LGBTQと私:アライとしての視点
「LGBTQ」という言葉は、今や広く知られるようになりましたね。
LGBTQは、以下の頭文字をとった言葉で、セクシュアルマイノリティ(性的少数者・性的マイノリティ)を表す総称の一つとされています。
Lesbian(レズビアン):女性同性愛者
Gay(ゲイ):男性同性愛者
Bisexual(バイセクシュアル):両性愛者
Transgender(トランスジェンダー):法的に割り当てられた性別とは異なる性別で生きている、または生きたい人
Queer(クィア):規範的な性のあり方以外のセクシュアリティ
Questioning(クエスチョニング):自らの性のあり方について特定の枠に属さない人
近年では、これに「+(プラス)」をつけて「LGBTQ+」と表現することもあり、LGBTQに当てはまらない多様な性を含める意味合いで使われます。
私は「アライ」です
私は「Ally(アライ)」です。アライとは、LGBTQなどの当事者ではないけれど、理解し、共にありたいと願う人のことを指します。
こう書くと少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
私は特に「わかるわかる!」と共感したり、
「みんなに多様な性について理解してほしい!」と
積極的に活動するタイプではありません。
他の様々な人と同じように、特別な扱いをせず、ただ一緒にいたいと願う一人です。
パフォーマンスユニットでの経験
LGBTQと聞いて思い出すのは、
初めて組んだパフォーマンスユニットのことです。
真面目に演劇を追求することに疲れて、
自分の中で何かが弾けた時期がありました。
「濃いメイクと薄い衣装で歌謡曲を歌い踊るパンク活動」を始めたのですが、その時の4人組のうち、私以外全員がバイセクシュアルやトランスジェンダーといった性的マイノリティでした。

幸い(笑)、ネットにチーム名や場所の情報を入れても何もヒットしません。
チーム名はかわいいサボテンの種類名…ではなく、
藤純子(富司純子)さん主演の東映ヤクザ映画「緋牡丹博徒」から。
一番左がわたしです。
その世界では、むしろ私の方が「マイノリティ」なんです!
他の3人は皆、おしゃれで、美しく、才能に溢れていました。
そして自分を表現することに長けていて、タフで、口も達者。
生まれてこの方、性的なアイデンティティが揺らいだこともなく、
異性を好きになる「ヘテロセクシュアル」である私は、
「ぬるま湯の中で生きてきたのかな…?」
「私って、つまらない人間なのかも?」
「魅力的な彼らの中で、自分は際立つことができない、かも…?」
と、不思議な孤立感を感じたこともありました。
4人で四六時中顔を合わせ、音楽や映画の話をし、パフォーマンスやビジュアルを考え、時にはぶつかり、本音を話し、相手の才能に感動し、そしてまた獣のような(笑)喧嘩をしたりもしました。
結局、個性が強すぎて空中分解してしまいましたが、
それも良い思い出です。
伝えたいこと
結局、何が言いたいかというと、
「勝手に元気にやって!人や自分を傷つけたりしなければそれでOK!」
ということです。
元クリエイティブ職(俳優)であり、夜の街を探索するのが好きで、時には「パリピ」だったりする(笑)こともあり、私の友人・知人には様々な性的マイノリティの方がいます。
彼らの多くは、常に「自分とは何か」という問題と向き合い、
数々の偏見や不条理と闘ってきた「歴戦の猛者」なので、
強くしなやかな方が多いです。
その足跡や思いがビシバシ伝わるので
とても尊敬しています。
来る者は歓迎するけれど、
自分の基準に合わない場合は強烈に「ノー!」を突きつけたり、
あるいはスッと去ってしまう方もいます。
自分などは経験をしたことのない”深い孤独”を垣間見ることもあり、
おいそれと平易な言葉で表現したり纏めたりはできない、
と思うことも多々あります。
そんな友人たちとは、特に近すぎることも遠すぎることもなく、
ただお互いそこにいて、会いたくなれば会うし、向こうもそう、
という関係が続いています。
他の友人たちと全く同じ感覚なんです。
キャリアコンサルタントとして関わる際も、特に身構えることなく、
あるがままでその方のことを理解していこうというスタンスで
臨んでいます。
