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いくつもの問いに「自分だったら」と考えながら読みました。

帯に惹かれて読みました。

尊厳ある死とは何か。
そのためにはどんなことでも許されるのかー。

尊厳死・安楽死をめぐる医療ミステリー。
重いテーマではあるけれど、小説という形をとることで、読者に考える機会を与えてくれているように思います。

私は医療者という立場と癌で母を看取った家族として、この本の感想を書くことを試みていきます。

📖📖📖

物語の冒頭で延命治療に対する本人の意志の尊重、尊厳死について触れられています。

「DNR」
医療者以外では、聞き慣れない言葉かもしれません。
小説の中では、倒れた人の胸に刻まれていた「DNR」の文字。

「DNAR」Do Not Attempt Resuscitation 蘇生可能性が乏しいにもかかわらず蘇生を「試みる」ことを拒否するという意味です。
(DNRと同義語、現在試みるという意のAttemptが追加されています)

「延命治療」を希望しないという意思表示。

癌で終末期にある場合に、もともとの癌はこれ以上の治療はなく、治る見込みがない。
もともとの病気により、心臓が止まりそうになった時に心臓マッサージや血圧を上げる薬などを使用して一時的に数時間、数日の間命を延ばすかどうかを考え、処置をするかどうかの本人の意向を確認することです。
誤解がないようにしつこいようですが、こんな時は癌の終末期であっても蘇生します。
たとえば、
癌の終末期に、餅を喉に詰まらせて窒息しそうになっている、本来の病気とは関係ないことで苦しんでいる、しかも餅を取り除けば死を免れる。この場合は蘇生をします。
「延命治療」について問われている、こんな意思表示があると知らせてくれているように思いました。

スイスと日本の違い
安楽死に対して条件を満たすことで医師が処方できる自殺幇助が黙認されているスイス。
安楽死は認めない日本。

スイスでは死を選ぶ本人の意志が尊重されるケースがある。
これ以上の治療法がなく、耐え難い痛みがあるなど苦痛が伴うなどの条件をみたすと死の選択をすることも本人の意志が尊重される。

日本は自ら死を選ぶことはできない。

小説ではここが事件の鍵となります。

安楽死に対しての問いが与えられる。
もし、自分が難病になったら。
家族が痛み、苦しんでいたら。
家族が痛みなく、穏やかに死にたいと安楽死を選択したら。
日本だったら、スイスだったら。
ストーリーを追いながら、頭のどこかで考えている。

安楽死と尊厳死
安楽死と尊厳死の違いに触れる大切な場面が登場します。
尊厳死は患者さんの人間としての尊厳を保つため、延命措置をとめて自然な死を迎えること。
安楽死は患者さんを苦痛から解放するために、薬物などで死をもたらすこと。
痛みはからだの痛みだけではなく、心の痛みなど、痛みを感じる部分は個人で異なるでしょう。

更なる問い。
辛い痛みから逃れる方法は、死以外にないのか。

セデーション
これはスイス・日本に限らず行われているのではないかと思いますが。
 手術や検査の緊張や不安に対して、鎮静剤を使用して睡眠を確保し、緊張や不安を緩和させる方法をいいます。
さらに終末期、死に伴う痛みや苦痛を避ける措置として持続的に意識を落とすことをさします。鎮痛剤では取り切れない痛みや苦しさがある時に使用します。

セデーションという行為に物語の中で触れています。
どの医療行為もそうかと思いますが、経験したものでなければ知らないことが多くあるでしょう。
こうした物語の中で、ふれることで「痛みは我慢するもの」とか「癌の末期は辛い」という先入観をぬぐうきっかけになったり、なんでも我慢せずに医療者に相談することで何か方法を見出すことができるということにつながればと思う。

母の終末期
ここからは、私の母の終末期についてです。
母が亡くなる1週間前。
痛みと呼吸の苦しさに唸っていました。
ベッドの上で身の置き所がないくらいで、見ているのも辛いくらいでした。
医師と看護師に相談し、痛み止めの点滴を持続的にしてもらいました。
上記で書いた鎮静剤(セデーション)は、就寝時間に合わせて使用し、寝る時間を確保してもらいました。
遠くに住む妹家族が見舞いに来たときには、痛みで苦しむ中、しっかりと顔を見て少しだけ会話をしていました。
強い痛みが襲い、痛み止めの点滴を持続でしても唸るような状態。

まだ元気な頃のこと、これ以上の治療ができないと医師から言われた後、これからについて両親と話し合いました。
「痛いのは嫌だ。苦しまないで逝きたい」と、母が言っていたことは、ずっと頭の中にありました。
痛みに苦しむ母の姿を見た父から、「もう少し痛みは楽にならないか」と、言われました。
それは、これから先は母の意識を落とすことになります。
母と意志の疎通は図れなくなることを意味します。
今まで辛い治療を頑張ってきました。これ以上痛みで苦しませることは母の望む最期ではないと思ったのでした。
医師と母の気持ちと我々家族の気持ちを話し、医師も提案しようと思っていたところだったということもあり、意識を落としてもらいました。
痛みから解放されたのか、苦しさから解放されたのかはわかりません。
ただ、辛い表情はなくなり、数日後、旅立ちました。

この小説で、いくつかの問い、国や考え方の違いに触れ、自分に置き換えて考えていきました。

ただ、国が違っても、立場が違っても同じと思うことがあるということにも気づいています。

死に迎うまでの生き方を決めるのは自分であること。
思いもしない病にかかってしまう。
臨んだ環境と違う。
思い通りにならないことが続いたとしても。
生き方は自分で決めることができる。
病気になると死に向き合う機会が増える。
死までの時間をどのように過ごすか。

日本は死について話すことをタブー視する風潮がある。
死について考える、話すことは、生きることを考えることにつながる。



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