読書に季節は関係あるのか?
「読書の秋」って、どうして言うんでしょうか。
夏の暑いときでも、冬の寒いときでも読書はするなあと思ったりして。
活動的で暑い夏から、涼しく過ごしやすい秋は読書に向いていますよってことは理解できるが、それだけなのか疑問に思いました。
由来を国会図書館のレファレンス・資料案内で調べてみました。
レファレンス・資料案内|国立国会図書館―National Diet Library (ndl.go.jp)
今日は、最近の読書を通しての思いと「読書の秋」についてです。
最近の読書
季節に関係なく、一年中読書がすすんでおります。
noteをはじめてから「書くこと」に関する本を読む機会が多かったのですが、最近は自分自身に問いかける「書くこと」「ジャーナリング」に
関する本を読んでいます。
「書くこと」の種類が違います。
経験から、今、私の周りで起きている状況は時間が解決すると分かる気がしています。
ジタバタしたり、騒ぐ必要はないと。
それでも、ざわざわする自分の気持ちを落ち着かせるには、自分自身に問いかける方がいい気がするのです。
内省するのに、年齢は関係ないんだとつくづく思います。
ネガティブな感情に引っ張られないように、核心に触れないように、触らないようにすることがあります。
傷つきたくないからです。
たぶん、防御反応。
なるようにしかならないから、マイナスに考えない、考えすぎないのが自分のいいところではあります。
そんなわけで、気づくと集まっていた本たち。
自分への向き合い方や解放の仕方、そして吐き出すための息抜きの本。

水色の表紙の短歌の本「すべてのものは優しさをもつ 島楓果 ナナロク社」は、息抜きに。
「読書の秋の由来」
なぜ、「読書の秋」というのか。
ひとつには、中国の唐時代の詩の一節から来ているという説。
「燈火稍く親しむ可く」という一節から、秋が読書にふさわしい季節として、「秋燈」や「燈火親しむ」といった表現が使われるようになったからという説。
二つ目は、新聞記事で書かれていた説。
1918(大正7)年9月21日 読売新聞朝刊5面
読書週間が始まる前に新聞にこのような記事が出ていたようです。
「読書の秋 図書館通ひの人々 読書と世間」という見出しと、
「昼は水の様に澄みきつた日影の窓に夜は静かにして長い燈の下に読書子が飽く事もなく書に親しみ耽るシーズンが来た」という記事がでていたようです。
そして、大正13年から、図書館週間が11月に始まり、戦後アメリカのChildren’s Book Weekにならって、11月の文化の日を中心に秋に読書週間となったようです。
ただ、これは由来を知るという点においては、解決できていないようです。
さすが、国会図書館。
過去の新聞をさかのぼり、文献で調べたりといろいろと調査した様子も知ることができます。
秋の夜長に読書をしようという取り組みがあったようです。

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