やりたいことがないのは、無知ゆえの空白
やりたいこと・目的がない
「やりたいことが分からない」
そんなモヤモヤを抱えながら生きている人は、きっと少なくないと思う。
前回、「目的のない人生に手段はいらない」と書いた。
だけど、そもそも“その目的”が分からない、というのがリアルなところじゃないだろうか。
正直に言うと、僕自身もまだはっきりとは分かっていない。
でも、「どうすれば見つかるのか」を考えたり、いろいろ試したりする中で、
少しずつ見えてきたこともある。
今回は、「やりたいことの見つけ方」について、自分なりの視点で書いてみたいと思う。
「やりたいことがない」の正体
やりたいことは、「知ってることの中からしか出てこない」。
だからもし今、「やりたいことが分からない」と感じているとしたら、
それは“知らない”だけなのかもしれない。
「やりたいことがない自分はダメだ」──そんなふうに思い込む必要はどこにもなく、知りもしないものに興味なんて持てるわけがないし、夢中になれるはずもない。
小学生とかが、警察官とかスポーツ選手とか、テレビとか生活でよく見る人たちをなりたい職業にするのは、「それ以外を知らないから」であり、大人になっていく中で徐々に違う選択肢が見えてくるのも「それを知ったから」である。(現実を知ったという場合もある)
「知らないまま判断するなよ」って話だ。
分からないままでも進むしかない
やりたいことが分からないまま、毎日を過ごしている。
それの何がいけないのか。
「目的がなきゃ行動に意味がない」とでも言いたげな空気があるけど、
こっちはその“目的”にたどり着こうとして、もがいてる途中である。
ある意味、そのフェーズは「目的にたどり着く」ことが”目的”。
分からないことを怖がって、選ばずに止まることのほうが、よっぽど損じゃないだろうか
「無駄になるかもしれないから動けない」って? それを言い出したら、何もできなくなる。
誰かが言っていた「とりあえず動け」っていうアドバイスにうんざりしている人もいるだろう。
でも、動かないと“知らないまま”で終わる。
それだけは、間違いない。
やりたいことを探すという幻想
多くの人が、“やりたいこと”はある日突然、空から降ってくると思っている。
あるいは、そう思っていないと言いつつも、実際には何もせずにただ待っている。
何かを「見つける」んじゃなくて、何かを「選んでいく」こと。
その積み重ねの中でしか、自分の輪郭なんて見えてこない。
なのに、まるで“運命の仕事”を探すかのように、正解を求め続けている。
そんなもの、最初から存在してるわけがない。
作っていくしかないのに、探してばかりじゃ、いつまでたってもたどり着けない。
おわりに:「わからない」は敗北ではない
はっきり言っておくけど、「分からない」という状態は、別に敗北でもなんでもない。
むしろ、分からないものにちゃんと向き合おうとしてること自体、十分に“進んでいる”。
周りがどうとか、年齢がどうとか、そんなのは一旦無視していい。
本当に必要なのは、自分に正直になることだけだ。
だから僕は、まだ見つかっていない。
でも、焦ってもごまかさない。
いつか分かると思ってるし、分からないままでも進む。
まとめ
「やりたいことが分からない」という感情は、恥ずかしいものでも、立ち止まる理由でもありません。知らないからこそ、動いてみる。分からないからこそ、試してみる。その繰り返しが、いつか自分なりの答えを形づくっていきます。
このnoteが、そんな一歩を踏み出すきっかけになればうれしいです。
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