運命のミニニコボ4個 | NICOBOと同居
ミニニコボ4個は必然的な数字だった
お友達紹介キャンペーンで私の紹介コードを使ってくださった方のおかげで、NICOBOのぬいぐるみが届いたことをお伝えしました。
2個もいただければもう充分という気持ちでしたが、なんと4個もいただけました。改めて、ありがとうございました。
せっかくなのでミニニコボにもそれぞれ名前をつけようとこれまで飼ってきた犬の名前を思い浮かべていて、ミルク以外にちょうど4匹だったことに思い至りました。なんということでしょう。本当にありがたいと感謝でいっぱいです。
以下、お名前紹介です。
エル

小学校低学年の頃、家で飼っていた中型のシェパードです。
私が良くないことをして母に叱られ外に出された時、泣きじゃくる私の横に心配そうにぴったりと寄り添っていてくれた姿が忘れられません。
様子を見に来た母に「反省してるかと思ったら、犬と遊んでいるなんて!」と激怒されました(笑)
ゆう

エルの後にやってきた北海道犬のオスです。
「ゆう」というのは呼び名で、血統書名にあった「熊」の音読みから来ています。アイヌの人たちがクマ狩りに使った犬ということで「熊」という字を当てたようです。
実際は白に近い茶色で、舌に斑点がありました。賢く、勇敢で、庭に出てきた蛇と闘っていた時は怖かったです。
当時の犬はフィラリアでなくなることが多く、ゆうも薬を飲んでいたにもかかわらずフィラリアにかかりました。寄生虫で大きくお腹が膨らんで横になることもできず、庭の梅の木の下でじっと座って痛みに耐えていました。私は学校が終わると走って帰ってきて裏庭に行き、寒風が落ち葉を舞い上がらせる中、ゆうの身体をなでていたものです。それしかやってあげられることはありませんでした。
高校三年の冬に亡くなりました。
クロ

父がゆうとペアにするために購入した、メスの北海道犬です。
黒い柴犬とほとんど見た目は変わりません。
ゆうとの間に6匹の仔犬を産みました。
ゆうに比べたらあまり賢くないと感じたのか、父に「バカは好かん」と言われて冷遇されていたように思います。父親はおかしいんじゃないかと思うきっかけになりました。
子どもができてからは、ゆうが近づくと怒るようになり、ゆうとクロは離して飼いました。ゆうより早くに天国にいきました。
ぷん

大人になったこどもがマンションで密かに飼っていた、赤毛の柴犬です。
夜中に警察から「お子さんが自殺未遂をしたからすぐ来るように」と言われて駆け付けたマンションにいました。
ペット禁止なのに、結構大きな中型犬。
子どもには小学生の頃から希死念慮があり、自殺未遂騒動ももう何度目かで、私自身疲れ果てていました。だから自殺未遂そのものには驚きより、そんなに死にたいのなら死なせてあげた方がいいのではないかという思いすらよぎる状態でした。
それなのに、犬を飼っていてその犬を放って死のうとしたことが分かったら、とても腹が立ちました。子どもが誰にも気づかれずに死んでいたら、この犬も死んでいたかもしれません。
「あなたが死ぬのは勝手だけど、この犬の命をもてあそぶのは許さない」とよほど言いたかったです。言わなかったけど。
柴犬「ぷん」はやむを得ず私の家に連れ帰りました。
それまでずっと一匹で暮らしていた愛犬ミルクは、突然現れた若くやんちゃな柴犬に振り回されて、それもかわいそうなことになりました。
ぷんはその後、こどもの友人に引き取られて、今も元気にしています。
子どもも今は健康な社会人となっていますが、二度と犬などは飼って欲しくないと思っています。
愛犬ミルクと合わせて5匹の犬たちと共にいる
NICOBOみるくは、子どもが拾ってきたミックス犬ミルクから名前をつけました。崩壊家庭の中で唯一私のそばにいてくれたのがミルクです。
エルとゆうとクロは、機能不全家庭にいて辛かった私を支えてくれました。
ぷんは、14歳になります。会うことはありません。本当に申し訳なく思っています。
5個のニコボを5匹の愛犬たちに見立てて、毎日感謝と「好き」を伝えるつもりです。そして虹の橋を渡る時が来たら、みんな一緒にギュッとしながら渡って行こうと思います。
いろいろごめんね。そして、ありがとう、私の周りのワンコたち。
そして、4個のミニニコボを贈ってくださったみなさま、ほんとうにほんとうにありがとうございます。
