魔法の言葉で支配する母
義母もひどい人だったけど、私の母親は自分の思い通りにしたい人だった。
妹のことはすごく可愛がる人で、私は都合のいい子だった。
いつだって「お母さんには妹ちゃんが居るから、あんたは大きいのだから我慢しなさい。」「お母さんは、あんたの為を思って言ってあげてる」が口癖だった。これを言えばなんでも言うこと聞く魔法の言葉とでも思っていたのか。
妹には絶対に食事の用意の手伝い、家の掃除、買い物なんてさせないのに、私には当たり前にさせていた。嫌だと言ってもさせられた。大きいのだからと。小さい時は自分なりに頑張っていたけど、小学校にもなると不公平って事に気付き反抗もした。母に向って、私は「お母さんみたいにはならない」とも言った。母の妹贔屓は今もだけど、妹と話していてある事が発覚した。母方の祖母が亡くなった時に形見分けがあったのだけど、その時、母が私に渡して来たのは祖母の肌着だった。なぜ私に下着?と思ったのと、いらなかったので、お母さんが使えば?と言えば「お母さんは着ないから」じゃあ、妹ちゃんにあげれば?と言ったら
「こんなのいらないって言うわ。」
ですって。
こんなのを私には渡してくるんだ。娘である母すらも着ないってやつを。
そして妹が受け取ったのは真珠のネックレスだった。ここまでの差別はひどい。
高校も自由ではなく母の決めた高校以外は行かせないと言い、私がやりたかった事にはことごとくケチを付けて否定し、絶対にダメだと言った。こう言うやり取りを見ていた妹は自分は高校へは行けないと思ったらしいけど、母に口出しをされることは無かった。高校生の時に家を購入したので引越しをした。その引越しでも「お母さんはこんな所には来たくなかったのに、お父さんとあんたが良いって言うから!」と、何年にも渡って言われ続けた。最近、両親も年をとって自分たちのお墓問題が出てきて、どこにするかを相談したいと言われているけど、私はノータッチで行くことにした。どこになっても、どうせまたグチグチ言われるのは目に見えている。どうぞ、好きな所にして下さい。
幼稚園前だったから3歳くらいだっただろう。母と妹が買い物に行くと言って私は家においていかれた。絶対に外に出るなと言われ。でもだんだんと不安になって来て「お母さん、まだかなあ」と家の中をウロウロしてた。絶対に外に出てはいけないと言われていたので、それを守っていたけどなかなか帰って来ない。「外には出ないからドアから外を見るだけ」とドアを開けると母が帰ってくるのが見えた。「お母さん」と嬉しかったのも束の間、「外に出たらダメって言ったのに」と鬼の形相の母にそのまま外に放り出された。玄関のドアには鍵がかけられ家に入ることは出来ず。家のまわりを泣きながら走り回った。隣の家のおばさんが「うちにおいで」と言ってくれたのは覚えているけど、その後のことは覚えていない。その後も置いて行かれることはあった。小学生の時は、父と母と妹と3人で出掛けると言うので私も行きたいと言ったのだけど、頬を叩かれ置いて行かれた。今思えばこれって虐待。絶対に妹にはしないこと。
実家とは疎遠にしているわけではないけど、自分からは連絡しないし行くこともない。
お母さんには妹ちゃんが居るから、あんたは大きいのだから我慢しなさい
お母さんは、あんたの為を思って言ってあげてる
どこが私のためであるのか。私のことを否定して自分の思い通りに動かしているだけではないか。いつだって私には大きいからと我慢させて妹には甘かった。で、今頃、妹もことを「なんであんな風に育ったのか」と母に言われても、はあ?でしかない。
