第3回 口約束でも契約になるの?― 「書いてないから約束じゃない」は本当? ―
「13歳からの民法教室」へようこそ。
この教室では、民法という法律を入口にして、みなさんと一緒に「人生」や「社会」について考えていきます。
法律の条文をたくさん覚えることが目的ではありません。
AIに聞けば、たくさんのことをすぐに教えてもらえる時代だからこそ、
「自分だったら、どう考えるだろう?」
と立ち止まって考える時間を大切にしたいと思っています。
前回は、「約束」について考えました。
私たちは毎日の生活の中で、いろいろな約束をしています。
そして、その一つひとつの約束が、人と人との「信頼」につながっていることを考えました。
では、その「約束」は、いつ法律上の「契約」になるのでしょうか。
今回は、こんな場面から考えてみましょう。
「でも、契約書なんて書いてないよ」

休み時間。
友達が、読み終わったマンガを見せてくれました。
「これ、もう読まないから500円で売ってあげるよ」
あなたは、そのマンガをちょうど読みたいと思っていました。
「本当? じゃあ買う!」
二人はそう話して、その日は別れました。
ところが、次の日。
友達が言いました。
「ごめん。やっぱり800円にする」
「えっ? 昨日、500円って言ったじゃん」
すると、友達はこう答えました。
「でも、契約書なんて書いてないよ」
さて、みなさんはどう思いますか。
契約書を書いていなければ、昨日の約束には何の意味もないのでしょうか?
すぐに答えを見る前に、少しだけ考えてみてください。
私たちは、契約書を書かずに契約している?
「契約」と聞くと、どんな場面を思い浮かべるでしょう。
難しい文章が書かれた紙があって、そこに名前を書いたり、印鑑を押したりする。
そんな場面を思い浮かべる人もいるかもしれません。
たしかに、世の中には契約書を作る契約がたくさんあります。
でも、少しだけ普段の生活を思い出してみましょう。
コンビニでジュースを買う。
本屋で本を買う。
美容院で髪を切ってもらう。
私たちは、こんなことを日常的にしています。
では、コンビニでジュースを一本買うたびに、店員さんと契約書を書いているでしょうか。
書きませんよね。
それでも前回お話ししたように、お店で商品を買うことも「契約」の一つです。
そう考えると、少し不思議なことに気づきます。
もしかすると、「契約」と「契約書」は同じものではないのかもしれません。
では、契約はいつ生まれるのでしょう。
契約は、いつ生まれるの?
もう一度、最初のマンガの場面を使って考えてみましょう。
友達が、
「このマンガを500円で売ります」
と言います。
あなたが、
「500円で買います」
と答えます。
「売りたい」という意思と、「買いたい」という意思。
その内容が一致しています。
法律では、最初の「売ります」のような意思表示を「申込み」、それに対する「買います」のような意思表示を「承諾」と呼びます。
そして、原則として、この申込みと承諾が合うことで契約は成立します。
民法522条にも、契約は申込みに対して相手が承諾したときに成立すること、そして、法律に特別な決まりがある場合を除いて、契約書など特定の方法を使わなければ契約が成立しないわけではない、という基本的なルールが定められています。
つまり、今回のタイトル、
「口約束でも契約になるの?」
への答えは、
「はい。原則として、口約束でも契約は成立します」
となります。
大切なのは、紙に書いたかどうかだけではありません。
お互いが何を約束したのか。
その意思が合っているのか。
そこが大切なのです。

だったら、契約書は何のためにあるの?
ここまで読んで、こんな疑問を持った人はいないでしょうか。
「口約束でも契約になるなら、契約書なんていらないんじゃない?」
とても大切な疑問です。
そこで、また最初のマンガの話に戻ってみましょう。
数日後、二人の間でこんな会話になったとします。
「500円で売るって言ったよね」
「違うよ。600円って言ったよ」
あるいは、
「今日マンガを渡してくれるって言ったよね」
「いや、来週って言ったよ」
二人とも、本当に自分の記憶が正しいと思っているかもしれません。
人の記憶は、いつでも完全とは限りません。
時間がたてば忘れることもあります。
同じ言葉を聞いていても、二人が違う意味に受け取っていることだってあります。
そんなとき、
「何を約束したのか」
「金額はいくらだったのか」
「いつまでにする約束だったのか」
などを記録しておけば、後から確認できます。
契約書には、こうした約束した内容を確認しやすくする役割があります。
もし争いになってしまった場合には、何を約束したのかを示すための大切な資料になることもあります。
つまり、
「契約書がないと契約にならない」
ことと、
「大切な契約だから契約書を作っておく」
ことは、同じ話ではないのです。
記録することは、相手を疑うこと?
ここでもう一つ、一緒に考えてみたいことがあります。
大切な約束を書面に残そうとすると、
「私のことを信用していないの?」
と思う人がいるかもしれません。
たしかに、そう感じる気持ちも分かります。
でも、記録を残すことは、本当に相手を疑うことだけなのでしょうか。
先ほどのように、人は忘れることがあります。
お互いに悪気がなくても、受け取り方が違うこともあります。
だからこそ、
「私たちは、こういう約束をしましたね」
と二人で確認できる形を残しておく。
そう考えると、契約書や記録には、少し違った見え方もできるのではないでしょうか。
相手を疑うためではなく、
お互いの認識をそろえて、将来の行き違いをできるだけ少なくするために記録する。
そんな役割もあるのです。
私は、これも人と人が安心して付き合っていくための知恵の一つだと思っています。

「口約束なら何でもOK」ではありません
ここで、一つ大切な注意があります。
今回お話ししているのは、
「契約は、原則として契約書がなくても成立する」
という基本的なルールです。
だからといって、
「口で何か約束すれば、どんなものでも必ずそのまま有効になる」
という意味ではありません。
契約の中には、法律によって特別な方法が必要とされるものもあります。
また、「契約ができたか」と、「その契約がそのまま効力を持つか」は、別々に考えなければならない場合があります。
そして、13歳のみなさんにとって、もう一つ大切なことがあります。
未成年者の契約には、大人とは違う特別なルールがあります。
未成年者が契約などの法律行為をするときには、原則として、親権者などの法定代理人の同意が必要です。そして、その同意を得ずにした法律行為は、一定の場合には取り消すことができます。
ただし、
「未成年者は、買い物をするたびに必ず保護者の同意をもらわなければならない」
という意味ではありません。
例えば、保護者から、
「このお小遣いは自由に使っていいよ」
と渡されたお金の範囲で買い物をする場合などには、自分で使うことができます。
ですから、最初のマンガの例も、
「口約束だから契約ではない」
「未成年者だから契約ではない」
と、それだけで単純に決められるものではありません。
今回考えているのは、まず、
「契約はどうやって生まれるのか」
という基本のお話です。
未成年者の契約にはどんなルールがあるのかについては、また別の機会にじっくり考えてみましょう。
契約書より前にあるもの
ここで、最初の問いに戻ります。
契約書を書いていなければ、昨日の約束には何の意味もないのでしょうか?
民法の考え方を知ると、契約書よりも前にあるものが見えてきます。
それは、
人と人が、自分の意思を相手に伝えることです。
「売りたい」
「買いたい」
「貸したい」
「借りたい」
「お願いしたい」
「引き受けます」
私たちは言葉や行動を通して、自分の意思を相手へ伝えています。
そして相手も、自分の意思を返してくれます。
契約は、そんな人と人とのやり取りの中から生まれます。
だから私は、こう考えています。
契約書があるから約束が大切なのではありません。
人と交わした約束を大切にするために、法律や契約書という仕組みがあります。
紙に書いてあるかどうかだけを見るのではなく、
「自分は何を伝えたのだろう」
「相手はどう受け取ったのだろう」
「二人は本当に同じことを約束しているのだろう」
と考えてみる。
それは、法律の世界だけではなく、普段の人間関係でも大切なことではないでしょうか。
自分の言葉を大切にするということ
前回の記事では、
約束 → 信頼 → 安心 → 人生
という流れを一緒に考えました。
今回、そこに「契約」という法律の仕組みが加わりました。
でも、法律を知ったからといって、
「契約になるから約束を守らなければいけない」
ということだけを伝えたいわけではありません。
私たちは毎日、たくさんの言葉を使って人と関わっています。
「明日持ってくるね」
「あとで連絡するよ」
「手伝うよ」
そんな何気ない一言でも、相手はその言葉を信じて待っているかもしれません。
もちろん、人間ですから、約束したことがどうしてもできなくなることもあります。
そんなときには、
「できなくなったから仕方がない」
で終わらせるのではなく、
相手に伝えたり、謝ったり、どうすればよいか一緒に考えたりすることができます。
自分の言葉を大切にすることは、相手を大切にすることでもある。
民法の「契約」という仕組みの向こう側には、そんな人と人との関係があるのだと、私は思います。
今日の問い
最後に、今日は二つの問いを残します。
大切な約束ほど、記録に残しておいた方がいいと思いますか?
そして、もう一つ。
記録に残すことと、相手を信頼することは、反対のことなのでしょうか?
すぐに答えを出す必要はありません。
家族や友達と話してみると、自分とは違う考え方に出会えるかもしれません。
その違いについて考えることも、この教室で大切にしたい時間です。
今日のまとめ
今回は、「口約束でも契約になるの?」という疑問から考えてきました。
今日、覚えておいてほしいことは三つです。
① 契約は、原則として契約書がなくても成立する。
② 大切なのは、お互いが何を約束したのか、その意思が合っていること。
③ 契約書などの記録には、約束した内容を確認し、行き違いを防ぐ大切な役割がある。
法律を知ると、普段何気なく使っている「言葉」の見え方も少し変わってきます。
自分の言葉も、相手の言葉も、大切にする。
そんなところにも、民法を学ぶ意味があるのかもしれません。
次回は「13歳でも契約できるの?」
今回、少しだけ「未成年者の契約」についてお話ししました。
では、13歳のみなさんは、自分だけで契約することができるのでしょうか。
お小遣いでジュースを買うことはできるのに、高額な商品を勝手に買ったら問題になることがあります。
その違いは、どこにあるのでしょう。
次回は、
「大人と子どもで、契約のルールが違うのはなぜ?」
という問いから、未成年者を守る民法の仕組みについて一緒に考えてみましょう。
この記事を書いた人

神谷 佳希
人生について考え続け、その歩みに寄り添う人
司法書士|行政書士|土地家屋調査士
プロフィール
大学生の頃、クーリングオフ制度を利用した経験から、「社会で生きていくためには、法律や制度を知ることが大切なのだ」と実感しました。
その経験をきっかけに法律を学び始め、現在は司法書士・行政書士・土地家屋調査士として、一人ひとりの人生に寄り添う仕事をしています。
私が本当にお手伝いしたいのは、法律手続そのものではありません。
一人ひとりが自分で考え、自分で判断し、自分らしい人生を選び、安心して歩み続けられるよう伴走することです。
そのために、法律や制度、必要に応じて生成AIも活用しながら、一緒に考え、一緒に歩んでいます。
このnoteでは、法律、生成AI、人生について、「自分で考えること」を大切にしながら発信しています。
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最後に振り返ったとき、「この人生でよかった。」と思えるように、一緒に考え、一緒に歩んでいきましょう。
