「質素ながらも充実した暮らし」‐祖母の生活が教えてくれたもの
たくさんの物に囲まれる豊かさから、少ないものでもお気に入りに囲まれた生活に意識がシフトしてきている。
そんなことを考えていると、お手本になる人が頭に浮かんだ。
その人は、母方の祖母だ。
明治生まれの祖母。
私が1歳の頃に祖父が病で他界し、叔母が結婚したあとはひとりで暮らしていた。
祖母はどんな時でも着物で生活していた。
白い割烹着を着て家事をこなす。
洋服を着ている姿は見たことがない。
着物は反物を買っては、自分で仕立てをしていた。
子供の頃の浴衣は、反物を母が買い、祖母に仕立ててもらっていた。
小学生の頃、週末や長い休みになると祖母の家に泊まりに行った。
朝起きて、布団を片付けたあとは、濡らした新聞紙をちぎって畳に撒き、箒で掃く。
玄関も掃き掃除をし、お仏壇のご飯とお水、お花の水を取り替えて手を合わせる。
そして、朝食を食べる。
いつ泊まりにいっても、一日の流れは変わらなかった。
食後は、外に椅子を持って行き、髪をとかしてもらっていた。
はじめて外に椅子を持っていって髪をとかしてもらったときは、本で読んだお姫様みたいで恥ずかしかった。
祖母は、家の中に髪が落ちたりするし、外で太陽の光や風にあたるのは気持ちがいいよと言って、いつも外で髪をとかしてくれた。
祖母の持ち物が、溢れているとか家に中に散らかっている様子はみたことがなかった。
古い家であったが、いつも家の中は綺麗だった。
小さな住まいに、棚に収まるだけの食器、箪笥に入るだけの着物。
数足の草履。
着物は、時々ほどいては縫い直したり、洗ったフライパンに油で手入れしたりと毎日使う道具や身の回りの物を大切に使っていた。
祖母は持病があり、長い距離を歩いたり運動ができなかった。
泊まりに行くと、私は祖母の家の近くの図書館に行って本を借りて来たり、近くに住む同じ年頃の子と仲良くなり遊んでいた。
外に出ずに家の中で遊ぶときは、祖母が布の端切れを出してきて、裁縫を教えてくれた。
はじめて、針と糸を持ったのは小学校1年生になるかならないかくらいの頃だった。
波縫いや返し縫い、糸の止め方を教えてもらって、袋を作ったりしていた。
今考えると、家にあるもので楽しむ工夫をしてくれていたんだろう。
泊まりにいっても、特別贅沢な感じでもなかった気がするが、居心地が良かった。
毎日決まったことを欠かさず行い、管理しきれないほどの物を持たず。
あるもので、楽しむ工夫をする。
物を丁寧に扱い、手入れしながら長く付きあう。
これからの暮らしを考える時、古い記憶だけれど子供の頃に過ごした祖母の暮らしが理想の形に近いかもしれないと思う。
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