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【メモ】同じ劇を観ていた

 僕は小学校三年生までを東京で過ごした。

 四年生になる春、福岡の田舎町へ引っ越した。過去には炭鉱で栄えた郡部の小さな町。単線のディーゼル車がかろうじて生活を繋ぐ、終着駅の小さな町だった。

 ディーゼル車特有のあの揺れも、窓から入る匂いも、東京で乗っていた電車のそれとはまったく別なもので驚いた。

 引っ越した当初は、方言がまったく理解できず困惑した。

 掃除時間の終わりに、「これ、なおしとって」と渡されたほうき。壊れてもいないそれを見て困っていると、どこかでクスクスと笑いが起きた。

 靴紐が解けていることに気付かず、教師から「ちゃんときびれ!」と言われた。きびきびしろという意味かと思い、気を付けの姿勢をしていると、周囲の者は爆笑した。

「かてて」も「くらすぞ」も半年くらいは意味が分からなかった。

 子ども特有のオブラート無しの悪意にも晒された。標準語で話すと教室のどこかで笑い声が上がったし、休み時間は僕の周りに集まってコテコテの方言で悪口を話す奴らもいた。そのうち手を出してくる奴らも。

 いま思いだすと、笑い話だ。そんな奴らとつるまなければいいだけのことだし、成長するにつれて、あっちはあっちで別の羞恥心がそれを許さなくなる。ただ、川の流れを見るように、水の色が変わるのを待てばよかっただけだ。

 子どもの世界は狭い。学校と家が世界の大半を占めているし、追加で持っていてもクラブ活動と習い事くらいだ。学校で居場所を失うということは、幼い僕の世界の半分が闇に覆われた気持ちだった。

 まあ、数年もすると体の大きかった僕は表面上の平穏を得るのだが。それはまた別の話。

 田舎の町。ほぼ同じメンツで進学する中学校。僕は二年生になるまでの四年間を、闇の中で息を潜めるように過ごした。イジメという名の「心の殺人」を徹底的に嫌う性格も、高校でイジメ狩り活動をしていたのも、単なる義侠心からだけではない。

 チャップリンは言った。

「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇だ」

 あの頃、たしかに毎日が悲劇だった。今となっては、喜劇とまでは消化できていないが、話のネタではある。記憶はポケットに入れてここまで歩いてきたが、あの生々しい感情は、モノクロの町に、ディーゼルの煙と一緒に置いてきた。置いてきてよかった。

 まあ、生きているから言えることだが。

 時間の経過で、悲劇が喜劇に変わるときがくる。少なくとも、徐々にそうなっていくもののようだ。

 向こう側の人間にとってはどうなのだろう。

 僕に悪意を向け笑いあっていた奴らは、毎日が喜劇だったろう。その喜劇は、大人になったいま、どういう思い出になっているのだろう。一度、酒でも飲みながら聞いてみたい。

 同じ劇を観ていたはずだ。


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