。
少し目線を変えれば新たな自分がみえてくるようにも思いますがいかがでしょうか?
悩むことは今の状況から脱したいというパワーに繋がります。
でもそれを破ってそこから出てくるのは自分の力。
その年代にしか見えないもの、体験できないことがいっぱいあります。
もう自分はあの時とは違う人物?ぐらいに達観すれば若い時の好奇心は違った景色を見せてくれます。
未練はいつの間にか思い出の1ページとなりたまには心休まる時間をくれます。
許す心
毎日いろんなことがあって一つとして同じ日はありませんが、その日々が楽しいものになるのかそうでないかは自分の気持ち、心が整っているかそうではないかで決まるようです。
人の言うことを真に受けて傷ついたと腹を立てたり、そのマグマをほかの人に投げつけたりと自分の感情をフラットに戻すために周り迄巻き込んで、
ちょっとした嫌な雰囲気を生んでしまうのは女性あるあるです。
最後には何も解決できないことが分かっていても自分が納得できず正当化して終わりたい。出来れば謝ってもらいたい!そこで手を打ちましょか?みたいな…。
話はえらく飛びますが、それは30年も前の事。ある日義父がタクシーに乗っていて、若い男性の運転する乗用車に当てられて入院するという事故がありました。
警察から朝 自宅に電話があり「交通事故にあって救急車で運ばれました。病院は…。」と淡々と伝えられたのですが、「命は大丈夫ですか?」と聞くのが精いっぱいで…。
幸い命に別状はなかったのですが、義父はすでに70歳を超えており何か月も病院で過ごすという何とも怒りをぶつけるにも回復を得るためには何にも役に立たない感情だけが残りました。
当初は事故を起こした相手にしかるべき罰則をと穏やかな義父らしからぬ厳しい言葉が発せられていました。母親に連れられてその男性が来ましたが沈黙の時間だけが流れました。
身体が丈夫であることは大正生まれの義父の自慢でした。身体の弱い義母とあえて結婚したのも自分が丈夫ならこの人を助けられる!と、その時も父の懐の深さにちょっと感動したのも覚えています。
主人は毎日病院に通い30分ほど話して出勤する毎日が続きました。
いろんな話をすることで義父の気を紛らわせたり、頭の老化を遅らせるためにもと。
すると義父から「最初は憤りしかなかったけれど、今は若い青年の未来を考えるとこのことを忘れずに生きてもらいたいな。私にも今まで人に迷惑をかけたことがあったんだから罰!が当たったんかもしれんなあ。」と話したそうです。しみじみと話す主人の顔も覚えています。
品行方正を絵に描いたような人の口から出た言葉に私は胸が熱くなりました。オーバーですがこれからもできるだけ義父に尽くそうと思ったものです。
自分の心が整っていればどんなことが起こっても良い方向に進んでいける。事実の捉え方は自分次第と感じました。それから日に日によくなって義父は90歳手前までの大往生。
それこそ天からのご褒美の様な生きざまでした。
いつも自分の心が荒みそうな時、正当化しようとするとき義父のあの時の言葉を思い出します。
忘れることは成長した証
恋愛でもそうですが、別れてからも忘れられない人がいる。
何とかして元のさやに戻りたい。と思っても相手の気持ちは冷めきって覆水盆に返らずです。それは只々ご縁が無かったということですがそれを昇華するにはその人の踏ん切り度合いによって短くも、長くもなりえます。
新しい道を選んだならあの時我慢して付き合わなくてよかったということがままあります。またそうでありたいものです。
感情の一片だけが甘い蜜の味であってもほとんどの部分相手に支配されて自分を失っているのが幸せと思えるなら別ですが…。
対人関係でなくてもいろんなことを捨てきれないのはそのものの後ろ側にある思い出をいつまでも忘れられずにいたり今の状況が上手くいっていないときその楽しかった過去を思い出すモノを通して現実逃避しているのかもしれません。未練はほどほどに。
過去に拘ってそこで藻掻いていたとしても、何の解決にもなりません。気持ちを切り替えることを恐れる人も少なからずいます。
いつまでもぬるま湯につかっていてもいずれはそのお湯さえも冷めてしまってそこから出て行かなければいけません。季節のせいなのか、なんだかすっきりしない気持ちでいる人がいます。
原因がいくつかあってどれとは断言できないそうですが聞いて行くうちにそれは最近、自分が思った通りに行かなかったり痛いところを突かれたりと自分だけが取り残されているのではないかと感じているからだそうです。
そう感じるのは自分だけで他人は全くと言っていいほど無関心です。
そう言ってしまえばおしまい!と言う人もいるでしょうが、自分を元気にするのも自身。慰めるのも叱るのも奥底にいる自分!それとの対話かもしれません。
過去を変えることはできません。また変えたいとも思わない。
人生で変えることが出来るのは自分と未来だけということです。
人を批判することは簡単ですが、問題解決の糸口にはなりません。
過去を恨んでも何もいいことはなく、後戻りの感情だけが残ります。
今が一番幸せ
定期的に飲み会をしますが、あるグループは趣味のことで話がはずみます。
もう一つは最初はみんな笑ったりいいお酒と言えるスタートを切るのですが、いつも遅れてくるアラフィフの彼女が席について乾杯からの数十分後、
いつものように少し酔いが回って彼女の過去の話から今の職場での愚痴が始まります。
優しい人は毎回同じ内容に相槌を打ったり、「わかる、わかる。」と話を合わせるのが上手です。ニ、三人はその会に来なくなりました。
それは毎回同じような内容はその人のための会であって、楽しくない!なのでそんな愚痴を聞いて割り勘なの?とはっきりとした理由で退会します。
その他大勢はまあい一か―。となり何とも消化不良の時間を過ごすこともあり
そろそろ私もお暇をと思うのですが…。
彼女の若い時の武勇伝や認めてもらえない悔しさ、頑張っているのに分かってもらえないことなど延々と続きます。
そんな自分を憐れんで、それを上司のせいと言い切ります。
何処にでもあること、どこにもでもいる人ですが、そんな楽しくない毎日に耐えられる精神を持ち合わせていることに驚きます。
私ならとっくに見切りを付けるかなあ?
「なぜ辞めないの?」と聞かれると「何度も考えるよ!でもね。」と言いますが質問の答えになっていません。
ならば「解決策はないのか?」と初老の紳士に聞かれて「違うんですよ。毎日毎日私ばかりが責められるんです。」またまた道が外れています。答えはどこへ!
変えられるのは自分だけ。それが出来れば未来も開けるというもの。
そのちょっとした気持ちの切り替えでずいぶん周りも違ってくると思うのですが…。
「いつの時代に帰りたい?」と問われたら「今が一番。」と間髪入れずに答えます。それは心が痛まないから。今になってそれが一番尊いとわかったからだと思います。
距離感の大切さ
それぞれの家族の事をたくさん知っているほど仲がいいと言いますが、私と友達はそれほど知らないし興味もありません。だからと言って、硬い話をするでもなくただ同じ空気を吸えるその会が心地よいので誰かが集合を掛けます。不思議とそろそろと思う頃にお誘いがあり、私が骨折をして以来なのでもう半年ぶりです。
先に来た人がビールを呑んでいたり、サンドイッチをほうばっていたりと勝手気ままです。待つことをしないのは案外少々の罪悪感はありますが、みんな気にしません。
みんなと言っても4人。年齢もばらばら。その人ごとの考え方ややはり年代も加味して面白いと思える違いがあります。
40歳の医療従事者の彼女は一時は大変な日常を送っていましたが、それも落ち着いて幼稚園児と小学生の子供と日曜日には新しくできた水族館に行くそうです。家族の大切さを身に染みて感じたことと明日はどうなるかわからないという危機感もあり出来るだけ楽しい思い出を作ろうとしています。
30歳後半の女性は今職場で嫌がらせをうけているそうですが、少し前の彼女なら頭から煙?が出そうなくらい憤慨していましたが、今は淡々としています。
60歳の女性は歴史ボランティアを始めて10年。お城やお寺の話が面白くって、彼女から影響を受けて訪れた姫路の書寫山圓教寺に強く感銘を受けて、たまに無性に行きたくなります。
今回は焼き鳥。やはり早く来た一人がビールをすでに飲んでいました。
久しぶりに30歳の悩めるというか合点のいかない様子の彼女の話になりました。かと言って彼女の話にフォーカスするのではなく、嫌な思いをさせられた時どのような態度をとるかと言う話になって…。
まさしくやりかえすのか、許すのか、はたまた無視するのかということになりました。
考えの違う人同士が分かり合えるというのは果たしてあるのでしょうか?どちらも自分は正しいと思っていて譲れないものがあるのでしょう。
私は今まで数えるほどしか人と口げんかをしたことがありません。どちらかと言うと呑みこんでしまう方。でも許すというのではなく時間薬の効き目を待つ方でした。
若い時なら仕返ししたかもと結構乱暴な意見が出ましたが、今はそのエネルギーがもったいないと。
しかし許すとは包容力。そうするために自分の中で自分をなだめたりこれではだめだと自己嫌悪に落ちたりするのには価値が無いというのです。
包容力となるとまだまだ修行が足りませんが「受け入れるとしたら少しは気が休まるのでは?」とさすがな考えも出てどちらがいい悪いではなくその考えが今のそれぞれが立っている場所かもしれません。
最後の無視するとは意地悪な響きがありますが置き換えるとその行動や言動をサラッと受け流すということになるかもしれません。いくらけんかを仕掛けられても反応しなければ向こうも遣り甲斐がなくなるでしょう。
この世の中、白黒で判断できないものが増えてきました。原因はそれぞれの中にあります。本心でないのにその場しのぎの言葉では解決はしませんが、たとえ深く傷ついてもそれを慰めて癒すのも自分自身。
お互いがそれぞれにそれを成長の種と思えるようなおとなになりたいものです。
限界はただの壁
もう無理!と自分で線を引いてしまうという知り合いはその限界線が高すぎたり遠すぎたりで、できなかったことを想像したり、今の束縛が嫌で、大げさに言うならば、始める前から諦めている状態です。その線は目に見えるものではなく、誰かが提示したものでもありません。
結局は自分で引いているだけで世界を狭めています。
物欲の限界は確かにあります。
それを追いかけたとしても永遠につかまるものではなく、もっともっとと
あらぬ方向にその人を運んでいくようです。虚しさだけが…。と言うのが常です。そんな目に見えるものではなく、新しいものに挑戦する。
そのための最初の一歩は「まずはやってみよう!」「失敗しても誰にも迷惑は掛からない。」とフランクに向き合うことかもしれません。私も今までに何度か、畑違いと言っていい部門に何度か挑戦しました。
これは面白そう!とかスキルのない私でもできるかもしれないというところから始まって最初は結構無謀と思えたことも向き合った経験があります。それは達成とかやりつくすという点ではまだまだの物ばかりで極めるには程遠いところで終わっていますが、みんな今となってはプラスになることばかりでした。
今から思えば冷や汗が出そうな挑戦もありましたが、そこでの失敗や得たものは自らの細胞に吸収されているようです。かじっただけだと言っても少しは知っているということで始める時の勇気に繋がります。
3年前息子から「今から?」と言われたパソコンを買って毎日毎日勉強しました。分からないときは何度も「焦らない!」と言い聞かせて…。
今や検索すれば親切に教えてくれます。
良い時代になったなあとつくづく思うことがたくさんあって毎日が刺激で溢れています。
スマホにしても若い人は「スクリーンショットで送ってください。」なんて簡単におっしゃいますが、「はて、そのショットって何?」
こんなこと日常茶飯事。いろんな情報を見て何度もトライするのですがなかなか…。
それでも3日ほどしたら難無く使っている自分の、簡単なことでもできたことに小さく万歳!です。
目標は低いところからやればいいように思います。
焦りは禁物。すぐに頂点を目指すのでなければいろんなことに限界はないように思いますがいかがでしょうか?
無くすことで知恵が生まれる
「これが無くなったらどうしよう!」と言う話になって
今は物価が上がっているのでなかなか手が出ないものがあったり、
天候の影響で不足しているもの、反対に魚なら大漁で漁師泣かせと言うニュースも。
まあるい地球のどこかでいろんなことが起こってそれは対岸の火事ではなくて遅かれ早かれ私たちの身近に影響します。
巡り巡ってこれが無ければ困るのは命!生きてるだけで丸儲けとは さんまさんの名言らしいですが、なるほどなあと感心したり。
周りに左右される私たちですが、先人たちが生きていた時代に比べれば!といつも思うのです。モノが多すぎるのに一つ欠けるとパニックになる。
精神面でもほとんどが周りに影響されて自分で悩んだり人を恨んだり…
買い物に出かけても必要かそうでないかなんてすっかりに忘れてどんどんカートは商品であふれかえると嘆く知り合いがいますが、彼女はものに囲まれないと不安で落ち着かないそうです。
独り暮らしのビギナーですが、他の先輩世代は、ものなし、おカネなしで自由を得た!とまた違う景色を見ています。いろんなことを工夫する知恵が生まれたとも。断捨離と言われて久しいですが、十分にその年代。その年頃だからこそ、何かを得ることで安心材料にしているのか?はたまた寂しさからくるものなのか?無意識の彼女に聞いても本人が一番分かっていないようです。
こうでなければ、とかこうしないとと自分で決めることはある意味目標なり人生の指針を見つけることになりますが、目に見えない混沌の今、ある程度は軌道修正、その環境に応じて自分のブランドチェンジをしてもよさそうです。それは環境や年齢によっても知らぬ間に考え方や捉え方は自然と変わっているのですが、それに気が付かないでいると自分で苦しむことになります。
考え方もそうで、これが正しいと思っていてもそれが人から見れば少し的外れなことも多々あり、もう少し前、自分の常識は他人の非常識と言う言葉を感じましたが、それが分かってくると気が楽になりました。
みんなが正しい、でもみんなが正しいとは言えない。なんか矛盾していますがそんなあいまいな世界に身を置いているということかもしれません。人によっていろんなことを学びます。
それは心地よくしてくれたり、ぐさりと軟なところをえぐられたりと様々ですが、それも自分が成長するのに必要なことと思えば穏やかになれる時間が増えます。辛いことは少ない方が幸せのように見えますが、感情の起伏をいかに自分で納めるすべは大切なように思います。
珈琲ブレイク 春
山はかすんで所々山桜の薄桃色。高くはないその頂は緩やかで冬のそれとは違う曲線を連ねています。
近くの川では早くからお花見の人がシートを敷いて桜を見上げています。
みんな心がほどかれたみたいに穏やかです。
花の不思議な力は物言わずともいろんなことを教えてくれて、日頃の殺伐感を忘れさせてくれます。
よちよち歩きの男の子はバギーから降ろされたとたんその子を誘うように少しづつ風で動かされている花びらを追って楽しそうです。
同じように満開を迎えていてもその咲きっぷりは少し違っています。
幾つもの花が鞠のようにまあるく形作っていたり、一つ二つ一緒に並んでいたり、サクランボのように膨らんだ蕾と三分咲きのがいっしょになっていたりとそれはそれで一枚の絵のようです。
この場所で何十年も前から人はこの季節、桜をめでていたという漠然とした確信はこれからも続くのでしょう。
少し離れた場所でそんな空想に浸っていると離れた春の海からこれも優しく汽笛がこちら迄聞こえてきました。
そこには幼い私と手をつないだ祖父。何も言葉を交わさなくてもベンチに座って眺めている姿が浮かびました。当時まだ独りぼっちの子供が家族を探すのを諦めた寂しい目でたたずんでいることがありました。
見つけると必ず祖父は声をかけて、近くの交番に行く前にパンやジュースを二人分。ひとつは私にもう一つはその子に渡しました。
最初は祖父の知り合いの人の子供かと思っていましたが、何回もそんな場面があり、お母さんとはぐれたと聞かされてもそうでないことをうすうす感じていました。
そんな時代もあったのだということを家族づれや若い二人、犬と一緒に散歩中の人を眺めながら思い出しました。
大袈裟ですが「いい時代になった!」
小さいながら感じた何ともちょっぴりほろ苦い気持ちはおとなたちとはまた違った戦後でした。同じ年頃のあの子たちはどんな人生を送っているのでしょうか?どこかで桜を見ながら当時を思い出したかもしれません。
骨折した左手首も日常生活をほぼ不自由なく過ごせるくらい回復しました。
日にちはいろんなことを解決してくれます。
自然も季節によっていろんな表情を見せて私たちの気持ちを豊かにしてくれます。
いろんなモノに助けられているということを実感したひとりお花見の時間となりました。
お昼は近くのおうどん屋さん。お出しのうま味はピカイチです。
久しぶりに寄ってしみわたるその味を堪能することにします。
お昼まではまだ時間はたっぷりあります。
珈琲ブレイク 夏
むせ返るような庭の匂い。毎日の水まきは大切な草花との約束事。
宿った水滴はキラキラ光ってその花に葉に命をみなぎらせる様子を感じます。
小さな時は大好きだった夏!いつの間にか苦手な季節になりました。
それは私自身のエネルギーの熱量と同じでいつの間にか眩しい存在になりました。
子どもたちが小さかった頃の思い出は夏に多くて同時に彼らの屈託のない笑い声が聞こえてくるようです。今では同じように孫たちの歓声。
その枠から少し外れて、光の届かないところにいる私は人生の一コマ。自分の小さなころの日に想いを馳せます。
そんなに今ほど遊ぶことにいろんな場所が無かったころですが、それはそれで楽しかったものです。
夏だからこそ、許された暗くなってからの盆踊りの輪の中。
家族みんなで楽しんだ花火。線香花火が見せる小さな悲鳴にも似た最後。
子供心にはその遊びもこれでおしまいと。
薪で沸かす風呂桶には大きなスイカがぷかぷかと浮いて、何度もこついて水の中。そんな何でもないことさえ楽しかった風景です。
六甲山で森林浴を楽しみハーブ園から見える神戸の街をながめると、遠い昔100万ドルの夜景と言われたこの地も震災でずいぶん様変わりしたのが分かります。
海の向こうの山並みはあやふやな輪郭で蜃気楼のような稜線を描いています。ことごとく町の姿を変えてしまったことなどもう遠い昔のように静かに青い空の下、細長い平野は広がっています。
ココは山が近くに迫り眼下にはどこまでも続く海。時折汽笛の鈍い音を聞きながらハイキングコースは布引の滝へと続きます。数年前はイノシシの群れによく出くわしましたが、今はほとんど見かけることが無いのは少々物足りない気がします。そっと山の風がほほを撫でていきました。
珈琲ブレイク 秋
知らぬ間に朝はひんやり、冬に近づく前の風。
秋は?と思うほど夏の日差しが強烈ですが、すでにこの時期を受け入れる前に夏はとうに過ぎて行ったように思います。
近所の公園の桜の木もスッカリ葉っぱを落としてしまったものや、濃い緑のすそに赤く染まった葉っぱを付けたものなど様々です。
それは私にも似ていて、以前のようなメリハリのある暮らし方ではなく、又季節を明確に感じることがだんだんと少なくなってきた自然のさま。
日本もきっと世界も変わってきているのだろうと思います。
それは昔を強烈に懐かしむものでもなく、あの時はと言うセンチメンタルなものでもなく、どんな環境であっても生きていくことの楽しさを日々に見つけようとして、また小さなことにも感じる何かを糧に過ごしているのだとも思うようになりました。
大笑いすることや大泣きすること、腹が立ってどこにその怒りをぶつけるべきかと心のマグマの抑えどころを探す若人たちにはなんと枯れたむなしい生き方!となるのかもしれませんが、今だから言えます。
それこそがストレスのない毎日。気持ちの張りはぶれることのない一定場所をほぼ示しています。
スーパーでラ・フランスを見つけました。お味はどちらかと言うと日本の梨の方が断然美味しい!と分かっているのですがその歪でそばかすだらけの表面がなぜか好きです。
秋を感じるのは栗やサツマイモ、サンマにと豊富な季節ですが、昨今は季節の移ろいを感じさせないほど食材は年中豊富です。
なのにこの時期洋ナシはそっと現れていつの間にか消えてしまう。華々しいデビューもなく、それも売り場のメインステージに置かれていてもなんとなく居心地が悪そうで…。私の感じる秋にピッタリな果物です。
庭を見ながらの濃い目の珈琲。
オリーブの木が一段と高くなりました。
紫陽花は手入れを怠った分,枝が無造作に広がって、その横の低木が赤い実をつけているのを見つけると植物たちは今の環境の中でもちゃんと順応しているのだと嬉しくなりました。
たまにやってくる山鳥がそれを見つけてついばむ様子を想像して、飛び立つときのガサッと木を揺らす音に気が付けたらいいなあとひとり楽しむひと時となりました。
珈琲ブレイク 冬
公園はさすがに子供もいなくって、ひっそりしています。
そうだ!今日はクリスマスイブ。みんな家の中で楽しんでいるのでしょう。
昔ほど庭の垣根や大きな木にイルミネーションは見なくなりました。電気料金が高くなると聞いているのですから当然です。
落ち葉もほとんど風に吹き飛ばされたり、近所の方が毎日塵取りいっぱいの枯れ葉をかたずけてくださるので砂利道やアスファルトは広く感じます。
時折人に会いますが、今は愛犬と私だけの散歩道です。帰り道にはうっすらと暗くなり、山は稜線に帳の降りるのを待っています。遠くの海は鉛色。時折聞こえる船の汽笛は冷たい空気に乗ってすぐ近くで鳴いているような寂しげで心に刺さります。
カラスもすでにねぐらの山にかえったのでしょう。静かです。
いろんなことがあった今年一年。でも暮れは毎年のように静かに新年に向かっているようです。
きっと繁華街の三宮あたりは年末を楽しむ人で賑やかなことでしょう。坂の上からはいつもの三宮の灯りがみえますが、いつもより明るいように思います。
遠く海の向こう、山間に明かりが集中してキラキラ輝いています。
現実なのに絵のようにきれいで私と愛犬は海の方を眺めていました。
そろそろ帰ろ!というように彼女が私を見上げました。
犬にとってはいろんな感傷に浸ったり、去年の暮や今年のことなど、頭の中には全くないのは当然!今を生きているのですから。
お腹がすけば家に向かう。新しい匂いを嗅げばもっと知りたくてその先に行く。ただそれだけなのにいつも顔は笑っています。なんてシンプルな生き方!
公園の木々はすっかり葉っぱを落としていますが、ご心配なくというメッセージなのか小さな新芽を付けています。春は必ずやってくるよと。
季節の移ろいの中
一日は望んでも留まるものではなく自分の力ではどうにもならないものです。ならば生かされている今、身近な自然に目を向けて丁寧に過ごしたいと思うこの頃です。同じ日は一日としてないということを感じることが多々あります。
季節は同じように巡ってきますが、春は桜の花、その蕾が膨らみ始める前に全ての草木が芽を吹き空気はやわらぎ鳥は新し命を育みます。
それは年ごとに自分のその時の気持ちで儚く見えたり春を満喫する希望の風景に見えたりと様々です。今年も会えたツバメのひな鳥は昨日巣立ったのか空っぽの巣跡はちょっぴり寂しそうでした。
アスファルトの熱がゆらゆら揺れていても山は別世界。蝉の声を聞きながらの散歩。急に静かになるとき、何とも涼やかな風が通り過ぎていきます。
秋には山が所々赤く染まり滝の音は人をなごませる不思議な力があります。
冬は六甲おろしと言われる寒風が山から降りてきて坂道の紅く染まった葉っぱを容赦なく掃いて行きますが、道の両脇の溝に勢いよく流れる山水に乗って滑るように海に向かいます。めったに雪が降ることはなくなりましたが、山の頂は白い帽子をたまにかぶります。
ここで暮らす人の多くは山の様子を見てその日の天気を知ります。
そんな庭をぼんやり眺めているといろんな思いが巡ってきました。
四季の移り変わりと同じように子供の成長、もう会えない人の事。友達との関係、愛犬の成長。
これも自然の流れと同じで、一挙に変化があるわけではありませんが、それは徐々に一つの場所に向かっているということを感じます。
神戸に生まれて一時離れていたとはいえやはり帰巣本能なのかこの地を終の棲家と決めました。心躍ることの一つと言えば、素敵な人と出会うこと、いくつかの出会いが次の人へと繋がってそれはあたかも偶然を装っていますが、天の計らいなのか出会うべくして…。ということでしょう。
周りの知り合いは親の老化を急に認識して、「とうとううちの親にも!」とがっかりしたり、みんなが通る道と奮起したりしますが、小さな不安の塊が少し大きくなったことを認識します。
私は心配される側にいつの間にかなっていて、今までできていたことができない。少しはしっかりしていると思っていたらやっぱり年相応。親の介護を経験して自分もいつかはと思っていたのに実際いろんな小さなことが起きるとその時の子供としての思いとは違っているのです。
老いた親にも言い分があってそんなつもりでなくてもひとまとめ。それがいつかおたがい積み重なれば深刻な問題になりかねません。折れるのが必要なのは先行く親の方かもしれません。
年齢を重ねることはそれぞれの生き方暮らし方。それへの理解が必要なようです。いよいよ本当に自立する時。それは自由を得ると置き換えられるか孤独を感じるかで大きく変わってきます。
いくつもいくつも変化を知る場面が繰り広げられていくうちに出会ってはまた離れての連続です。それは豊かな人生を送ることが出来るということかもしれません。経験値の大きさが器を大きくするということでしょうか?
影響を受けたことは忘れてしまっていてもきっと自分の中に息づいていて私自身を作っているように思います。
出会いはその時必要な人だから、何かの意思なり願いが引き付けてくるようにも思います。また成長するのに必要な人やモノなのかもしれません。
この世に永遠がないのは人との関わりも同じ。恋人、親子、夫婦であっても別れの時が必ずやってきます。
別れはつらいですが森羅万象 宇宙の決めごと。それも成長するためには必要なのかもしれません。後は感謝の気持ちが残るのみ。
ならば辛さをいつまでも引きずるのではなく受け入れて自分をもっと大きなものにしたいものです。もっと知りたい、もっとたくさんの人に出会いたい。いくつになっても尽きることのない心はこれからも持ち続けたいと思います。
まさしくいつ何時も私たちは季節の中で生きて、自然とともに巡っているのかもしれません。
熟成の時期になったなら、弧独を強く感じる人はいつも誰かと一緒にいることが充実した時間と思いがちですが、生まれる時も逝く時も一人であるということを知るべきかもしれません。
人に合わせるということは協調性があるようですが、社会的な同調を優先しているだけで「承認欲求」に走り過ぎてしまう場合があります。
本当は自分の道を歩いていきたい、人に影響されることなく自分軸を持っていたいと願っているならはっきり自分の意見を言える人!となりますがそこには何かを得る分何かが無くなることかもしれません。
人によっての倖せはそれぞれ違いますが、世間体を気にすることなく自分の思うように生きられること、自分を肯定できる人が幸せになれるように思います。
私たちは幸せになりたいとみんな願いますがその自分軸が歪んでいると幸せはどんどん遠くになっていくように思います。
自分があって相手がある。この関係の方が上手くいくような気がしますがいかがでしょうか?
孤独は死亡率を3割も上げると聞きました。
明日の事、もっと言えば1時間後、いやいや数分後の人生さえもわからない。これからのことを考えすぎるから不安で寂しくなっていくのかもしれません。
弧独は自分の気持ちの持ちようで消すことが出来ます。
幾つになっても何かを楽しもうとする気持ち、何これ?と言う好奇心。
そして人と会うこと。
年齢はただの数字。私はもうこんなに年を取っているんだとたまに認識してびっくりすることがありますが普段はすっかり忘れるくらい人と接しています。それが一番の妙薬かも。
ひとりで生まれてまたひとりで土に還る。それを分かっているだけでも今を大切にしようという気持ちが湧いてきます。同じ一度の人生楽しまないとソンソン!と言うところでしょうか。
親子の関係はどこでもいつでも変わりませんが子の思いと親の思いの温度差は家庭が安定して子育てや仕事の責任度が増すと、正直…。
そこは立派に巣立ったことを喜べる親になりたいものです。
孤独な老人は一日にして成らず!毎日新しいことに目を向けるだけでも気持ちが晴れます。
季節を肌で感じて生きる喜びも同時に味わえたら幸せな人生だと言えそうです。
エピローグ
どんなに忙しくて、やたら辛いことが続いて、たまにほくそ笑んで,なのにそれが期待通りにいかず…。
自分にとってなんて人生だ!と嘆いてもそれは長くて短い人生の一コマ。
宇宙から見れば瞬きほどのことかもしれません。
だんだんと残り時間が少なくなって、振り返った時なんだどれも大したことはなかったんだと思えるものだと思います。
他人はひとくくりで「幸せそう!」と言ったり「苦労したね。」と慰めたりしますがその感情にどれほどの実感が含まれているかは計り知れません。
自分の過去を語るとき、絶好調の時 のこと。人は少々盛って話すので果たしてそんなに?と。小説を読んだ時のような驚きもありますが、と同時に少しの誇張を許すものです。
真実の深い痛みや辛さは本人のみぞ知る世界で、人に話したとしても浮かばれるものではなく、又どんなに成功した話をしても思うほどの感動はしてもらえません。
その人の姿から垣間見える話の内容の律義さでその人に好感は持っても
自分に当てはめることはなく皆それぞれの人生という道を歩いているのだと思うのです。
そんな悠長なものではなかったと腹を立てても天から見れば砂漠の中をありんこほどに見える人がとぼとぼと歩いているような風景が見えます。
ナイアガラ瀑布から落ちていった!もうだめだと思っていたのに必死で藻掻いているうちに青い空を見ている自分が居たりとそれは波乱万丈と言うよりはいろんな風景を見ながらちょっと骨のある散歩をしたようなものです。
夢の如く、春の桜並木を歩いているような、しとしと梅雨の空を見上げる時、知らぬ間にそれは蝉の声で目覚める真夏の空となり、暮れ行く秋の空には鳥が北に向かって飛んでいく。毎年の風景なのに何かが違っている。
人生を四季に例えるように自然という大きな器の中で生かされて、その世界をあてどもなく歩いて行く。自分の意思でと選んだのに果たしてそうであったのかと思うような仕事に就いたり、世界がちがうと思っていた人に魅せられたり、人生って本当に楽しいと思えるのです。
心を揺さぶられることが少なくなってきた昨今、久しぶりに寝不足のからだに心地いい風が吹いています。
いちばんの不思議は自分自身です。私は何か興味がわくとどんどん沼ってしばらくはマイブームが続きます。
小説でも一人の人物から同時代に生きていたほかの人の人生まで知りたくなって、同時進行でその時代を生きた人たちと時を共有しているような気持になります。それはとてもは魅力的で一時は読書三昧となります。
また推理小説ならアガサクリスティーから始まってエラリークイーンに繋がり、ほかの作家に続いて、少し前まで湊かなえの作品を読んでました。ただ推理小説と言うだけで脈略のない読み漁りです。
ところがそんなに心奪われるほどのめり込んでもあるきっかけ、ほんの小さなことでその気持ちがパタっと途絶えるのです。
しばらく休憩期間があっていつの間にかまた別な興味の対象が現れます。
音楽でも一時はクラシックばかり、知らぬ間に今度は飽きもせず毎日ユーミンを聴く。まんべんなくとは少し違って、その期間、聞くとその時の気持ちが上がるからのようです。
そんなときは性格までなんだか違っているような気がします。人にはいつもの私のように見えていてももう一人の私。どんな人にも裏の顔があると言いますが…。
表裏と言う表現で決め付けてしまうほど、白黒ハッキリとしたものではなく、もちろんいい人が実は…。と言うにはほど遠い曖昧さです。
何とも掴みにくい性分がいくつか出ては引っ込みまた…。ということかもしれません。
それは対 ヒトではないのですが、その日、その時にモノのとらえ方が違ってくるのです。
例えば几帳面なところと雑な面、活発なようでその反対の行動をとるときもあり、その時どちらが出てくるか自分でもわかりません。
自分のことが一番分からないとも言いますが、まさしくそう思います。
結局ははっきりとした自分というものが無いのかもしれません。
未だ自分探し⁉が続いているのでしょう。今更な気もしますが…。
いつになったら人格が完成するのかも分からない、自分との珍道中ですが、これからももう一人の私を楽しみながら付き合うことにいたしましょう。
FIN
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