幸せのひととき
『キッチン常夜灯 真夜中のクロックムッシュ』
今回は「本社営業部」勤務のつぐみが主人公。
同期のみもざに連れられて初めて常夜灯の扉を開いたとき、私は彼女と同じ気持ちだった。
「仕事は頑張っているのに、手応えがない。恋人ともうまくいかない。不満と焦りが毎日積み重なる」。この悩み、まさに昔の自分にも重なる気がして胸が熱くなった。
キッチン常夜灯
真夜中のクロックムッシュ
長月天音 (著)
恋も仕事もうまくいかなくても――私が私と向き合う場所がここにある。
夜から次の日の朝まで開いているビストロ「キッチン常夜灯」。同期の南雲みもざに連れられて、34歳のつぐみは初めて店に足を踏み入れて以来、「今日は常夜灯に行く」ことを、仕事のモチベーションにしている。つぐみは、みもざが店長を務めるチェーン系レストランを経営する株式会社オオイヌ・本社営業部に所属している。「女性活躍」の目標のもと、女性が店長になった代わりに、ベテランの男性社員が本社勤務になった。そんな彼らに気を遣いながら、日々仕事に忙殺されているが、直接お客さんと接するわけではなく、やりがいを見出すことが難しい。結婚を意識する彼氏とも、最近ぎくしゃくしはじめている。仕事で疲弊する分、オフを充実させようとするものの、充実が何なのかが自分でもよく分からず、毎日不満とストレスだけが蓄積されていく。そんなある日、秋のデザートメニュー開発を頼まれてしまい……。
真夜中のクロックムッシュ
長月天音 (著)
Amazonより
ビストロの扉をくぐれば、そこは非日常。
優しいソムリエの笑顔と寡黙なシェフが迎えてくれる。
クロックムッシュをはじめ、目の前で丁寧に焼かれる秋のデザート、具だくさんのスープ、白ワインと相性抜群のフランス料理。
読んでいるだけで香りや湯気が立ち昇るような、リアルな料理描写に胃袋も心も揺さぶられる。
つぐみが噛みしめる「食べることで自分が満たされていく感じ」は、ページをめくる私にも広がった。
常夜灯で料理を頬張るうち、つぐみは少しずつ元気になっていく。
使えない同僚、クレーム、見て見ぬふりの上司。
現場と本社の温度差――どれも「分かる」と頷きながら、つぐみが自分自身と向き合おうともがく姿が本当にいとおしい。
彼女が「今日は常夜灯に行く」をモチベーションにしているところも、私の日々にも欲しいリセットだと感じた。
心が疲れた日は、常夜灯みたいな居場所で料理に癒されたい。
物語のラストでシェフが「だいぶ顔色がよくなりました」と声をかけてくれるシーン。
まるで私自身が労われているようで、じんわり涙が滲んだ。
このお店は本当に、行き場のない人たちを柔らかく掬いあげてくれる常夜灯。
そのぬくもりと美味しさ、登場人物のみもざやつぐみ、シェフや常連たちが作る「幸せのひととき」がひと皿ごとに心に残る。
現実の札幌にも、こんなビストロがあったら通い詰めてしまうだろう。
自分も、忙しさの合間に、誰かと語り合いながらクロックムッシュを味わえたら。
そんな妄想まで広がった一冊。お腹も心も満たされる、幸福な読書体験だった。
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自己紹介
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