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お金をかけるか、時間をかけるか。それが問題だ!

あなたは「毎日のごはん」を、
どのように召し上がっていますか?


「どのように」とは、つまり、

①自炊・手作り弁当
②スーパー・コンビニなどで買ったものを、自宅や職場で食べる
③外食・レストラン
④宅配(ウーバーなど)


みなさんそれぞれに、
適宜、①~④を混ぜて暮らしている……と想像しますが、

今回は、食生活から、
「時間とお金」について考えてみたいと思います(^^)

***

1970年代生まれの私ですが……
一般的に、自炊が当たり前の時代でしたね。

私の実家では、外食は年に3~4回であり、
365日 ほぼ休みなく「手作りの料理」を課せられてきた母でした。

世の中的に「それが、家族への愛情」
……
という「暗黙の空気」がまずあって、

もちろん、家で調理をすることで、
栄養バランスのよい料理が出せる……

などのメリットがあったわけですが、

何を差し置いても、

要するに、

自炊は、圧倒的に経済的だから。


これが主な理由で、せっせと自炊をしてきたのであります。

外食も、スーパーの総菜も、不経済!

時間と手間さえかければ、
安くておいしいモノが大量に作れるんだから。


このように、家計のやりくりを担う母たちは、

「お金をかける」より
「手間(時間)をかける」


「時間」という人生の資源を使って、
「金を使わぬ選択」をしてきたわけです。

節約と貯金の日本人でございます。

***


そんな母が80代になりまして、ここ5年くらい、ぼやき続けています。

「ごはんつくるの、しんどいよー」


父とふたりで暮らす母は、

体力の余裕がなくなり、昔のようにはつくれないと嘆いている。

80代にもなれば、当たり前です。

本来なら「嫁」なる人と同居することで、
その役割をバトンタッチするところなのかもしれませんが、
実家はそのような形態にはなっておりません。


母には、

「毎食作らないで、お総菜やお弁当を買ってねー」

と伝えてありますが、


コンビニのお総菜を手に取り、

「こんなちょっぴりのお総菜に、
300円も400円も、払えるかぁ!」


母は 激おこぷんぷん丸(笑)


「お総菜は、割高で不経済」

そう考えることは、
自炊をする人にとって、至極まっとうな価値判断であります。


が!



同時に思う。

その「手作り症候群」を手放さなければ、
「しんどい」は絶対に 解決せぬぞ……と。


家計を担い、時間と手間をかけて料理をつくり続けた母よ。

本当にありがとう & おつかれさま……!!


だが、今、シフトチェンジするときが きているのでは?

「しんどい」なら、手放して「楽をする」

「時間・手間をかける」より「お金をかける」



今こそ、その時がやってきたんだよ。

どうか「楽をする」ってことを覚えてほしい……


そう言っても、
母は長年の習慣を変えられないだろう……。

***

♬「Uber Eats (ウーバーイーツ)で、いーんじゃない?」♬


今もしょっちゅう流れるCMですが、
数年前、夏木マリさん主役のストーリーがありましたね。


自宅で、忙しいお嫁さん(30代くらい)が「夕飯を作らなきゃ……」と焦っていると、

義母役である夏木マリさんが
「ウーバーイーツで、いーんじゃない?」とドヤ顔で言うCMである。

それによって、
嫁側が「理解のある姑で、助かったー」という顔をする。

「手作り派の義母」 VS 「忙しくて作ってられない嫁」


現実にありそうな、敵対関係を作り出し、
嫁と姑、両者の心をうまくくすぐった。

つまり、
お茶の間の姑たちに「今どきの『わかっている姑』は、嫁に自炊を強要しませんよ」というメッセージと伝えつつ、
若い嫁側にも「宅配は、当たり前の時代」というメッセージを伝えた。

***

ところが、である。

数年経った現在、
仲里依紗&中尾明慶夫婦がメインに起用されているCMでは、

ウーバーの敵は、

もはや「手作りを強要する義母」ではなくなった。


敵は「外食」にすり替わっていた。


夫(中尾)が「ウーバーイーツでいいんじゃない?」

妻(仲)が「いや、がんばって食べに行こう!」


「がんばって」外に出ると、とにかくひどいめに遭って、
ウーバーにするのが一番だったね……というオチで終わる。


「自炊するか、しないか」で気を揉むのではなく、

外で食べるか
宅配か


の二択

外食が「がんばって」することになった(笑)


宅配のCMだからこその、やや強引な二択設定だが、
あんがい世相を反映しているのだろうか……?

「便利」を追求しながら、
令和の食生活は、ここまで変化したわけだ。

***

アラフィフの私は、
「手料理が一番よ」という考え方に 強く染められている世代でもあるが、

同時に、「ウーバーでいいんじゃね?」にも
「……ですよね」
とも思えるような、
ゆらゆらとした、くらげのような年齢層である。

実際、同世代の女性たちと接しても、
「手作りの頻度」は、以前よりも、減っている様子が伺えるし、

私自身のことで言えば、
例えば、夫に出す食事にしても、5年前は餃子は手作りで作っていた……。


だが、ここのところ「冷凍餃子」である。

もはや手作りするより安いんだよなぁ……


「手作り餃子作ってないなぁ」と思いつつも、
焼くだけ5分の楽さ加減に流されてしまう。

夫よ……内心で何を思うのだろう……(笑)

***


料理をする、しない。

これは、その人、その家庭ごとの、まったき自由である。

ただ、それぞれが考えるべきは、

いったい、自分が

お金  VS  時間(手間・労力)


どちらを優先しているのかを、
いつも自覚していなくちゃならないだろうということである。


これまで貯蓄に励んだ高齢者は、
若い頃から せっせと自炊しながら、「時間」を切り売りしてきたわけだから、いよいよ、体力にも余裕がなくなり、自炊もしんどくなってきたぞ……

となれば、

今度は必要に応じて、「金と時間」の価値観を、
反転させてゆく必要があるように思う。


母には、どうか、その柔軟性を持って欲しいと願うばかりである。

***


では、若い世代の食生活に、私が何を思うかと言うと……。

一般的に、

若い = 給料も安く、貯蓄も少ない
若い = 肉体は元気いっぱい


だから

ガタガタ言わんと、自炊せい!

ウーバーやコンビニを利用しながら
「金がない」などとは 死んでもほざくな!

時間がなくても、金もねーんだから、
家で米を炊き、みそ汁をつくれ!



と、言いたいところ……


だが、


一人暮らしをしていた自分の若い頃を思い出すに……


そんなことは言えたクチじゃない(笑)



約20年前、私は、いわゆる今で言うところのブラック企業で働いていたが、残業代が1円も出ないのに終電まで働き、
終電を逃した日には自腹でタクシーで帰ったりする日々であった。

疲労が溜まりすぎて、ドラッグストアに駆け込み「一番効くユンケルをください……!!」などと、栄養剤に2000円を支払ったりしていた。

働いているのに、お金がない……


「自炊をする」なんて余力はゼロであり、
昼も夜もコンビニやらファミレスやらで、薄給を散財しまくった。

金を得るために、自分の全時間を切り売りし、
時間がなさすぎて、金をムダに使い続けた。



ぐるぐるしちゃったバカ代表である。





イェーイ!!



20年前でこうだから、
今時のフルタイムで働く夫婦などが、育児なども加わって疲弊しきっていることは想像がつくし、
20年前よりも、さらに充実したコンビニや宅配などがあれば、それを利用せずに自炊だけを継続することは、難しいことだろう。

***


以前にもどこかの記事で触れましたが、
ショーペンハウアーの有名な考え方のひとつに、

若い頃は、体力や精力は豊かにあるが、人生経験や知恵が不足している。
年をとると、経験や知恵は豊かになるが、すでに肉体的な力は失われている。

こんな感じの一節があります。

「人生は、ちょうど欲しいものが揃わないようにできている」という皮肉を書いたもので、この「逆さまの配分」こそが、人間存在の悲劇性を示している、と彼は捉えました。(彼はペシミスト)


私たちは、有限の時間を、この肉体を使いながら

「金を稼いでみたり」
「その金で、ラクを買ったり」


ぐるぐる循環させながら、生きています。

このシーソーゲームを、うまくバランスさせてゆくためには、

金のために、時間ばかりを浪費してはならないし、
だが手間をかけることを忘れ、金ばかりを使ってもならない。


うまく波乗りしながら生きた人が、賢き人と言えるのでしょう。

そして、もっとも大事なポイントは、

金を稼ぐことも、メシを作ることも、
所詮は「人生の土台 = 手段」に過ぎないという点でしょうか。

メシを作っただけの人生
金を稼いだだけの人生


そうならないために、
「私たちが、どのように生きるのか」は、
それぞれに見出す必要がありそうです。

実は、これが一番難しい問いですかね……(^^)

さて、とりあえず今日のごはんはどうしましょうか(^^)

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