第72回 明菜さんの手の震えと勇気に共感
中森明菜がミュージックステーションに出演していた。
難破船を歌った直後、タモリさんとのやり取り中、マイクを持つ手が震えていた。
尋常でないほどの震え。
その姿にとても強く心を動かされた。
約30年ぶりの出演だそうだ。
タイムマシンに乗って明菜ちゃんが帰ってきた。
帰ってきたのは昔のままの明菜ちゃんではない。
長い時間を生きてきた今の明菜ちゃんだった。
その震えを見ながら、私は先日の自分を思い出した。
自分にも久しぶりに人前で話す機会があった。
3年ぶりだけど、それだけで1週間前からそわそわしていた。
明菜ちゃんが背負っていたのは、私の比ではないだろう。
隠せない震え
自分だったら手の震えなんか見せたくないから隠そうとするだろう。
だけど、明菜ちゃんの震えは隠せるほどの小刻みな震えではなかった。
生々しくて、一所懸命耐えてそこにいた。
自分にはそう感じられた。
人前に立つということは、自分全部を人の視線の前に差し出すこと。
いくら「大丈夫だ」と言い聞かせても、身体はごまかせない。
身体は、ここは重大場面・傷つく可能性あり、逃げるか耐えるか準備せよと察知し始める。
言葉にできない怖さを身体が代わりに表現していた。
値踏みが始まる瞬間
こういうこともあるんだ・・・
人前に出るって、こういうことなんだ。
今の自分を人に見せるって、こういうことなんだな。
今の自分には受け入れられるのだろうか?
期待に応えられなかったらどうしよう。
自分の価値の値踏みが始まる。
明菜ちゃんの震えを見て、
自分の内面でこのような葛藤が起きていたことに気づいた。
弱さを隠しきれない姿に
恐怖を抱えたまま大切な方向へ一歩進む・・・弱さを隠しきれていないその姿に尊敬に近い気持ちを抱いた。
その姿のミニチュアが、先日の自分の姿だと感じられてきた。
自分の経験は明菜ちゃんの舞台とは比べ物にならない。
それでも、不器用さ怖さを抱えたまま人前に立ったことは同じだった。
大切なものを伝えるために、今の自分で、もう一度立ってみる。
むかしの自分でに戻るのではなく、今の自分を引き受ける。
そこから、第2の人生が始まるのかもしれない。
