トライアルが始まった瞬間に終わった日ーー髪型を変えたまま迎えた話
「人は見た目が9割」という言葉があります。
オンラインで教えている私たちの場合、その見た目にあたるのは、たぶんプロフィールの写真です。
生徒さんは、会う前に私たちの写真を見て どの講師と学習をするかを決めています。

そのことを、いちばん痛い形で経験したことを思い出しました。
トライアルレッスンの日のことです。
レッスンルームに入ってきた生徒さんは、挨拶をする間もなくいなくなりました。
ネットワークの問題かな?と思い、しばらく待っていましたが生徒さんは戻ってきません。
しばらくしてスケジュールを確認したら、予約そのものがキャンセルされていました。
心当たりは、髪型でした。
去年ケニアに行ったときに、アフリカンヘアに挑戦しました。
帰国してからも既存の生徒さんに見せたくて、しばらく戻さずにいたのです。
つまり、プロフィールの写真とは違う頭で画面の前に座っていました。
予約が入ったとき、先に伝えておこうかと少し迷いました。
でも大丈夫だろうと思って、何も言わずに当日を迎えました。

そのあと、メッセージを送っても返信はありませんでした。
最後は、髪型で驚かせてしまったかもしれません、申し訳ありませんでした、という内容を送って、それきりです。
理由は聞けていないので、髪型のせいだと決めつけることはできません。
急用だったのかもしれません。
ただ、思い当たることは他になく、伝えるかどうか迷ったこと自体が答えだったのだろうと思います。
迷った時点で、自分でも差があると分かっていたわけですから。
背表紙で手に取ってもらったあと
以前、講師が増えていく状況を、大きな本屋に並んだ背表紙にたとえて書いたことがあります。
似たようなタイトルの本が何百冊も並ぶ棚の中で、思わず手に取ってもらえるかどうか、という話でした。
プロフィールの写真は、ちょうどその背表紙にあたる部分だと思います。
背表紙に並んでいるのは、題名だけではありません。
装丁の色や紙の質感も、同じ数秒で見られています。
プロフィールでいえば、紹介文の書き出しが題名で、写真が装丁にあたります。
ただ、あのときは書かなかったことがあります。
手に取ってもらえたとしても、表紙をめくって中身が思っていたものと違えば、本は棚に戻されます。
トライアルから継続にならないことが多い場合は、このギャップが問題になっていると思います。
背表紙の役目は、手に取ってもらうところまでで終わりではないのでしょうね。
ネットで服を買うときのことを考えてみても、一覧をじっくり読んではいません。
眺めるような速さでスクロールして、良さそうと思ったものだけ開いています。
値段や素材、レビューを読むのは、そのあとです。
生徒さんも同じでしょうから、判断にかけてもらえる時間は数秒だと思っておいた方がよさそうです。
そして私の場合、その数秒は画面が切り替わってからも続いていました。
55パーセントという数字の話
こういう話になると、必ずメラビアンの法則が出てきます。
第一印象の55パーセントは見た目で決まり、声のトーンが38パーセント、話の内容はたった7パーセント。
だから見た目が大事なのだ、という説明です。
私も長いあいだ、そういうものだと思っていました。
ただ、調べてみると、この数字はもう少し狭い場面のものでした。
もとの実験が扱っていたのは、言葉の内容と、表情や声が食い違っているときの話です。
たとえば、ため息をつきながら「大丈夫だよ」と言われたとします。
言葉は大丈夫と言っているのに、たいていの人は大丈夫ではない方を受け取ります。
そういうときに何を信じるか、を調べた研究でした。
会話のすべてがこの割合でできている、という意味ではないのだそうです。

数字が一人歩きしている例だと思います。
ただ、もとの意味の方が、私の失敗にはよく効きます。
食い違ったときに人が信じるのは、見た目の方でした。
写真より良く見せようとした場合だけの話ではありません。
単に違っているというだけでも、最初の数秒でそれは伝わります。
完璧な写真と、話しかけやすい写真
threadsを見ていると日本語講師に混じって中国語や韓国語の講師のPreply広告が流れてくることがあります。
中国語や韓国語の女性講師はモデルのように整った写真ばかりで、確かに目が止まります。
素敵だなー、綺麗な人だなーと思って、しばらく眺めてしまいます。
でも、目が止まることと、申し込んでもらえることは別です。
ジムを思い浮かべると分かりやすいかもしれません。
運動を始めようと思ったとき、ゴールドジムのような設備の整った本格的なジムは魅力的に見えます。
ただ、中をのぞいて鍛え抜かれた人たちがそろっているのを見ると、今の自分が入っていくのは気が引ける。
始めたばかりの人ほど、そう感じるのではないでしょうか。
そういう場所だからこそ続く人もいます。
周りが真剣だと自分も引き上げられる、というタイプです。
同じ設備を見て、やる気が出る人と気後れする人に分かれるわけです。
日本語のレッスンも似たところがあります。
あの先生と毎週会えるなら続けたい、と思う生徒さんもいます。
それは立派な動機ですし、実際にそれで生徒さんが集まっている講師もいると思います。
ただ、レッスンは間違えるところを人に見せる時間でもあります。
あんまり完璧な人だと緊張して話せない、と感じる生徒さんも必ずいます。
この人になら、できない自分を見せても平気だ、と思ってもらえるかどうかは、写真の美しさとは別のところにあります。
だから写真を撮るときに考えるのは、どうすればきれいに写るかではなく、自分の場合はどこが強みなのか、ということなのだと思います。
明るく話す人ならそのまま笑った顔で、落ち着いて聞くのが得意な人なら安心できる雰囲気で。
整えるほど良くなるわけではありません。
自分と違う方向に整えた写真は、借りた服を着ていのと同じです。
サイズが合っていないことは、トライアルレッスンでたいてい相手にも伝わってしまいます。
選挙ポスターと、選ばれたあとのこと
私がPreplyのプロフィールを作った時に参考になるなと思ったのは、選挙のポスターです。
数秒しか見てもらえない前提で作られていて、しかも候補者を選んでもらう必要がある。
この二つがそろっているところが、講師のプロフィールとよく似ています。
改めて見ると、どのポスターも背筋が伸びていて、視線がこちらを向いていて、服に清潔感があります。
書いてある言葉は短く、色も候補者の雰囲気に合わせて選ばれています。
全てが「この人なら任せられそうだ」という感じを数秒で作るために置かれています。
同じことは動画でもできます。
私が気をつけているのは、最初の日本語での挨拶を少し高めの声ではっきり言うことでした。
ふだん通りに話したつもりでも、録画を見返すと思ったより沈んで聞こえることがあります。
少し高めを意識すると、ちょうどよく届く感じになります。
選挙カーから聞こえてくる第一声も、たいてい高く張った声で、しかも名前から始まります。
あれも、通りすがりの人が振り向くまでの一瞬しかないと分かっているからなのでしょう。
プロフィール動画の出だしも、同じ場所に置かれています。
ポスターに余計なものが写っていないように、動画の背景も片づけておく。資格を並べるより先にやることかもしれません。
話す内容を練るより、最初のひと言を練った方が効く場面はあると思います。
ただ、ポスターと違うところもあります。
候補者は選ばれたあとに一人ずつ会いに来るわけではありませんが、講師は選ばれた翌週から毎回顔を合わせます。
だから、見た目を整えるというのは、その見た目に責任を持つことでもあるのだと思います。
写真の中の自分が、次のレッスンに現れる自分と地続きであること。
清潔感も、笑顔も、声の明るさも、レッスンのたびに再現できる範囲にしておくこと。
そう考えると、盛らない方が結局は楽です。

もっとも、髪型は変わります。
私はあのアフリカンヘアを気に入っていましたし、既存の生徒さんはとても喜んでくれました。
ケニアの話でレッスンの半分が埋まった日もあります。
変えてはいけないという話ではなくて、変えたなら写真も差し替えるか、先に一言伝えるか、どちらかをやっておけばよかったという話です。
今なら、迷った時点で伝えると思います。
背表紙で手に取ってもらったあと、中身を読んで棚に戻されないこと。レッスンは、予約が入る前から始まっています。
