詩【夕焼け】
詩 【夕焼け】
「君がわからない」
そんな言葉を
私に置いて
あなたは
どこかに
いっちゃった
あなたは言う
この世界に悪いものなど
一つもないよと
そうして
両手を広げて
優しく笑ってみせた
怯える私に
知らない?
私の心はね
そんな笑顔じゃ溶かせない
いいの
それでいい
あなたの瞳にずっと
映っていたものは
優しく微笑む私なの
いいの いいの
それでいいの
「私も私を知らない」
「だからそれでいい」
そんな言葉を
呟く帰り道
瞳に映る夕焼けは
真っ青な空を朱に染めていく
私の影だけ
まっすぐに伸ばして
春野ましゃこさんの企画に参加させていただきました↓
「ここがわたしの生きづらさ」
以前作っていた詩が、私の生きづらを言葉にした詩でしたので、参加させていただきました。
私には、昔から変わらない生きづらさがあります。
私の心には、光と闇が共存しています。
きっとそれは、誰もが持っているもの、ただ、その大きさや割合が人によって違うだけだと思うのです。
困ったことに、時々、闇が深く顔を出すことがあります。
それは、一瞬の時もあれば、長く居座る時もあります。
詩の冒頭のセリフ「君がわからない」
「なんでそんなマイナスの考えになるのか理解できない」
「本当は、何を考えているのかよくわからない」
↑
私が自分の闇を思いっきり出してしまったときに、実際に言われた言葉です。
もちろん、誰にでも闇を見せるわけではありません。
見せたくて見せたわけでもありません。
私が闇を見せてしまったその人は、闇より光の部分を多く持つ、むしろほとんど光?ってくらいのポジティブな人でした。
私の中の光だけをみていて、闇をみた途端に私の事がわからなくなったようです。
こんな風に、私の闇を見せて、それをちょっとでも否定された時に生きづらさを感じます。
笑う私も、闇を持つ私も、その両方が「私」なのに、と思うのです。
共感しなくて良いんです。
ただ、私の闇を否定せず、そんな一面もあるんだねと受け入れてくれるだけで良かったのに。
そして、もう一つ、私は過度の心配性です。
子供の頃、家の鍵が閉まっているかどうかの確認を何回もしていました。
今でも遠出をする時は、同じ場所を3回確認します。
もうルーティンになってしまいました。
そして、車を運転していて、ふと「今、何かをひいてしまったかもしれない」と不安になり、現場に戻って確認したり、ドライブレコーダーを何度も見返すこともあります。
そんなに頻回ではありませんが、ふとした時に、心配性は発動してしまいます。
以前は、不安な事があっても、こんな事を確認したら変な人だと思われないか、迷惑ではないかと不安な気持ちを押さえていましたが、最近は、自分が安心するまで確認するようになりました。
そしたら案外、周りも受け入れてくれるものです。
Xに春野ましゃこさんがあげられていた記事を読んで、これは私だ!と思いました。
noteを読んでいると、不安症も、心の闇も「私だけじゃないんだ」と思える記事にたくさん出会えます。
「私だけではないのだ」と思えること、時々生きづらさを感じる私にとって、支えになっています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
