縁起が多すぎて疲れる夜
年越しそばを食べなきゃ、と思っていた。
毎年のことだ。
別にそばは好きだし、嫌いじゃない。
ただ「食べなきゃ」という気持ちが先に来ると、
急にそれは義務みたいな顔をする。
天ぷらを買うのもしんどい。
笑ってしまうくらい、しんどい。
そばだけじゃだめで、
海老があって、
それなりの感じじゃないといけない気がしてくる。
おせちもそうだ。
本当は、台所に立つ人を休ませるための知恵だったはずなのに、
いつのまにか
「正月らしさ」
「ちゃんとした家」
みたいな顔をする。
三が日は包丁を持つな、という話もある。
でも、朝は来るし、腹は減る。
包丁を置いたからといって、
人生が整うわけでもない。
縁起って、なんでこんなに多いんだろう。
多すぎて、少し疲れる。
もし
「やらなかったから運が悪くなった」
と言う人がいたとしても、
それを否定する気はない。
ただ、私は
そう思わないほうが楽だった。
運が悪くなるより先に、
気にしすぎて心が疲れる。
それのほうが、よっぽど現実的だ。
今日は
そばを食べてもいいし、
食べなくてもいい。
おせちがあってもなくても、
年はちゃんと明ける。
縁起を信じる人がいてもいい。
でも、縁起に疲れた夜があってもいい。
今日はもう、
考えないことにした。
それだけで、少し眠れそうな気がする。
