#0068 「ヒューマン・リ・ソース」宣言――人事を次の段階へ
私たちは長く、人事を「HR」と呼び、ヒューマン・リソース――人間を資源・投資対象として扱う時代を生きてきました。
それは、人の成長と企業の業績を両立させるための、重要かつ不可欠な考え方でした。
けれど今、その「HR」という言葉を、もう一度見つめ直し、上書きする時が来ていると私は考えています。
コストからリソースへ ― 価値創造の礎としてのHRM
人材マネジメント、すなわちHRM(Human Resource Management)は、「人をコストではなくリソース=価値を生み出す投資対象とみなす」発想から生まれました。
1960年代、経済学者ゲーリー・ベッカー(Becker, 1964/邦訳1976)は『人的資本』において、教育や経験といった「人への投資」が生産性と経済成長を高めると論じました。
さらに1990年代には、ジェイ・バーニー(Barney, 1991)が「リソース・ベースト・ビュー(RBV)」を提唱し、企業の持続的競争優位の源泉は、希少で模倣困難な人的資源にあると示しました。
この「コストからリソースへ」という転換は、人事の歴史における知的飛躍だったと言えるでしょう。
採用・育成・評価・報酬など、あらゆる人事制度が「人への投資は価値を生む」という確信のもとに再構築されてきたのです。
人をリソースとして捉える発想は、依然として現代人事の礎です。それを軽視しては、何も始まりません。
実際に2020年代に入り、「人的資本経営(Human Capital Management)」という考え方が定着しました。
ISO 30414(2025改訂版)、経済産業省『人材版伊藤レポート』(2020)、そして人的資本可視化指針(2022)が相次いで発表され、人を「短期的コスト」ではなく「持続的価値創造の資本」とみなす仕組みが整備されています。
これは、ベッカー以来の「人への投資」を可視化し、制度的に価値創造へ結びつけようとする、リソースの正統進化系と言えます。
私自身も、人事コンサルタントとして、いくつもの企業組織で「リソース」の概念を中心に置いた人事制度を構築し、組織開発を支援してきました(その内容は拙著『図解人材マネジメント』に書きました)。
リ・ソース ― 源に立ち戻る人事へ
しかし、ここからさらに問うべきは――人は「投資される対象」なのか、それとも「自ら価値を創り出す主体」なのか、ということです。
企業は長らく、人を「活用する資源」という対象物として最適化してきました。けれど、人は本来、「生み出す源(ソース)」つまり主体である生命なのです。
私はその意味で、HRという言葉をあらためてこう再定義したいと思います。
Human Re-Sources(ヒューマン・リ・ソース)――人を再び“ソース(源)”にする。
ここでの“Re”は「もう一度、源に立ち戻る」という意味です。
リソースとしての合理性と、ソースとしての生命性。その二つを統合することこそ、これからの人事に求められる発達だと考えたのです。
その考えに至ったのは、私が関わってきた企業組織で、「うまくいくとき」と「うまくいかないとき」の差が明確にわかったためです。その差こそが「ソースの存在」でした。
ソース原理 ― 人間を創造の主体としてとらえる
それを裏付けるように、近年の経営思想の中でも「ソース(源)」という概念が注目されています。
トム・ニクソン(Nixon, 2021/邦訳『すべては1人から始まる』2022, 英治出版)は、すべての組織やプロジェクトには「意図を最初に感じ取り形にしようと決意した人=ソース」が存在すると説きます。
その人の創造的な呼びかけが、組織の生命を生み出す。ソースとは単なる創業者や上司ではなく、「創造の第一意志」を担う存在です。
この視点は、リーダーシップを「権限」や「役職」ではなく、「創造の起点(エネルギーの源)」として再定義するものであり、組織に本来備わる生命力を回復させる鍵となります。
また、オットー・シャーマー(Scharmer, 2009/邦訳『U理論』2010)も、「未来の可能性を“源”として感知し、それを今ここに具現化する」リーダーシップの在り方を描きました。
このU理論とソース原理の共鳴点は、人間が“未来を創造する源泉”であるという点にあります。
人事には、こうした“創造の源”が組織の中で自由に息づく環境を整えることが求められているのです。
人的資本経営を超えて含み、源を活かす経営へ
人的資本をどう活かすか、どう育てるかを決めるのは制度ではありません。そこにいる1人ひとりの“ソース(源)”です。
制度が整っても、創造の主体性がなければ、組織は生きません。だからこそ、今求められるのは「源の回復」です。
組織はデータで管理するだけでなく、人が内発的に創造し続ける力を信じて設計されなければならないのです。
私が実践において感じてきたのは、こういうことです。
人間をリソースとして活用する、人材マネジメントの「型」は重要です。しかし、それだけでは足りない。人間がソース、つまり生きた主体として「血」を通わせることが必要なのでした。
型を作って、血を通わせることで、人事の意志ははじめて「カタチ」となるのです。
人事を次の段階へ
人をコストではなく「リソース」として理解することは、人事がたどり着いた合理的・経済的な知の発達でした。そして人事はいま、次の段階へ進まなければなりません。
HRを、Human Re-Sourcesへ。
人間をリソース(投資対象)として活用する、その型を持ち、その上で人間を再びソース(源)として、創造と成長の循環を取り戻す人事へ。
人事とは、人を生かして事をなす。
この取り組みは、まず、あなた自身が自分という「ソース」を自覚することから始まります。
自分はソースではないんじゃないか? そんな心配は不用です。トム・ニクソンの言うとおり「人は誰しも、自分の人生のソース」なのですから。
私のお伝えしたいことは以上です。
(付録)あなたへの問い
あなたは、何を最大化するための「リソース(投資対象)」として企業から求められていますか?
あなたは、いったい何の「ソース(源)」として生きていますか?
リソースとして自分を磨きながら、ソースとしての自分を生かす。その同時実現は、どうすれば起こせるでしょうか?
あなたの周囲で、リソースを活かす型に、ソースが血を通わせている「カタチ」の実例はありますか?
(参考文献)
ベッカー, G. S.(著), 佐野陽子(訳)(1976).『人的資本 ― 教育を中心とした理論的・経験的分析』東洋経済新報社
バーニー, J. B.(著), 岡田正大(監訳)(2003).『企業戦略論(上・中・下)競争優位の構築と持続』ダイヤモンド社
トム・ニクソン(著), 山田裕嗣・青野英明・嘉村賢州(訳)(2022).『すべては1人から始まる ― ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』英治出版
オットー・シャーマー(著), 中土井僚・由佐美加子(訳)(2010).『U理論 ― 過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』英治出版
経済産業省 (2020).『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(人材版伊藤レポート)』経済産業省
•国際標準化機構 (ISO) (2025).『ISO 30414:2025 人的資本報告及び開示のための要求事項及び推奨事項』ジュネーブ: ISO
デシ, E. L.・フラスト, R.(著), 櫻井茂男(監訳)(1999).『人を伸ばす力 ― 内発と自律のすすめ』新曜社
野中郁次郎・竹内弘高(著), 梅本勝博(訳)(1996).『知識創造企業 ― 日本企業のエッセンス』東洋経済新聞
