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心の配達:#007 届きすぎた手紙

看板には、こう書いてあった。

「感情魔法の持続時間は最大15分です」
「それを超える影響が確認された場合、回収処理を行います」

……でも、わたしたちは知っている。
“届いた”はずの気持ちが、相手の心を追いつめてしまうこともある。

だから今日の配達は、届けることじゃない。
“届きすぎた想い”を、そっとほどきに行く。

本日の処方箋  
――
〈あおぞらシロップ〉  
効能:  
“頑張りすぎていた自分”を、そっと抱きしめ直す時間をくれます。

副作用:  
涙腺がゆるむことがあります(予兆:胸の奥がぽわっと温かくなる)。

依頼の主は、若い女性だった。
数週間前、ふたりを通して“応援の魔法”を送ったという。

「手紙は届いたと思うんです。……でも、彼、壊れてしまったみたいで」

「壊れた?」

「ずっと走ってるんです、毎日、誰よりも速く。
でも目が笑ってない。」
「…たぶん、あれは“頑張りすぎてる”んです」

ミナが静かにうなずいた。
「届きすぎたんですね、手紙の魔法が」

ルナは、前の記録を開く。
瓶の中に詰めたのは、純粋な“あなたならできる”という気持ち。

「悪気はなかったのよね?」
「もちろんです。……ただ、支えたくて」

ルナは目を伏せてつぶやいた。
「支えたつもりで、背中を押しすぎることって、あるよね」



ふたりは、街の運動広場へ向かった。
そこには、早朝から走り続ける青年の姿があった。

「……届いてる顔、してる」
ルナがつぶやいた。

目の奥が焦点を結ばず、ただ義務のように動き続ける脚。
まるで“誰かの期待”だけで動いている機械のようだった。

ふたりは距離を保ちつつ、静かに小瓶を準備した。

「今度は、応援じゃなくて、“休んでもいい”って伝える魔法にしよう」

ミナが瓶にそっと触れると、中に淡い水色の液体が現れた。
それは、“安心して立ち止まれる”感情。

「副作用は?」
「少しだけ、涙が出るかも。あと、“寝落ち”することもある」

「ちょうどいいね」



ふたりは、青年のベンチにそっと小瓶を置いた。

キャップには、「つかれたとき用」と手書きの小さなラベル。
風にふわりとゆれるリボンだけが、ふたりの存在を示していた。

青年は最初、それに気づかないふりをしていた。

けれど三周目、ベンチのそばで足がわずかに緩む。

四周目、視線だけが、瓶の上をすべった。

そして五周目。
彼は、ベンチの前で立ち止まった。

水を飲むふりで手をのばし、小瓶をそっと握りしめた。

開ける音はしなかった。
けれど、風のなかで、
瓶の中の水色が、かすかにきらめいた。



15分後、ふたりは広場を離れていた。
セプトが静かに鳴く。

「ねえ、ルナ」
「ん」
「“届いた”ことと、“よかった”ことって、別なんだね」

「うん。
応援も、愛情も、たぶん“量”じゃない。
ちょうどよさって、魔法より難しいかも」

ミナはうなずく。

「セプト、記録しておいて」
「届けることより、届きすぎた想いをほどく方が、魔法っぽかったって」

セプトは、しっぽを一巻きして、静かに瞬きをした。



記録係・セプトの追記:
青年は、その日、はじめてベンチに長く座った。
ひとくちの水と、静かなため息。
そしてポケットから、小さく折られた手紙の端を取り出した。

そこには、一行だけ書かれていた。

「無理しなくて、いいよ」

紙は古びていたけれど、
その言葉だけは、今届いたばかりのように見えた。

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