優先順位
「人命第一」それは、誰もが思っていることで、実際そうあるべきだと思っていることでもあると思う。
しかし、事故にしても災害にしても、大抵取り返しのつかないような出来事が起きてからでないと、そういった問題提議はなされない。
重大なテーマだが、何も起きていない平素では、何故か殆ど触れられない。
それは、そんなことを選択しなくてはならない状況になるのは恐ろしいし、自分が直接不利益を被る可能性が薄いのであれば、なるべくそんなことについては考えたくもない、多分自分は大丈夫だし関係がない事だと思っていたい、という恒常性バイアスのようなものかもしれない。
日常から外れた瞬間。
異常に片目を瞑って日常での「常識」ルールを優先するのか、それとも、築き上げてきた何らかの信頼を失うかもしれなくても、その瞬間の選択として「自分にとって正しい」と感じることを優先するのか。
例えば、仕事中に何か想定外の事が起きたとする。
想定よりも「異常」のレベルが低かった場合、前者が「正解」とされて、後者を選択した場合、「常識外れの無責任」だと罵られる可能性が高いし、その後、そこに社会的に居場所がなくなってしまう可能性も低くないだろう。
そういうことを考えてしまうと、気は進まないと思っていたとしても、「常識」通りに動かなければ、元の生活に戻った時に多くのものを失ってしまうのではないかという恐れや葛藤を抱かずにはいられないとも思う。
だが、想定よりも「異常」のレベルが高かった場合、後者を選ばなければ「言葉」すら失うかもしれない。
金銭管理を人命よりも優先した企業に対して、非難が集まっている。
それは、当然だとも思う。
とはいえ、その企業だけが、今の日本で「特別」異質なのだとも言い切れないと感じるところもある。
予想が外れていてほしいと思うが、自分のいくつかの勤務経験なども踏まえると、それなりの割合の企業(特に小売り)で、同様の非常事態に直面した場合、同じように人命はそこそこに(多分大丈夫だろうという希望的観測のもとに、指示を出す上司は、そのまた上司から損失を出したと叱責されることをなるたけ回避したいという思いから)「(現場の混乱を理解していながら、気付かないふりをして)利益を確実に確保するように」という指示を出す可能性が高いのではないかと考えてしまったりもする。
実際、(直接的な当事者ではないが)何故この状況でそんな「非現実的」な(恒常時基準の)指示を出すのか理解しがたい、楽観的で能天気すぎるのか、それとも相手を使い捨てとしか思っていないのか、と空恐ろしく感じるような場面に遭遇した経験もある。
もし、当事者であったとしたら、最悪「会社を辞める覚悟」まで決めて、あえて従わないという選択肢を取らなければ、命がいくつあっても足りないかもしれない。
たとえ、命を懸けて、会社の利益を守っても、無事でいれば「当然のこと」として扱われ、たいして感謝もされない。
しかし、利益を損失すれば、状況などお構いなしに叱責される。
そして、無事でなければ、謝罪の言葉と多少の金銭で終わりだ。
当たり前に続いていくはずだった時間も、健康も、誰も担保してはくれない。
保険金云々というような金銭的補填は別として、本当の意味での自分に対しての責任は、自分以外の誰にも取ることはできない。
そして、企業というのは、こうして今現在のように多くの人が「変わるべきだ、変わらなくてはならない」と倫理的、感情的に正しい事を叫んでいても、思っているよりも、簡単には変わらないものだとも思う。
真摯にすぐに現実的な対応策を考えたり、マニュアルの改善にとりかかるよりは、(当該企業は別として)どこか対岸の火事という認識で、面倒な事になると困るから自社も気をつけないといけないと軽く何かの折に話が出る程度にとどまってしまい、結局現状維持というケースも少なくないのではないのだろうか。
少し脱線したが、はじめのテーマに戻って、どこの企業も人命を第一に優先するべきというのは、もっともであり、正論であり、そうあるべきだと思う。
しかし、実際に企業の意識と行動が変わるまでには、気の遠くなる時間が必要になるだろう。
だからこそ、感情論ではなく、自分が管理者の場合も、現場担当者の場合も、もし選択を迫られた場合、自分にとって何を優先するのがベストなのか、そして、それを優先することによって何を得て(守って)、失う可能性があるのか、事前にある程度考えておくということが必要になってくるのかもしれない。
