命を見守るお弁当
毎日、決まった時間に
お弁当を届ける。
それは、ただ食事を運ぶだけの
仕事ではなかった。
インターホンの
向こうから聞こえる声や、
いつもと違う
小さな異変に気づき、
ときには誰かの命へつなぐ。
知人から聞いたのは、
そんな仕事を続ける人たちの話だった。

知人の家で、
こんな話を聞いた。
彼女は、
お弁当を届ける仕事をしている。
自分でも配達の現場に立ちながら、
いくつかの地域をまとめる立場にいる人だ。
ある日、
部下の女性から連絡が入った。
配達先でインターホンを押しても、
人が出てこないという。
その家では、
もともと母親がお弁当を頼んでいた。
自分と息子の分を、
毎日二人分。
けれど、家庭の事情から、
母親は遠く離れた場所で暮らす、
もう一人の息子のもとへ
移ることになった。
それでも、家に残る息子の食事が心配だったのだろう。
「お弁当だけは、これまでどおり届けてほしい」
と、頼まれていた。
事情を知る担当の女性は、
それまでと変わらず、
毎日、息子のもとへお弁当を届けていた。
インターホンを押しても、
息子が出てこなかったのは、
その日が初めてだった。
息子は、普段は
きちんとした人だったらしい。
留守にするときには、必ず前もって、
「明日は届けなくていい」
と、玄関先で言われたという。
だから担当の女性は、
すぐに上司である知人へ報告した。
「いちおう、ドアノブにぶら下げて帰ります」
「うん、そうだね」
知人はいったん、そう答えた。
ところが電話を切ったあと、
急に胸騒ぎがした。
彼女はこれまでにも、
何度も似たような場面に出会ってきた。
お弁当を頼む人には、
高齢者や一人暮らしの人が多い。
インターホンを押しても、
応答がない。
そんなときには、
配達員だけで判断せず、
警察へ連絡する。
ただ深く眠っていただけ、
ということもある。
けれど、そうではないこともある。
その後、何があったのかを
詳しく知らされることはない。
自分たちは異変に気づき、
必要な人へつなぐ。
そこで役目は終わるのだという。
ところが今回は、
お弁当を頼んでいるのが、
そこに住む息子本人ではなく母親だった。
そのため、
まずは家族の連絡窓口になっている人へ
確認する必要があった。
知人は、すぐに連絡を入れた。
ところが家族は、
警察を呼ぶことを強くためらった。
「確認だけでもお願いしたほうがいい」
知人がそう伝えても、
「もう少し様子を見たい」
と、了承しなかったという。
翌日になっても、
玄関先に置かれたお弁当は、
そのまま残っていた。
これは、ただの不在ではない。
知人は再び家族へ連絡した。
それでも状況は動かなかった。
その翌日も、
家族の返事は変わらなかった。
そこで知人は、
建物の管理人へ直接、
事情を伝えることにした。
管理人からも家族へ連絡してもらい、
そこでようやく、
警察に室内の確認を依頼することになった。
担当の女性が、
その日の配達へ向かったとき、
ちょうど事態が動こうとしていた。
「管理人と家族が立ち会って、今、警察が部屋の中へ入ろうとしてます」
その報告を受けた知人は、
すぐに言った。
「お弁当だけ回収して、さっさとそこを離れなさい」
この仕事を長く続けてきた彼女には、
その先に何が待っているのか、
わかっていたのだろう。
部下の女性の心に、
傷を残したくなかったのだ。
この話を聞き終えて、私は思った。
彼女たちは、
お弁当を届けているだけではないのだ。
毎日、同じ家を訪ね、
インターホンを押し、
声を聞き、
いつもと違う、
ほんの小さな変化に気づく。
そして必要なときには、
その異変を誰かへつなぐ。
お弁当を届けながら、
安否を確かめる。
それは、食事を運ぶことと同じくらい、
いやそれ以上に
大切な仕事なのかもしれない。
しかも知人は、
配達先の人だけではなく、
部下の心まで守ろうとした。
誰にでもできる仕事ではない。
私も、こんな上司の下で働けたら
幸せだと思った。
いつものように玄関先へ立ち、
いつものようにインターホンを押す。
その静かな繰り返しの中で、
彼女たちは今日も、
誰かの暮らしと命を見守っている。
最後まで読んでくださって、
ありがとうございます。
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