第46回『待つ』とき― そこにあるもの
『待つ』って難しいなぁ。
最近、
そんなことを感じる場面が何度かありました。
人との関係。
子どもの成長。
チームの成長。
数字。
料理。
花が咲くこと。
一つひとつは違う出来事なのに、
**「待つ」**という時間には、
不思議と同じような心の動きがある気がしました。
それが、三つの『待』でした。
1|待とう
**「待とう」**と思う時、
心は止まっているわけではありません。
むしろ、
前へ進みたい。
そう思っています。
でも、
自分一人の力だけでは、
そこには届かない。
誰かの力なのか。
時間なのか。
自然の流れなのか。
何かの力を、
少しだけ信じてみようと思う。
もちろん、
待つ以外の選択肢もあります。
それでも、
「待とう。」
そう思えたのは、
この先に、
今よりもっと大切にしたい未来があると思えたから。
2|待つ
待とうと決めた時、
心は前を向いています。
でも、
待つ時間は、
不思議と長く、
そして静かに感じます。
動いている時間は、
どんどん過ぎていくのに。
待っている時間だけは、
ゆっくりと流れているように感じます。
その静けさの中で、
時間は、
「それでも待つ?」
と、何度も問いかけてきます。
私は深呼吸をします。
流れる時間に合わせるように、
ゆっくり。
そして、
また、待ちます。
3|待った
待った結果は、
期待どおりの時も、
そうでない時もあります。
でも、
振り返って残っていたのは、
結果ではありませんでした。
その**「とき」**は、
ただ時間が過ぎただけではありません。
何度も心を揺らしながら、
ただ流されるのではなく、
自分以外の何かを思い、
その時間を過ごしていました。
願う何か。
大切にしたい何か。
そんな存在が、
自分の中にあったことに、
ふと、気づきました。
だから、
**『待てた』**のかもしれません。
👉次回も、「時間」の中にある、
さまざまな「とき」を見つめていこうと思います。
