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味覚もまた感性のひとつ

『やっぱり食べに行こう。』
軽くお腹が空いていました。
いや、正確にいえば、美術館の展示をひとまわりして外に出たときの、あの静かな高揚と小さな空腹が同時に訪れていたのです。


やっぱり食べに行こう。
原田マハ (著)

ゴッホもこんなふうにパンをかじりながら、サン=レミからパリへと戻ったのかもしれない。小説、アートと同じくらい「おいしいもの」が大好き! 『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』『たゆたえども沈まず』などの取材先で食べた「思い出の一品」をつづる満腹エッセー集。

やっぱり食べに行こう。
原田マハ (著)
Amazonより


原田マハさんの文章は、絵画やアーティストの背景を語るときと同じ熱量で、「食」の記憶を描き出します。
しかもそれは単なるグルメ紀行ではなく、「なぜその味がその土地にあるのか」「なぜその瞬間にそれを食べたのか」が、まるで作品解説のように紐解かれてゆく。サン=レミからパリへ戻ったゴッホが、ひとかじりのパンをどう感じたのか――そんな想像に誘われる文章に、私はぐっと引き込まれました。

「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」「たゆたえども沈まず」など、これまでの名作取材の道中で出会った料理たちは、単なる美味しい記録ではありません。それぞれが旅の風景や出会った人々の表情、そして作品誕生の背景と結びついています。
例えば、パリのカフェのサラダは、歴史の重みをやわらげる日常の一幕として。スペインのバルの一皿は、ピカソへとつながる文化の匂いとして。
ページをめくるたびに、味と共に“その土地の空気”まで立ち上がってくるのです。

私がとりわけ胸を打たれたのは、マハさんが「味覚もまた感性のひとつ」と言い切る瞬間です。
美術家が色や形で世界を切り取るように、作家としての彼女は味や香りで世界を受け取ってきた。
そのことが、この本全体を温かく、そして少し切なくしているように感じました。

読み進めるうち、私はふと「自分にとっての思い出の一品はなんだろう」と考え込んでしまいました。
旅先の食事だけでなく、日常の中にも、その時その場でしか味わえない色彩や匂いがあることを、あらためて気づかされたのです。

この本は、アート好きにも、旅好きにも、そして何より「食べる」ことが好きな人すべてにすすめたい一冊です。
ページを閉じた瞬間、私は自然とこう思っていました――やっぱり、食べに行こう。

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