「100年後に1万倍」の定期預金で考える。約束された金額と、インフレが奪った価値
明治時代、こんな貯金がありました。「今1円を預ければ、100年後には1万円になります」。
1万倍です。今で言えば、1万円を預けたら、100年後に1億円になるようなイメージです。すごい話ですよね。今回は、この貯金が実際にその後どうなったのかをたどりながら「インフレ」というものを、できるだけシンプルに見ていきます。
結論
この貯金の証書を、大事に持っていた家族がいました。おじいちゃんから受け継いだ証書で、何十枚もありました。100年が経ち、いよいよ受け取りの日です。
銀行に証書を持っていくと、ちゃんと1万円が出てきました。約束は守られていました。1円は、確かに1万円になっていたのです。
ただ、家族が期待していたのは、それだけではありませんでした。当時の1円は、今の感覚でいうと、かなりの重みを持つお金でした。もしその重みのまま1万倍になっていたら、今の価値で5,000万円くらいになっていてもおかしくない。そんな期待もあったのです。
でも、実際に手にしたのは、あくまで「今の1万円」でした。銀行の答えは、「1万円は1万円です」というものでした。数字としては約束通り増えていたけれど、その1万円は、証書を買った当時の1円が持っていたような重みは、まったく持っていなかったのです。
これは、この1件だけの特別な話ではありません。新潟にあった別の銀行(その後、名前が変わって今の第四北越銀行につながっています)でも、同じような100年貯金がありました。こちらは1円が339円になる計算でしたが、実際にもらえた金額は「たったこれだけ?」というくらい、がっかりするような金額だったと伝えられています。
つまり、「証書に書かれた数字が増えること」と、「実際に生活が豊かになること」は、まったく別の話なのです。
昔の1円は、どれくらい重かったのか
ここが、この話の一番のポイントです。「当時の1円」が、どれくらいの重みを持っていたのか、具体的に見てみます。
明治33年ごろ、警察官の初任給はだいたい9円くらいだったとされています。つまり、1円というのは、お給料のおよそ9分の1にあたる、決して小さくないお金でした。今の感覚に置き換えると、当時の1円はだいたい2万円くらいの価値があったと言われています。
その1円が、100年後に1万円になりました。もし1円が今の2万円くらいの重みを持っていたのだとしたら、その1万円も、本来はそれくらいの重みを持っていてほしかった、ということになります。でも実際には、100年後の1万円は、ただの1万円でしかありませんでした。
なぜこんなことが起きたのか。それは、100年の間に、物の値段がどんどん上がっていったからです。
物の値段が上がると、お金の重みは軽くなる
たとえば、今100円で買えるジュースがあるとします。もし100年後、そのジュースが1万円になっていたら、どうでしょうか。あなたの手元にある1万円は、100年前のジュース1本分の価値しかない、ということになります。
これが「物価が上がる」ということです。そして、物価がどんどん上がっていく現象を「インフレ」と呼びます。
明治から現代までの100年、日本ではまさにこれが起きました。特に、戦争が終わる少し前から戦後しばらくの間、物の値段はものすごい勢いで上がりました。ざっくり言うと、1930年代半ばに100円で買えていたものが、1950年代半ばには3万円出さないと買えなくなった、というくらいの上がり方です。その後も、日本が急成長した時期や、石油危機と呼ばれる時期に、物の値段は何度も大きく上がりました。
100年間トータルで見ると、物の値段はおよそ3,000倍以上になったとされています。貯金は1万倍になっていたので、数字だけ見れば貯金の方が勝っているように見えます。でも、物の値段の上がり方があまりに大きかったせいで、100年後の1万円では、当時の1円が買えていたほどのものを、買うことができなくなっていたのです。
「増えた数字」と「買えるもの」を、分けて考える
ここで、覚えておきたい考え方があります。「お金の数字」と「そのお金で買えるもの」は、別々に動く、ということです。
たとえば、銀行にお金を預けて、金利が年1%つくとします。数字だけ見れば、お金は毎年1%ずつ増えていきます。でも、その年に物の値段が3%上がっていたらどうでしょうか。手元のお金は増えているのに、そのお金で買えるものの量は、むしろ減ってしまいます。
通帳の残高は増えている。でも、買えるものは減っている。これが、インフレによってお金の価値がじわじわ削られる、ということです。
100年定期預金の話は、この「数字は増えたのに、実は買える量は減っていた」という現象が、100年という長い時間をかけて、極端な形で起きた例だと言えます。
貯金だけでは、じわじわ目減りすることがある
この100年定期預金の話は、遠い昔の極端な例に見えるかもしれません。でも、同じことは、今の私たちの貯金にも、規模は違えど当てはまります。
銀行にお金を預けておくことには、大きな安心感があります。元本(預けた金額そのもの)が減ることは基本的にありませんし、万が一銀行が潰れても、1つの銀行につき1,000万円までとその利息は、国の仕組みで守られます。
ただし、預けているお金の数字自体は減らなくても、世の中の物の値段がそれ以上のペースで上がり続けると、そのお金で買えるものは、少しずつ減っていきます。目に見えて減るわけではないので気づきにくいですが、これがインフレの怖いところです。
最近、日本では銀行の金利が少しずつ上がってきています。これは良いニュースですが、「金利が上がった=もう安心」というわけではありません。金利が上がるスピードよりも、物の値段が上がるスピードの方が速ければ、やっぱりお金の価値はじわじわ削られていきます。
貯金だけでなく、値段が上がると一緒に強くなるものも持っておく
だからこそ、「銀行に預けて守る部分」と「インフレと一緒に育っていく部分」の、両方を持っておくという考え方が大切になります。
株式や不動産は、一般的に、物の値段が上がる局面では、その価値自体も一緒に上がっていきやすいとされています。会社が売る商品の値段や、家賃、不動産の値段は、世の中の物価とともに変わっていく性質を持っているためです。もちろん、値段が下がることもあるので、預金のような「絶対に減らない」という安心感とは違いますが、「証書の数字は増えたのに、実際には昔ほどの価値がなかった」という、100年定期預金のような事態を避ける手段にはなります。
大事なのは、どちらか一方だけに偏らないことです。すぐ使うお金や、いざというときのためのお金は、安心して預けておける形で持っておく。そして、当分使う予定のないお金の一部は、値段が上がると一緒に強くなるものに置いておく。この両方のバランスを取っておくことが、100年後とまではいかなくても、10年、20年という長い目で見たときには、大切な考え方になると思います。
まとめ
「1円が100年後に1万円になる」という貯金は、証書の数字だけ見れば、確かに約束通り増えていました。銀行に持っていけば、ちゃんと1万円が出てきました。
ただ、その100年の間に物の値段がそれ以上のペースで上がってしまったせいで、受け取った1万円は、当時の1円が持っていたような重みを、まったく持っていませんでした。同じ時期にあった別の100年貯金でも、同じようにがっかりする結果になった記録が残っています。
今、日本の銀行の金利は少しずつ上がってきています。ただ、金利が上がったからといって、それだけで安心とは言い切れません。大事なのは、通帳に書かれた数字ではなく、「そのお金で実際に何が買えるか」で考えることです。銀行に預けて守る部分と、物の値段が上がると一緒に強くなるものを、両方持っておく。この100年定期預金の話は、そんなバランスの大切さを教えてくれていると思います。
