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【ショートショート】消された村(2084年)

崩れかけた石垣の間を縫って風が塩を運んでくる。生臭い海の匂いがゆっくりと家に沁みこんでいった。

ここはかつて徳島県牟岐町の出羽島と呼ばれた場所。一昨年の大津波後、居住実態が確認できないとして、地図上から名前が消えた。入江を囲うようにかつては数十件の家が立ち並び、若者が鰹漁に繰り出していたが、今ではもう船は一隻も残されていない。倒壊した家と3人の老人が残るだけだ。

しのぶはその一人だった。

丘を登ったところにある井戸の水は、このところ少し鉄と塩の味がする。煮沸に使う薪は、裏山から拾ってくる。腰が痛むが、誰に頼めるわけでもない。

大根は虫に喰われたが、しのぶは葉っぱの柔らかいところだけをちぎって、おかゆに入れた。味噌は、去年の冬に蓄膿と虫歯で寝たきりになった喜子婆が仕込んだ。塩気が強すぎたが、文句を言う者はいない。

空には、金属の羽音が響いていた。

「またかいな」。しのぶの横にいたあきら爺が深い皺を歪めた。

小さな影がひとつ、沖の空を横切る。銀色の機体が弧を描き、入江をなぞるように低空で旋回していた。

海上都市「ユメナニワ・ゴールドフロート」からの観光用ドローンだ。

遠く海の向こうからでも見える金色に輝く人工島。地上400メートルを超える高層ビル群の足元には、光る水路と滑走路が交差している。しのぶは知るよしもなかったが、都市では野生の老人を見るツアーが近年流行していた。自然と共生する原始人、そういった趣旨だった。

機体が浜辺にホバリングを維持したまま浮かんでいる。翻訳音声が響かせる。「こんにちは」「聞こえますか」

しのぶたちはそれぞれの作業を続けたまま反応を示さない。

しばらくして機体から降りてきたのはすっきりとした顔立ちの浅黒い肌をした外国人たちだった。ガードマンと思しき日本の中年男性が銃を構えている。
「美味しいもの食べたくない?」「寿司もラーメンもあるよ」
外国人が口を動かすと日本語になって届く。自動翻訳機の仕業だったが、何も知らないしのぶたちには不気味な音を発する外国人としか映らなかった。しのぶは、畑の土で黒くなった手を拭きもせず、ただ、ゆっくりと首を横に振った。

観光客たちからは特に悪意は感じられなかった。大人も子供も好奇心で目を輝かせて撮影用ドローンに指示を飛ばしている。しのぶは動物園の檻を覗くような目だなと感じた。

何かをするたびに観光客からは歓声が飛んだ。しのぶたちは何も言わなかった。畑の端に刺した竹の支柱を直し、傾いた鍬を肩にかけて、小屋の方へと歩き出した。一人の男児がお菓子を投げ込んで、親と思しき人が叱責する声が聞こえた。飛行機はやがて去っていった。風が残していった機械の匂いも、潮に流されて消えた。

夕暮れ、海がわずかに赤く染まる。丘の上から見ると、ユメナニワ・ゴールドフロートが放つ光が空に浮かびあがった。

「よう光るねえ、あれは」。声をかけたのは、あきら爺だった。しのぶは笑わなかった。ただ「うん」とだけ返した。

しのぶの小屋に戻った。あきら爺がついてきたが、追い返す気力もなかった。鍋に水を張り、味噌を溶き、干したバナナを一掴み。火を起こそうとしたが、薪が湿っていて、しばらく白い煙ばかりがあがる。味噌が溶け切らない冷たい汁をすすった。

あきら爺は先ほど男児が投げ込んだお菓子を差し出した。しのぶは泣きそうな顔になって頬張った。名前も忘れてしまった茶色いお菓子は信じられないほど美味しかった。
天井の穴から覗く空には星がキラキラと輝いていた。


作者より

SFって書くのも読むのも楽しいですよね。
今回は少子化がこのまま進んだ日本っていう設定でchatGPTと物語を考えてみました。こんなふうになるのにはあと60年もかからないかもなあ(故郷を思い返しながら)

大阪万博に準えて、飛ぶ車も登場させてみました。
制作過程は後日公開するよ!


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