なぜ私たちは「生きづらさ」を抱えるのか〜子どもの声を聴いてこなかった社会と、痛みの連鎖〜
◆ 生きづらさならゼロリセット®へ ◆
こんにちは。
マザーシップ・ライフマスタリースクールの
中川 空(ソラ)です。
「生きづらさ」は、個人の弱さだけで生まれるものではありません。
その奥には、子どもの頃に安心して声を出せなかった経験や、子どもを“一人の権利主体”として見てこなかった社会の歴史があります。
今日は、世界の人権史、子どもの権利条約、日本の子ども観、そして世代を超えて受け継がれてきた痛みの連鎖から、「生きづらさ」の根を見つめていきます。
■ 「生きづらさ」は、個人の弱さではない
最近、「生きづらさ」という言葉を耳にする機会が増えてきました。
SNSでも、ニュースでも、日常会話の中でも、
「なんとなく生きづらい」
「普通に生きているだけなのに疲れてしまう」
「理由はわからないけれど苦しい」
という声を見聞きします。
けれども、
“生きづらさとは何か?”
と問われると、はっきり説明するのは簡単ではありません。
一般的には、生きづらさは、ストレス、不安、孤独、自己肯定感の低下、人間関係の困難、社会的プレッシャーなどとして説明されます。
それは確かに、生きづらさの表れです。
しかし、研究の蓄積を見ると、生きづらさは決して「本人の性格の問題」だけでは説明できません。
【研究に基づく要点】
ACE研究(Adverse Childhood Experiences:逆境的小児期体験)では、心理的・身体的・性的虐待、母親への暴力、家族の依存症・精神疾患・自殺傾向・収監など、子ども時代の逆境体験が、成人後の心身の健康リスクと関連することが示されています。
また、ハーバード大学の子ども発達センターは、子どもが強く、頻回で、長期にわたる逆境を経験し、それを和らげる支援的な関係がない場合、そのストレスは「有害なストレス」となり、発達や長期的な健康に影響しうると説明しています。
つまり、生きづらさとは、
その人の心が弱いから起こるものではなく、安心して生きるための土台が十分に守られてこなかった結果として現れることがある
のです。
■ 愛着という「生きる土台」
人は、生まれた瞬間から一人では生きられません。
子どもは、養育者との関係の中で、
「自分は守られる存在なのか」
「自分の声は届くのか」
「困ったときに助けを求めてもいいのか」
を学んでいきます。
愛着理論では、乳幼児期の養育者との関係が、自己や他者に対する基本的な見方、つまり「内的作業モデル」の形成に関わるとされます。愛着研究は、乳幼児期の愛着パターンの違いが、その後の感情調整や対人関係の理解にも関わることを示してきました。
もちろん、子ども時代の経験が人生を完全に決定するわけではありません。
けれども、安心して泣けること。
怖いときに抱きしめてもらえること。
嫌なことに「嫌」と言っても、存在を否定されないこと。
そうした経験は、子どもの心に、
「私はここにいていい」
という感覚を育てます。
この感覚が十分に育たないまま大人になると、
人は外側では普通に生活していても、内側ではずっと緊張し、警戒し、誰にも頼れず、孤独を抱え続けることがあります。
それが、私たちが言う「生きづらさ」の深い層です。
■ ゼロリセット®の世界観で見る「生きづらさ」
ゼロリセット®の世界観では、生きづらさを次のように捉えています。
生きづらさとは、
この世界を生きることに対して、
対処しがたい苦痛と困難を感じている状態です。
それは、単なる悩みではありません。
その人にしかわからない、内なる痛みです。
他者から見ると、
「考えすぎでは?」
「気にしすぎでは?」
「もっと前向きに考えればいいのに」
と言われてしまうこともあります。
けれども本人の内側では、
世界そのものが安全に感じられなかったり、
人と関わることに深い緊張があったり、
自分の存在を肯定することが難しかったりします。
そのとき人は、
本来の自分の中心軸からずれ、
「ありのままの私」として生きる力を見失ってしまいます。
■ なぜ中心軸からずれてしまうのか
その背景には、幼少期から形成される心の深層の不具合があります。
ゼロリセット®では、それを主に次のように整理しています。
愛着不具合
反応不具合
境界線不具合
幼い頃、私たちは生き延びるために、さまざまな方法を身につけます。
怒られないように、いい子でいる。
見捨てられないように、相手に合わせる。
傷つかないように、感じないふりをする。
拒絶されないように、自分の本音を隠す。
それらは当時の自分を守るための、大切な「心の鎧」でした。
けれども大人になった今、
その鎧が、愛を受け取ること、信頼すること、自分を表現すること、幸せな人間関係を築くことの制限になってしまうことがあります。
生きづらさの奥には、
「もうその鎧を脱いでもいい」
という、心からのサインが隠れているのかもしれません。
■ 人権は、どのような歴史の中で生まれてきたのか
ここで、少し視野を広げてみたいと思います。
子どもの権利条約は、突然生まれたものではありません。
その背景には、戦争、貧困、差別、虐待、搾取、植民地支配、民族差別、児童労働など、人間の尊厳が踏みにじられてきた世界の歴史があります。
20世紀前半、世界は二度の世界大戦を経験しました。
戦争は、兵士だけでなく、子ども、女性、高齢者、障がいのある人、少数民族、難民など、多くの弱い立場に置かれた人々の命と尊厳を奪いました。
第一次世界大戦後には、戦争孤児や難民となった子どもたちの存在が国際社会の大きな課題となりました。
【人権と子どもの権利の流れ】
1924年
国際連盟が「ジュネーブ子どもの権利宣言」を採択。第一次世界大戦後、子どもの保護と援助の必要性が国際的に認識される。
1948年
国連総会が「世界人権宣言」を採択。すべての人が生まれながらに基本的人権をもつことが、国際社会で公式に確認される。
1959年
国連総会が「児童の権利に関する宣言」を採択。子どもの保護、教育、発達、差別からの保護などが明文化される。
1979年
「国際児童年」。子どもの基本的人権を包括的に保障するための枠組みづくりが本格化。
1989年
国連総会で「子どもの権利条約」が採択される。
1990年
子どもの権利条約が発効。
1994年
日本が子どもの権利条約を批准。
1924年、国際連盟は「ジュネーブ子どもの権利宣言」を採択しました。これは、セーブ・ザ・チルドレンの創設者エグランタイン・ジェebbが起草したもので、子どもに特別な保護と援助が必要であることを国際的に示した初期の文書です。
【人権史の要点】
子どもの権利は、単なる教育論や家庭論から生まれたものではありません。
戦争、貧困、搾取、差別の中で、子どもの命と尊厳が傷つけられてきた歴史への応答として、国際社会の中で少しずつ形づくられてきました。
そして、第二次世界大戦後、世界はさらに大きな問いに直面します。
国家が命令すれば、どのような差別や暴力も許されるのか。
多数派の都合で、少数者の命や尊厳を奪ってよいのか。
人間には、国家や権力を超えて守られるべき尊厳があるのではないか。
この問いに対する国際社会の答えの一つが、1948年の世界人権宣言でした。
国連は、世界人権宣言について、基本的人権を初めて普遍的に保護されるべきものとして示した文書であると説明しています。世界人権宣言は、1948年12月10日に国連総会で採択されました。
ここで重要なのは、人権とは「誰かがよい子だから与えられるもの」ではないということです。
人権は、
役に立つから与えられるものでも、
従順だから守られるものでも、
義務を果たしたから認められるものでもありません。
人間であるという、ただその一点において、
すべての人に備わっている尊厳です。
■ 子どもの権利は、なぜ必要だったのか
世界人権宣言によって、「すべての人間の尊厳」が国際的に確認されました。
しかし、子どもには子ども特有の弱さがあります。
自分で生活を維持することができない。
大人の保護なしには生きられない。
家庭や学校の中で声を上げにくい。
虐待、搾取、労働、戦争、貧困の影響を受けやすい。
だからこそ、子どもには一般的な人権に加えて、子どもならではの特別な保護と配慮が必要でした。
1959年、国連総会は「児童の権利に関する宣言」を採択しました。
その後、1979年の国際児童年をきっかけに、子どもの基本的人権を包括的に保障するための枠組みづくりが本格化し、1989年、国連総会で子どもの権利条約が採択されました。条約は1990年に発効しています。
子どもの権利条約は、世界でもっとも広く受け入れられている人権条約の一つです。日本ユニセフ協会は、子どもの権利条約を「世界で最も広く受け入れられている人権条約」と説明しています。
■ 子どもの権利条約が示した、大きな転換
子どもの権利条約が画期的だったのは、子どもを単に「守られる存在」としてだけではなく、権利をもつ一人の人間として位置づけたことです。
子どもの権利条約には、4つの基本原則があります。
【子どもの権利条約の4つの原則】
1. 差別の禁止
どのような理由でも差別されないこと。
2. 子どもの最善の利益
子どもに関わることは、その子にとって最もよいことを第一に考えること。
3. 生命、生存及び発達に対する権利
命を守られ、成長・発達できること。
4. 子どもの意見の尊重
子どもが自分に関係することについて意見を表し、その意見が尊重されること。
日本ユニセフ協会は、子どもの権利条約について、子どもが「守られる対象」であるだけでなく、権利をもつ主体であることを明確にした条約だと説明しています。
これらは、子どもを「しつける対象」としてだけ見るのではなく、子どもの命、発達、尊厳、声を大切にするための原則です。
つまり、子どもは親の所有物ではありません。
大人の都合に合わせて管理される存在でもありません。
子どもは、一人の人間として尊厳をもち、
声を聴かれる権利をもつ存在なのです。
■ 日本はなぜ、子どもの権利を受け入れるのが遅かったのか
ここに、私たちが社会全体で向き合うべき問いがあります。
日本は、1989年に国連総会で採択された子どもの権利条約に、1990年9月21日に署名し、1994年4月22日に批准しました。日本について条約の効力が生じたのは、1994年5月22日です。
【日本と子どもの権利条約の時系列】
1989年
国連総会で「子どもの権利条約」が採択。
1990年1月26日
条約が署名のために開放され、61カ国が署名。
1990年9月2日
条約が発効。
1990年9月21日
日本が109番目の署名国となる。
1991年1月26日
条約開放から1年で、130カ国が署名し、70カ国が批准。
1994年4月22日
日本が批准し、158番目の締約国となる。
外務省は、1991年1月時点で70カ国が批准を終えていたこと、日本が1994年4月22日に158番目の締約国となったことを示しています。
外務省:外交政策 人権外交 児童の権利条約(児童の権利に関する条約)
1 作成および採択の経緯
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/index.html
つまり、日本は「世界で最も遅かった」とまでは言えませんが、国際的にはかなり遅い部類で批准した国だったといえます。
では、なぜ日本は子どもの権利条約の批准が遅かったのでしょうか。
その背景には、いくつかの文化的・社会的要因があったと考えられます。
子どもを「権利の主体」として見るよりも、
「しつけられる対象」
「大人の言うことを聞くべき存在」
として見てきた歴史。
家庭の中のことは、家庭の中で解決すべきだという考え方。
学校では、子ども一人ひとりの声よりも、集団への適応や規律が優先されやすかったこと。
文部科学省は、条約の発効を契機として、児童生徒の基本的人権に配慮し、一人ひとりを大切にした教育が行われることが求められると説明しています。これは裏を返せば、子どもを一人の人間として尊重する視点を、教育現場や社会全体にさらに広げる必要があったことを示しているとも読めます。
また、2023年に施行されたこども基本法は、日本国憲法と児童の権利に関する条約の精神にのっとり、すべてのこどもが将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会の実現を目指す法律です。

つまり、日本社会は今、ようやく制度の面でも、
「子どもは大人に従う存在」から、
「子どもは権利をもつ一人の人間である」
という方向へ、歩み直そうとしているのです。
■ 日本の歴史の中で、子どもはどのように見られてきたのか
ここで、日本の歴史にも目を向けてみたいと思います。
大切なのは、過去の日本を一方的に責めることではありません。
その時代には、その時代の貧しさ、家族制度、地域共同体、労働のあり方がありました。
けれども同時に、歴史を振り返ると、子どもが長いあいだ、現代のように「一人の権利主体」として見られていたわけではなかったことも分かります。
【日本の子ども観の大まかな流れ】
近世・江戸時代
子どもは「家」や地域共同体の中で育てられる存在でした。寺子屋などの教育文化もありましたが、一方で、貧困や家の維持を背景に「子返し」、いわゆる間引きが行われることもありました。
江戸時代後期〜近代初期
子どもが丁稚奉公、職人の弟子奉公、女中奉公などに出ることがありました。これは技能や生活力を身につける面もありましたが、同時に子どもが早い段階から家計や社会の労働の中に組み込まれていたことを示しています。
明治・大正期の近代化
工業化が進む中で、製糸業や紡績業などに多くの年少者、とくに少女たちが労働力として組み込まれました。
戦後〜現代
子どもは保護と教育の対象として位置づけられ、さらに1989年の子どもの権利条約によって、「守られる存在」であるだけでなく、「権利をもつ主体」であるという視点が国際的に明確になりました。
近世日本、つまり主に江戸時代の子育ては、現代のように「子ども個人の幸福」を中心に置くものではありませんでした。
研究では、近世の子育てには「家」の継承や家の小経営を維持するという原理が強く働いていたことが指摘されています。また、「子返し」、すなわち間引きも、単なる個人の残酷さとしてではなく、貧困、家の維持、地域共同体の構造と結びついた問題として論じられています。
「間引き」という言葉を出すときには、時代の整理がとても大切です。
間引き、または子返しは、主に江戸時代の農村社会において、貧困、飢饉、家の存続、人口調整などと結びついて行われたとされます。
明治時代に入ると、政府は人口増加を重視し、1869年に堕胎を禁じ、1907年に公布された刑法でも堕胎罪を定めました。
ただし、法的に禁止されたからといって、すぐに現実から消えたわけではありません。
三重県の資料では、1925年に伊賀地域で大規模な堕胎事件が起き、産婆や女性五十数人が起訴されたこと、さらに1933年に南勢地域の漁村で、生計困難を背景とする嬰児殺し事件が報じられたことが紹介されています。
【補足:間引きの時代整理】
江戸時代
間引き・子返しは、貧困、家の維持、地域共同体の構造と結びついた慣習として見られました。
明治時代
1869年に堕胎が禁じられ、1907年の刑法でも堕胎罪が規定され、法的には強く否定されていきました。
大正末期〜昭和初期
広い慣習としては衰退していましたが、貧困や地域事情の中で、1925年の堕胎事件、1933年の嬰児殺し事件のように、事件として表面化する例が残っていました。
そのため、間引きは「江戸時代だけのもの」と単純には言い切れません。広い慣習としては近世に強く見られ、明治以降は法的に否定されながらも、大正末期から昭和初期まで一部地域で事件として残っていたと考えるのが妥当です。
もちろん、江戸時代に子どもが大切にされていなかった、という単純な話ではありません。
寺子屋のような庶民教育の場も広がり、子どもを地域で育てる文化もありました。研究では、江戸時代には多くの子どもが寺子屋で学び、寺子屋が当時1万5,000以上存在していたとも紹介されています。
つまり、当時の子ども観には二つの面がありました。
一方には、
子どもを学ばせ、育て、地域で支える文化がありました。
しかしもう一方には、
家の存続、貧困、労働、共同体の都合の中で、子どもの命や声が後回しにされる現実もありました。
【歴史研究に基づく要点】
近世日本の子育ては、現代のように「個人としての子ども」を中心に据えるものではなく、「家」の継承や地域共同体の維持と深く結びついていました。
子返しや間引きも、単なる個人の残酷さではなく、貧困、家の維持、地域社会の構造と結びついた問題として研究されています。
また、江戸時代には奉公制度があり、庶民の子どもたちは寺子屋で学んだあと、丁稚奉公、お屋敷奉公、職人の弟子奉公などに出ることもありました。これは職業意識や技術を身につける面もありましたが、同時に子どもが早い段階から大人の社会に組み込まれ、家や生活を支える存在として扱われていたことも示しています。
さらに近代に入っても、児童労働の背景には貧困がありました。
明治・大正期になると、日本は近代国家として工業化を進めていきます。
その中で、子どもたちは家庭内の手伝いや奉公だけでなく、工場労働にも組み込まれていきました。
とくに製糸業や紡績業では、少女たちが重要な労働力となりました。
アジア経済研究所の報告では、日本の歴史の中で児童労働がどのような経済メカニズムによって生じたのかが検討されています。
日本の児童労働の供給側の要因として貧困が挙げられ、江戸時代の年季奉公や近代の工場労働について、子ども自身の意思による場合もあれば、親の意思で働かされた場合もあったと整理されています。
義務教育が一般化する以前は、子どもが家族の一員として働くことは当然視されていた面がありました。
「日本の児童労働」―歴史に観る児童労働の経済メカニズムー藤野 敦子
https://www.ide.go.jp/library/Japanese/Publish/Reports/InterimReport/2010/pdf/2010_429_02.pdf
これらから見えてくるのは、子どもが単に「未熟だから大人に従うべき存在」とされてきたということだけではありません。
それ以上に、子どもは長いあいだ、
家の存続のために、親の都合のために、労働力として、共同体の秩序のために、沈黙し、適応し、役割を果たすことを求められてきた存在
でもあったのです。
この歴史を振り返ると、子どもの権利条約が示した転換の大きさが見えてきます。
子どもは、家の所有物ではない。
親の都合に合わせるだけの存在ではない。
労働力として使われるだけの存在ではない。
大人の言うことを聞くためだけに生まれてきた存在ではない。
子どもは、一人の人間として、命を守られ、声を聴かれ、尊厳をもって育つ権利を持っている。
この考え方は、過去の日本社会に深く根づいていた
「家のための子ども」
「大人に従う子ども」
「役割を果たす子ども」
という見方に対して、大きな問いを投げかけるものだったのではないでしょうか。
■ 「よい子」の影で、失われてきた声
では、私たちは本当に、子どもの声を聴いてきたのでしょうか。
「泣かない子」が、強い子なのでしょうか。
「我慢できる子」が、よい子なのでしょうか。
「親を困らせない子」が、育てやすい子なのでしょうか。
「学校に適応できる子」だけが、正しい子どもなのでしょうか。
「家族のために自分を抑える子」を、私たちは無意識に望んできたのではないでしょうか。
そして、声を上げられなかった子どもたちが大人になったとき、
その沈黙はどこへ行くのでしょうか。
それは、
「自分の気持ちがわからない」
「嫌と言えない」
「人に頼れない」
「自分の人生を生きている感じがしない」
という、大人になってからの生きづらさとして現れているのではないでしょうか。
子どもの権利とは、子どもをわがままにするためのものではありません。
子どもが、
一人の人間として尊重され、
安心して声を出し、
自分の感情を感じ、
自分の存在を肯定しながら育つための、
人間の尊厳の土台です。
■ 声を聴かれなかった子どもは、声を聴く大人になりにくい
ここには、もう一つ見つめるべき問題があります。
それは、
生きづらさの世代間連鎖です。
子どもの頃に自分の気持ちを聴いてもらえなかった人は、
大人になったとき、自分の感情をどう扱えばよいのか分からないことがあります。
泣くことを許されなかった人は、
誰かの涙に戸惑います。
怒ることを禁じられてきた人は、
子どもの怒りを「わがまま」と感じてしまうことがあります。
助けを求めても応えてもらえなかった人は、
誰かに頼ることも、誰かの助けを受け取ることも苦手になることがあります。
そして、自分が受けてきた関わり方を、
無意識のうちに次の世代へ繰り返してしまうことがあります。
【研究に基づく要点】
子ども虐待や不適切な養育には、世代間で関連が見られることがメタ分析でも報告されています。つまり、親自身が子ども時代に受けた傷つきが、次世代の養育に影響することがあります。
ただし、それは「必ず繰り返される」という意味ではありません。連鎖は、気づき、支援、関係性の修復によって断ち切ることができます。
親が悪い、という単純な話ではありません。
親もまた、かつては子どもでした。
その親も、さらにその親から、
「我慢しなさい」
「泣くな」
「迷惑をかけるな」
「親の言うことを聞きなさい」
という価値観の中で育てられてきたのかもしれません。
声を聴かれなかった子どもが、
声を聴く大人になることは、簡単ではありません。
尊重されなかった子どもが、
他者を尊重する大人になるには、
どこかで一度、自分自身の痛みに気づく必要があります。
だからこそ、生きづらさは個人の問題にとどまりません。
それは、家庭の中で、学校の中で、社会の中で、
長い時間をかけて受け継がれてきた
痛みの連鎖でもあります。
けれども、連鎖は必ずしも続くものではありません。
自分の内側にある痛みに気づき、
「これは私の弱さではなかった」
「私は本当は、聴いてほしかった」
「私は本当は、尊重されたかった」
と認めることができたとき、
その人の中で、連鎖は少しずつほどけ始めます。
子どもの権利条約が私たちに問いかけているのは、
子どもをどう守るか、ということだけではありません。
それは同時に、
かつて子どもだった私たち自身の尊厳を、もう一度取り戻すこと
でもあるのだと思います。
■ 現代の日本の子どもたちに表れている数字
現代の日本でも、子どもたちの声はさまざまな形で表れています。
ここでは、文部科学省の令和6年度調査と、ユニセフの国際比較から、重要な数字を整理します。
【文部科学省:令和6年度調査の主な数字】
いじめ認知件数
小・中・高・特別支援学校で 769,022件
前年度は732,568件
小・中学校の不登校児童生徒数
353,970人
前年度は346,482人
高校の不登校生徒数
67,782人
前年度は68,770人
高校中途退学者数
44,571人
前年度は46,238人
学校から報告のあった児童生徒の自殺者数
413人
前年度は397人
文部科学省の令和6年度調査では、いじめ認知件数は769,022件、小・中学校の不登校児童生徒数は353,970人、高校の不登校生徒数は67,782人、高校中途退学者数は44,571人、学校から報告のあった児童生徒の自殺者数は413人とされています。
これらの数字は、単なる統計ではありません。
そこには、
声にならなかった声があります。
見過ごされてきた痛みがあります。
大人に合わせて生き延びてきた子どもたちの沈黙があります。
■ 日本の子どもの幸福度から見えること
ユニセフのレポートカード19では、日本の子どものウェルビーイングについて、身体的健康と精神的幸福度の間に大きな差があることが示されています。
【ユニセフ レポートカード19:日本の結果】
・総合順位
36カ国中 14位
・身体的健康
1位
・精神的幸福度
32位
・15歳で生活満足度が高いと答えた割合
71%
・子ども・若者の自殺率
10万人あたり 10.41人
レポートカード対象国平均は6.24人
日本は、身体的健康では1位と高い評価を受けています。一方で、精神的幸福度は36カ国中32位です。15歳の生活満足度は71%と対象国平均の70%をわずかに上回る一方、自殺率は10万人あたり10.41人で、対象国平均の6.24人を上回っています。
ここから見えてくるのは、
日本の子どもたちは、身体的には比較的守られている一方で、
心の幸福や安心感には大きな課題が残っている
ということです。
これらの数字は、
「最近の子どもは弱くなった」
という話ではありません。
むしろ、私たち大人が問われているのだと思います。
子どもたちは、本当に安心して声を出せているのでしょうか。
「つらい」と言ったとき、受け止めてもらえる社会でしょうか。
学校に行けない子どもを、怠けや甘えとして見ていないでしょうか。
いじめを受けた子どもが、さらに孤立するような構造を放置していないでしょうか。
命を絶つほど追い詰められる前に、私たちはその声を聴けているのでしょうか。
子どもの権利とは、子どもを特別扱いするためのものではありません。
子どもが、
一人の人間として尊重され、
安心して声を出し、
自分の感情を感じ、
助けを求めることができるための、
人間の尊厳の土台です。
そしてその土台が十分に守られないとき、
子どもの沈黙は、
大人になってからの「生きづらさ」として現れることがあります。
■ 生きづらさの奥には「成熟への入口」がある
生きづらさは、ただ苦しいだけのものではありません。
その奥には、
本当は泣きたかった自分。
本当は助けてほしかった自分。
本当は怒りたかった自分。
本当は「私はここにいる」と言いたかった自分がいます。
その自分に出会うことは、
過去を責めるためではありません。
親を裁くためでも、
社会を恨むためでもありません。
ただ、
自分の中で止まっていた時間を、
もう一度、愛の中で動かしていくためです。
生きづらさの奥には、
必ず成熟への入口があります。
そしてその成熟は、
「我慢できる人になること」ではありません。
自分の痛みに気づき、
自分の尊厳を取り戻し、
他者の尊厳も大切にしながら、
愛に基づいて生き直していくことです。
■ 最後に、社会への問い
私たちは、子どもを本当に一人の人間として見ているでしょうか。
子どもの声を、
「わがまま」ではなく、
「権利」として聴いているでしょうか。
大人にとって都合のよい子ではなく、
その子自身の命が、その子らしく育つことを、
私たちは本当に支えているでしょうか。
そして、かつて子どもだった私たち自身も、
自分の内なる声を、今、聴いているでしょうか。
生きづらさとは、
個人の弱さではありません。
それは、
愛されること、守られること、尊重されること、声を聴かれることが、
本来どれほど人間にとって大切なのかを知らせてくれる、
心からのメッセージです。
あなたの心に、
平和と信頼を取り戻せるのは、
あなた以外の誰でもありません。
あなたらしく生きようとするあなたを、
心から応援しています。
ご縁をありがとうございます。
全てに感謝です。
引用・参考文献
Felitti, V. J., Anda, R. F., Nordenberg, D., et al. (1998). Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults: The Adverse Childhood Experiences Study. American Journal of Preventive Medicine.
Center on the Developing Child at Harvard University. Toxic Stress.
Cassidy, J., Jones, J. D., & Shaver, P. R. (2013). Contributions of attachment theory and research: A framework for future research, translation, and policy. Development and Psychopathology.
United Nations. Universal Declaration of Human Rights.
UNICEF. History of child rights.
日本ユニセフ協会. 子どもの権利条約.
日本ユニセフ協会. 子どもの権利条約の考え方.
日本ユニセフ協会. 子どもの権利条約 締約国・地域のリスト.
文部科学省. 児童の権利に関する条約.
こども家庭庁. 児童の権利に関する条約.
こども家庭庁. こども基本法.
全国私立保育連盟. (2019). 委託研究「近代以前の子ども・子育て」報告書:近世日本.
上井倫子. (2019). 我が国の子どもの生活と地域連携の歴史からの一考察.
アジア経済研究所. (2011). 歴史に見る児童労働の経済メカニズム.
Assink, M., et al. (2018). The intergenerational transmission of child maltreatment: A three-level meta-analysis. Child Abuse & Neglect.
Madigan, S., et al. (2019). Testing the cycle of maltreatment hypothesis: Meta-analytic evidence. Development and Psychopathology.
日本ユニセフ協会. (2025). ユニセフ イノチェンティ研究所 レポートカード19:先進国の子どものウェルビーイング.
文部科学省. 令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果.
