未来を売ってくれたエアマックス95と「責任」の話
大学合格祝いに、親からNIKEのエアマックス95の限定モデルを買ってもらいました。
正直に言えば、来店した時点では買うつもりはありませんでした。
大学生になるし、服装に合わせやすいスニーカーが欲しいとは思っていましたが、「どうせ100%ピンとくる一足なんてないだろう」と半ばあきらめていました。
そんなとき、20代半ばくらいの店員さんが自然に声をかけてくれました。
足のサイズだけでなく、私が扁平足であること、日本人特有の甲高の傾向、メーカーごとの履き心地の違い、服装との相性――。
単なる商品説明ではなく、「あなたにはどれが合うか」という視点で話してくれました。
会話を重ねるうちに、当たり障りのない接客から、本音の対話に変わっていく空気を感じました。
この人は売上よりも「長く履いてくれる人」を大切にしている。
そう思えた瞬間、信頼が生まれました。
後で調べると、そのモデルは限定品で転売もされている一足でした。
店舗によっては転売対策で箱を潰すこともあるそうです。
けれど、私には箱ごと丁寧に渡してくれました。
転売目的ではなく、「履く人」として見てくれたのだと感じました。
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鏡の前でエアマックス95を履いた自分を見たとき、不思議な感覚がありました。
パズルの最後のピースがはまった。
それは「似合っている」と評価された安心ではありません。
「その未来を選んでいい」と肯定された感覚でした。
イカした大学生活を送っていい。
背伸びしてもいい。
その一歩を踏み出していい。
あの店員さんは、靴を売ったのではなく、
未来を売ってくれたのだと思います。
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そして私は気づきました。
ブランドを身につけるということは、ただ所有することではない。
その歴史や思想の延長線上に、自分が立つということです。
エアマックス95を履く者としての振る舞いがある。
自転車の有名メーカーに乗る者としての振る舞いがある。
「あのブランドに乗っている人は碌でもない」と言われないような態度。
それを汚さない生き方。
それが「責任」なのだと思いました。
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私は将来、自転車を通して人に何かを届けられる存在になりたいと思っています。
パーツやフレームを売るのではなく、
その人のライフスタイルを肯定する人になりたい。
人はモノを買いに来るのではありません。
新しい生き方を肯定してほしくて来るのだと思います。
「それ、いいじゃないですか。」
その一言で、憧れに一歩近づける。
そんな体験を設計できる人間になりたい。
今回の一足は、その原点をもう一度思い出させてくれました。
あの日の店員さんへ。
あなたのおかげで、素敵な大学生活が送れそうです。
そしていつか私も、誰かに未来を売れる人間になります。
