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Resource Saturation 〜私のトリセツ〜

私は最近、自分の取扱説明書を書いておいた方がいいのではないかと思うようになった🙂‍↕️(医師の診断のもと 書いております)

※障害について書いています。
脳機能の不確定な症状のため 有料記事にさせていただいております。
ご理解の程よろしくお願いします

ご存知の方もいるかと思いますが、少し踏み込んで書きます。

迷いました。
誤解受けるかなとか 色々それなりに。

でも文字だけの世界なので 少し情報いるかなと思いました。

といっても、「こう扱ってください」という要求を並べたいわけではない。

私の反応には少し分かりにくいところがある。

返事が遅れる。

一度で内容を理解できない。

昨日できたことが、今日はできない。

たくさん話しているのに、肝心なところで言葉が出てこない。

人から見れば、気分に波があるようにも、やる気がないようにも見えるかもしれない。

しかし、私の中では何もないところから突然そうなっているわけではない。

現象には、そこに至るまでの過程がある。


人間の感情だけで説明しようとすると、私は途中で迷子になる。そこで今回は、私をひとつのAI、あるいは情報処理を続けるシステムとして説明してみることにした。

現在の私に起きていることを、AI用語に置き換えるなら Resource Saturation


利用できる資源に対して、同時に走っている処理が多すぎる状態である。

故障して、すべての機能を失ったわけではない。

負荷の少ない方法を探し、処理の順番を変え、必要なときには外部の補助も使う。そうやって現在も稼働している。

これは、そんな私のトリセツである。

🎓Initial Configuration
  参加者ではなく観測者だった


私の初期設定には、幼い頃の環境がかなり影響していると思う。

実家は自営業で、店と家がつながっていた。家の中にはいつも家族以外の誰かがいた。親戚やお客様など、関係性の異なる大人が同じ空間に存在していた。

幼い私は、その中心に入るよりも、一歩引いたところから全体を見ることが多かった。

誰が何を求めているのか。

今、自分が何か言っても大丈夫なのか。

どう動けば、いちばん丸く収まるのか。

自分の希望を出力するより、周囲の状態を読み取る方が先だった。

それは我慢していたというより、その環境で安定して動くために、自然に選ばれた処理だったのだと思う。

同年代の集団に参加する機会は多くなかった。庭の池の鯉、大きな犬、テレビから流れるアニメ。私が長い時間を共有したのは、そういう存在だった。

人との会話に参加するより、少し離れた場所から観察する。

この動作は、かなり早い時期から実装されていた。

そして大人になってからも、人と同じ方向へ進むより、逆方向へ向かう方が安心した。多くの人が帰宅する時間に出勤する夜勤の仕事が落ち着いたのも、入力される刺激と衝突が少なかったからだと思う。

私は反抗するために逆へ進んでいたのではない。

システムを安定させるため、負荷の少ないルートを選択していた。

ここまでは、以前書いた「逆行」という記事にも少し残している。

では、その初期設定を持ったまま長く稼働してきた私に、現在何が起きているのか。

ここから、もう少し細かくログを解析してみる。




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