望月麗子シリーズ第84話「人は夢を忘れる」
目が覚めると、夢の内容は少しずつ消えていく。
それと同じように、人は年を重ねると現実の記憶も少しずつ失っていく。
では、忘れていくのは脳なのか、それとも魂なのか。
介護士である麗子は、日常で認知症の利用者を見ている。
「息子さんはまだ小学生だから迎えに行かなきゃ。」
「家に帰らなきゃ。」
本人にとっては、それが今この瞬間の現実。
一方で、シャバーサナの中では麗子自身も、毎回「誰を探していたのか」を忘れていく。
夢から覚めるたびに記憶が薄れ、
現実に戻るたびに夢が消える。
そしてある日、麗子は気づく。
もしかすると認知症とは、壊れていく病気ではなく、別の世界の記憶が少しずつ重なってきている状態なのではないか。
朝、目が覚める。
さっきまで見ていた夢を思い出そうとしても、数分もすると輪郭はぼやけ、やがて消えてしまう。
「何か大切な夢だった気がする。」
そんな感覚だけが残ることがあります。
私は看護師として認知症の方と接しています。
昨日のことを忘れてしまう人。
家族の顔が思い出せなくなる人。
何度も同じ話を繰り返す人。
医学的には、認知症は脳の病気です。
でも、ときどき不思議に思うことがあります。
私たちは夢を忘れます。
認知症の方は現実の記憶を忘れていきます。
その違いは、どこにあるのでしょう。
仏教には、「私たちが現実だと思っている世界も、夢のようなものかもしれない」という教えがあります。
夢を見ている間は、それが現実だと信じています。
目が覚めて初めて、「夢だった」と気づきます。
もし今の人生も、長い夢の途中だとしたら。
私たちは何に目覚めるのでしょう。
そして、本当に最後まで残る記憶とは何なのでしょう。
そんなことを考えながら、私は今日も利用者さんと向き合い、夜はヨガでシャバーサナをします。
目を閉じるたび、夢と現実の境界は少しずつ曖昧になります。
夢を忘れていく私。
現実を忘れていく人。
その境界の先には、まだ誰も知らない世界があるのかもしれません。
※この文章は、仏教の世界観や夢についての考え方をもとにした創作・随想です。認知症は医学的には脳の病気であり、この文章はその原因や仕組みを説明するものではありません。
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