米国🇺🇸原発大増設は、エネルギー政策ではなく「国家産業政策」である?
米国で「原発大増設」が動き出している。
選択出版の記事が描く構図は、単なる電力不足対策ではない。むしろ、これは米国が久しぶりに本気で「国家が産業をつくる」局面に戻ってきた、という話である。
中心にあるのは、日米連携による約400億ドル規模の原子力投資。対象はテネシー州、アラバマ州での次世代原子炉、いわゆるSMRであり、米GEベルノバと日立製作所が担うとされる。ここで重要なのは、原発そのものよりも、その背後にある思想だ。
かつて米国は、自由市場の国であると同時に、国家が巨大インフラを動かす国でもあった。TVA、テネシー川流域開発公社はその象徴である。大恐慌時代に生まれた公営電力会社が、いま再び産業政策の中核に浮上する。これは、米国が「市場任せ」だけでは次世代産業を守れないと判断し始めた証左でもある。
AI、半導体、EV、データセンター、防衛産業。これらはすべて、安定した大量電力を必要とする。脱炭素の看板だけでは足りない。太陽光や風力だけでも足りない。必要なのは、電力を国家競争力の基盤として再設計する発想である。
ここに日本企業が関わる意味も大きい。日立が原子力技術で米国の次世代インフラに入り込むなら、それは単なる輸出ではない。日米の安全保障、技術標準、サプライチェーンの一体化に近い。中国やロシアが原子力輸出を地政学の道具にしてきたことを考えれば、米国が日本と組んでSMRを進めるのは、エネルギー版の経済安全保障と言ってよい。
示唆は三つある。
第一に、これからの産業政策は「電力を制する国」が勝つということだ。
AIも半導体も、最後は電気を食う。電力が安く、安定し、脱炭素にも説明可能な国に、次の工場とデータセンターは集まる。
第二に、官民一体モデルの再評価である。
日本では「官民一体」という言葉に古臭さを感じがちだが、米国ですら国家主導に回帰している。市場原理だけでは、巨大インフラも次世代技術も立ち上がらない時代に入った。
第三に、日本にとっての問いである。
日本は原子力をどう位置づけるのか。再稼働か、廃炉か、感情論か、現実論か。曖昧なまま時間だけが過ぎれば、電力コスト、産業立地、技術人材のすべてで劣後する。
原発は賛否が分かれる。安全性への不安も当然ある。だが、世界はすでに「好き嫌い」ではなく、「国家として持つべき電源ポートフォリオ」という次元で動き始めている。
米国の原発大増設は、エネルギー政策のニュースに見えて、実は産業競争力のニュースである。
そして日本に突きつけられているのは、原発をどうするかだけではない。
「国として、どの産業を、どの電力で、どの技術基盤で支えるのか」
この問いから、もう逃げられない。
“Energy is not just power. It is strategy.”
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます
